頭痛薬・活力剤・精力剤
「ジークさん。この先の予定について聞きたいのですが、このまま魔王城に向かうのですか?」
「いいや、その少し手前にある街でヘンリーが働いているらしい。だから次はヘンリーを誘いに行こうと思っている」
「仲間は多い方が良いですけど、ヘンリーさんを仲間にするのは難しいと思いますよ。なんせ考え方も戦術も硬い人ですからね」
馬車の中。今までジーク様と二人きりだった空間に魔術師のヨハンナが加わって、賑やかになった反面。ジーク様が私に無闇に触れてくることは少なくなった。ヨハンナの目を気にしているのか、恋人らしい行動は一気に影を潜めたのだ。
(まぁ……幼馴染にそんな姿見られるのは恥ずかしいわよね)
そんな風に納得していた私であるが。
「ジークさん。では闇魔術の基本的な展開についてなのですが──」
「ああ、それは──」
……二人は馬車内でも闇魔術の基礎理論の話で持ちきりである。私は聞いていてもよくわからないので、若干の疎外感を味わっていたし……なんとなく二人のそんな姿を見ているのが苦痛だった。
馬車の窓から外を眺めたり馬車の内壁にもたれてうたた寝する時間が増え、陽が落ちて宿を取っても部屋に一人で籠って、聖職者用の魔術の教本を読んで過ごすことが多くなった。
だって、私には記憶がない。それに魔物が居ないので実践もほとんど経験していない。だから彼らなんて気にせずにひたすら自分用の勉強をしなければ、魔王と戦うのには実力不足だと感じていた。
私の力不足が原因で魔王討伐を失敗するなんてことは、あってはならないのだ。
だからお昼過ぎに「ヘンリーが住む街はまだ先だが、今日はこの街で宿を取りたいから」と説明され馬車を降りることになっても『街の本屋に新しい教本を探しに行こう』という発想にしかならなかった。
ジーク様は最近宿をきっちり三部屋取ってくれる。私とジーク様だけだった時には「未来の夫婦だから」と言いくるめられて一部屋で済まされてしまうことが殆どだったが、ヨハンナも一緒に旅をするようになってからはそんなことも無くなった。
(なんだかんだ言って、私はジーク様と一緒に寝るの好きだったのよね。温かくてよく眠れるし)
あれだけ口では結婚を迫ってきておきながら、行動自体は本当に紳士的で私が嫌がることは一切しないし、無理強いもしない。愛おしげに抱きしめられて、頭を優しく撫でられながら眠るのが好きだった。
強くて優しくて……世界と私を天秤にかけて私を取ってしまうような狂人さはあれども、彼と恋人として過ごす日々は心地よかった。
そんなことを考えながら、私は自分に割り当てられた部屋に入ろうとする。しかしその私の腕をジーク様が掴んだ。
「ティアーナ。今から時間を貰えないか? 以前君が気に入っていたハーブティーの店があって、そこに寄りたいのだが」
そう言われても、正直ジーク様の顔を見ていると……悲しくなってしまうので。私は首を横に振った。
「えっと……ごめんなさい。私あまりお茶する気分じゃないので、ヨハンナとでも一緒に行ってください」
「は? どうしたんだ最近。体調が悪いのか? 一度全身服を脱がして体のメンテナンス点検をするべきなんだろうか……やはり人形だからどこかに不具合が……ッ」
「覚えていないかもしれませんが、前に旅した時にティアーナさんがすごく気に入っていたお店なんですよ。最近元気無いみたいですが、行けば元気が出るかもしれません」
思考が若干暴走気味のジーク様をヨハンナが押し退けて、私を店に誘ってくる。それでも私は、意地でも首を縦には振らなかったのだが。そんな私を強制的に連行するかのように、二人は私をハーブティーの店へと引きずって行った。
◇
「……私、来ないって言ったのに」
日差しが差し込み、窓辺にあるオレンジ色の花瓶はテーブルの上にグラデーションの影を作り上げ、店内にはゆったりとしたヴァイオリンの音色が流れる。一般庶民には敷居の高い、明らかに高級そうな店内の様子に反して、私の心の中はモヤモヤだらけだった。
「まあまあティアーナさん。ジークさんも、最近ずっと沈み顔な恋人が心配だったのですよ。途中の街で足を止めて宿を取るくらいには。分かってあげてください」
ヨハンナに慰められるが、彼女は自分が私のモヤモヤの一端を担っていることなんて知りもしないのだろう。
(ううん、ヨハンナは約束通りジーク様に闇魔術を教えてもらっているだけだもの。二人でずっと喋っているとはいっても、適切な距離は保っているし、二人にそういう気がないのは見ていれば分かる。……私の心が狭いだけよ)
恋人を独り占めしたい。そんな感情が私の中に生まれるなんて……この旅を始めた頃には予想もしていなかった。
(あれ……もしかしてこれって嫉妬? 私、ジーク様のことがそんなに好きなの?)
元々恋人だったからと、全て忘れて何の感情も無いにも関わらずジーク様を受け入れて。正直ベタベタしてくるジーク様が鬱陶しいと感じた日もあった。でも彼と一緒に旅する毎日が楽しくて──心から恋人になりたいと、夫婦になりたいと思えるようになっていた。いつの間にこんなに、ジーク様を好きになってしまったのだろう。
『──気がつきたく無かった。恋心なんて、邪魔なだけなのに』
私の中の『ティア』がそう喋ったところで、私の横に座っていたヨハンナが親しげに私のローブの袖をちょんっと掴んだ。
「ジークさん『最近ティアーナが冷たい』って思い悩んで体調不良なんですよ。口止めされていたのですが……今朝も頭痛がひどくて、鎮痛作用のある薬草で誤魔化していたので」
「ヨハンナ、余計なことは言うな。ティアーナが心配するだろう」
「そう……なの? 少し前まで元気そうだったけど、それってもしかして闇魔術の副作用じゃ……」
私がそう口にした瞬間、ヨハンナが自らの手でバッと私の口を塞いだ。そして私の正面に座っているジーク様は、困り顔で人差し指を立てて自分の唇に当てている。
(そうだ……闇魔術は禁忌の術。外で、しかもこんなに人が沢山いる場所で、口に出すのは迂闊だったわ)
「──ごめんなさい」
「いや、俺とヨハンナも気をつけるべきだった。話題を変えようか」
ヨハンナの手の中でもごもごと謝罪の言葉を口にしたところで、注文していたハーブティーが三人分運ばれてきた。手際の良い動きでカップに注がれて出されたハーブティーからは、温かい優しい香りが……
(──香りが、しない?)
ヨハンナの手で覆われているせいかとも思ったが。私の謝罪の言葉を聞いたヨハンナが手を離しても……匂いがしない。
カップを手に取ってすぐ近くで嗅いでも、口の中に含んでも。匂いどころか味すらしなくなっている。
「えっと、何を注文しましたっけ?」
「カモミールティーだ。ここの店のはグレープフルーツ入りで柑橘の香りがするから好きだと、前に来た時に言っていたやつだな」
さすがジーク様、恋人だっただけあって私のことをよく覚えている。しかし私の味覚がおかしい。確認のために焼きたてのスコーンも口に運ぶが……結果は同じであった。
「ジークさん、やっぱりティアーナさん様子がおかしいですよ。以前ならどれだけ機嫌が悪かろうが、ハーブティーで一発解決だったのに」
「ティアーナ、本当にどうしたんだ? 記憶を失う前の君は、何かあってもひた隠しにする癖があった。そのくせ強がって、俺たちには何を隠しているのか見せてもくれない。何かあったのなら言ってくれないと……俺たちは仲間なのだから」
『仲間だからこそ、言えなかったのに』
私の中で『ティア』がそう呟くが。……今の私は、ティアじゃない。自己犠牲を選んだティアとは違って、今度こそ魔王を倒して、世界を平和にして、ジーク様も幸せにしてあげる。だから私は今の現状を正直に話した。
「味と匂いが分かりません。……今日の昼食の時は普通だったのに」
私の発言を聞いて慌ててハーブティーを飲んで味を確認しだすヨハンナと、逆に震える手でカップをソーサーに戻したジーク様。そしてそんな二人はお互いに視線を合わせる。
「……何なのですか、その反応は」
「すまない……ショックが大きすぎて」
ジーク様は本当にショックが大きかったのだろう。額に手を当てて、腰から下げた愛剣であるエルダに「どうすればいいと思う?」なんて問うて現実逃避を始める。訳がわからなさすぎて疑問符を浮かべる私に、こっそりヨハンナが耳打ちした。
「味覚嗅覚、五感の低下。ジークさんがティアーナさんにかけた闇魔術が解けてきている証拠です。原因は恐らく、ジークさんの生命力の低下。……このままでは魔王討伐まで命が持つか、五分五分かもしれません」
「──っ、駄目!!」
気がつけば、私はバンッと机を叩いて椅子から立ち上がっていた。店内のヴァイオリン演奏が止まり、他の客達もじっとこちらを見つめている。
「……ご、ごめんなさい!」
私が謝罪と共に周りに向かって頭を下げると、何事も無かったかのように演奏が再開され、周りの客達も自分たちの世界へと帰って行った。それを確認した後に私は席について、ジーク様の目を見て強めの口調で喋りかけた。
「ジーク様。お願いですから魔術を解いてください。やっぱり私のせいで恋人の命が危険にさらされるだなんて嫌です」
「じゃあ今すぐに俺と結婚してくれ」
「結婚したら魔術を解いてくれるのですか?」
「解かない。そんなことをすれば一緒に暮らせないだろう」
「じゃあ意味が無いじゃないですか!」
「意味はある。俺とティアーナが夫婦として一緒に暮らせる。何にも変え難い幸せだ」
……話が平行線すぎて、私まで頭痛がしそうだ。
思わず私まで額に手を当ててしまうが。そんな私をヨハンナが励ます。
「ティアーナさん、一旦ここは引きましょう。ジークさんは、ティアーナさんのことになると意地になります。ならばいっそ頭痛薬でも活力剤でも精力剤でも何でも飲ませて魔王討伐まで走り切らせた方が効率的ですよ」
「分かったわ。ヨハンナ、薬を揃えるのを手伝ってくれる?」
「待て待て待て。揃えられると色々と困るものまで混じっていた気がするのだが」
ジーク様は何やら不満そうだが、ジーク様の命というタイムリミットがチラつき始めた状態では悠長にしていられない。味のしないハーブティーを口の中に流し込んで、私は再び席を立った。
「ジーク様は宿に帰って寝ていてください。私はヨハンナと一緒に精力剤やら活力剤を集めてきますから」
「私オリジナルの薬草茶に混ぜるのもいいかもしれませんねぇ。精力剤入りでしたら、ジークさんも進んで飲んでくれるかも」
「だから──ッ! こんな場所でそんな単語を口にすると誤解を招くし、俺が変な目で見られるからやめてくれ!!」
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