だから結婚してくれ
「ジーク様」
「何だ?」
「敵の討伐を目的とした旅といえば、質素な荷馬車や徒歩が基本だと認識していたのですが」
ふかふかの座面の馬車に、足の速い馬。おまけに私の纏う服は、まるでご令嬢がお屋敷の中で着ているようなドレスだ。その胸元に施された繊細なレースと、ドレスの裾を飾るギャザーフリルは明らかに戦闘向きではない。
ジーク様は騎士らしく動きやすそうなサーコートを羽織って愛剣であるエルダを所持し、実践向きな外観であるが。……これでは外見年齢差も相まって、まるで避暑地に遊びに行くお嬢様と護衛騎士だ。
窓につけられたフローシアン織物の少し分厚いカーテンを開けて外を見ていた私であったが、徐にジーク様はそのカーテンを閉めつつ、私に返答する。
「ティアーナをそんな質素な馬車に乗せるわけがないだろう。旅に出たばかりの所持金が乏しかった頃ならまだしも、今では俺は侯爵だ。領地も無い名ばかり貴族だが、金ならある。有るものは有効的に使うべきだし、折角だから新婚旅行気分で……」
「まだ私たち結婚していませんから!!」
魔王を倒しに行く旅が、勝手に新婚旅行化されてしまっていた。気が早いと言っていいのか、図々しいと言っていいのか……。
油断すると勝手に婚姻届を出されて結婚させられてしまいそうだなぁ……なんて考えつつ、自分の纏うドレスを再度見つめる。
「とにかく。このドレスでは私、全く戦えそうにありません。途中で魔物が出たら困ってしまいます」
そもそも記憶がないのでどのように戦っていたのかも分からないが。……それでもこんなドレスでは動きにくいこと間違いなしだ。
「結婚を先延ばしにして我慢したのだから、格好くらい俺の好きにさせてくれ。俺は十二年も君に触れられない辛さを耐え抜いたんだぞ?」
「うぅ……でもジーク様は私そっくりの人形を作って、私の魂を封じたのでしょう? ならばその人形に好きな格好をさせれたのでは? ……あ。もしかして、だから気がついたときにネグリジェ一枚の姿で」
「……魔物は恐らく出ないから、魔王戦までティアーナが戦う機会はほとんど無いだろう。安心してもいい」
急に話題を逸らされたような気がする。しかしそれに対してつっこんでいては、もっと気になる話題を質問し損ねてしまうので、ひとまず私の服に関しては一旦保留にすることにした。
(話を深掘りして、またひらひら一枚の姿にされても嫌だし……動き難いのは我慢しよう)
「ところで、どうして魔物は出ないのですか?」
「我々人類の敵であった魔物の発生源は魔王。その魔王が封印され沈黙している今は、基本的に新たな魔物は生まれない。とんだ僻地にでも行かない限り、魔物になんて出会うことは無くなった」
「そうだったのですね……じゃあ私たちは本当に魔王が封印されている魔王城に一直線に向かうだけ、といったところでしょうか」
魔王城はここから遥か東にある。魔物がいなくなり、街道も綺麗に整備された今では、この馬車ならたった一ヶ月で着いてしまうらしい。
(当初は二年もかけた旅路を、たった一ヶ月で進んでしまうのね)
しかもこの馬車の側面にはフローシオン皇国では限られた者しか使えない蓮をイメージした紋章が入っており、皇国外での関所でも優遇されるので、さらなる時間短縮が見込まれる。
そんなことを考えていると、ガタリと大きく馬車が揺れて止まった。
「何事でしょうか?」
「あぁ、恐らく賊だろう。この辺りは貧しい集落が多く、こういう明確に貴族らしい馬車は賊に狙われやすいからな」
「な……ッ! 魔物は出なくとも、戦う機会はあるじゃないですか!!」
──前言撤回。やっぱりジーク様セレクトのドレスで旅は出来ない。
ジーク様は馬車の前側の壁をコンコンと叩いて御者に合図すると、ドアのノブに手を掛けた。
「ティアーナは俺が出た後すぐに内鍵を閉めてジッとしていてくれ。カーテンは閉めておくように」
「私も行きます! ジーク様お一人よりも、二人で行った方が」
「そのドレスでは動きにくいだろう? 前の旅の時はティアーナの聖女の術に助けられてばかりだったから……今回は俺に良い顔をさせて欲しい」
ジーク様はフッと笑って、私の頬に軽く触れるだけの口付けを落とす。そして素早くドアを開けて「閉めておけよ」と言い残して賊の中へ舞い出ていった。
「──ッ!? もうっ!!」
私は急いでドアの内鍵を閉めて、背を扉につけて馬車の床に座り込んだ。火照る頬に手を当てて一瞬触れた柔らかさを思い出し赤面していると……外から断末魔が聞こえてきてハッと我に帰る。
先程ジーク様に閉められてしまったカーテンを数センチだけ開けて、外の様子を恐る恐る覗き見ると──ちょうどジーク様が基本に忠実な綺麗な蹴りで、賊を蹴り飛ばした瞬間であった。ジーク様の周りには何人もの人間が、地面に伸び横たわっている。こういう時のお決まりの展開は、外を覗くと血の海……だと思ったのに。
「え? 剣は使わないの?」
と思って、振り返り馬車内を見ると……ジーク様が座っていた場所に、愛剣のエルダが置きっぱなしになっていた。
「な……なんで武器を持って行かないのよおぉぉ!?」
信じられないような気持ちで私はエルダを引っ掴んで胸の前に抱え、馬車のドアに手をかける。そして内鍵を外して外へ飛び出した。
「ジーク様!? 剣を──」
そう叫びながらジーク様に近寄ろうとするが。その瞬間後ろから賊の一人と思われる男に腕を鷲掴みにされた。
「やっぱり可愛いお嬢ちゃんを連れてるじゃねぇか。紫の髪なんて、伝説の聖女様と同じ色目だから高く売れるぞ」
「……ッ、触らないで!」
(私だって聖女だったのだから……戦えるはず!)
そう考えた私はとにかくこの男をどうにかしようと、感覚頼みで魔術を使おうとするが。その前に胸に抱えていたエルダが勢いよく光った。まるですぐ近くに落雷が落ちたかのような激しい光に、私もその賊の男も目が眩む。
「ティアーナ!!」
ジーク様がそう叫んだと同時に腕を掴まれていた感覚は無くなり。エルダが光るのを辞め瞼を上げられるようになった頃には、全ての賊が地面に倒れ込んでいた。そして私の正面に仁王立ちしていたジーク様の表情は……恐ろしくて見れたものではなかった。
「ティアーナ! ちゃんと鍵を閉めてジッとしておくように言っただろう!」
「──っ、ジーク様が悪いのです! だってエルダを置いて、武器無しで戦うなんて心配で……」
「こんな賊、俺は武器無しで制圧できる。勇者にとっては他愛もないことだ」
「それでもせめて腰から剣は下げておいて、万が一に備えておくべきです!」
「だからその万が一のことを考えて、エルダにはティアーナを守るように指示して、君のそばに置いて行ったんだ。結果的にエルダが光って守ってくれたからよかったものを……汚い手がティアーナに触れるなんて許し難い。俺以外の男が触れたドレスは捨ててくれ」
自分以外の男が触れた服は捨てろだなんて……いくらその費用をジーク様が持っているのだとしても、流石に狂っている。
「せっかくジーク様がくれたドレスなのですから、捨てたくありません。私にとっては、ジーク様に愛されているという証拠ですから」
「ぐっ……じゃあ流水でしっかり洗い流して、日光に何日か晒して殺菌してくれ」
なんとなく恋人の扱い方がわかってきたので、捨てなくても良いように誘導するが。……まさか日光で殺菌まで指示されるとは思わなかったので、すっかり苦笑いになってしまう。まさか一緒に旅をしていた頃からこんな調子で独占欲を発揮されていたのだろうか?
私はそのままの表情で、胸に抱えているエルダに視線を落とす。あれ程私に触れられたくなさそうだったエルダが、黙って私に抱えられているのは……きっとジーク様の命令を忠実に守っているからなのだろう。
「……ごめんなさいエルダ。助けてくれてありがとう」
まるでエルダが返事をするかのように、一瞬だけ軽く光る。まるで「仕方がないからね」と言われたかのようだった。
「俺への礼は口付けにしてくれないか? ちゃんとティアーナとの約束を守って、今回も人間相手の無駄な殺生はしなかったから」
「もしかして、お礼欲しさでその約束を守り戦っているのですか?」
「違う。……とは言い切れない。でも俺はティアーナが悲しむから、こんな輩でも切り刻まずに慈悲をかけているんだ。本来ならティアーナに触れた男なんて即座に息の根を止めてやりたいくらいだ」
「ふふっ、ジーク様は正直な人ですね」
油断すると勝手に結婚したことにされていることも多々あるし、世界を軽視しすぎているというか……私だけしか見えていないような発言も多いが。それでも私はこうやってストレートに愛を示して私を気遣ってくれる彼に、一定の好感は抱いていた。だから私は背伸びをしてそっと彼の頬に口付ける。
そして、どこかで擦ってしまったのだろうか……ジーク様の手の甲に擦り傷があるのを見つけ、回復の術をかけ治療する。煌めく星のような光がジーク様の手を包み込み……光が収まると今度は、その傷の無くなった手が私の体を包み込むようにして捉えた。こんな何気ない一連の行動だけでも、前から彼が私を大切にしてくれていたのが分かる。
「守ってくださってありがとうございます。でも私、ただ守られるだけって……やっぱり性に合ってない気がして。十二年前の私はどんな感じだったのかしら?」
「そうだな……ティアーナは、皆が攻撃を喰らわないように自ら前に出て防御結界を張るようなタイプだったな」
「やっぱり。ジーク様は闇魔術で命を削って今の私を維持しているのですから、次回からはその分も私が頑張って補助しつつ戦いますね」
一緒に旅を始めてからは体調が悪そうにしている姿を見ることはほぼ皆無であったが。……ふとした行動にも出ないような体調不良は、私が気が付けないだけで、ずっと抱えているのかもしれない。そう考えれば、余計に彼に頼りっきりではダメだと感じた。
「俺としては、安全な場所で守られていて欲しいのだが……今回のように下手に飛び出された方が危ないからな。それなら初めから背中を任せて視界内に入れていた方がマシか。俺もティアーナがすぐ側に居る方が体調も良いし」
「旅に出る前も言っていましたが、私が側に居る居ないはそこまで体調に影響するものではないかと」
「いいや、関係ある。例えるなら……晴天の日と豪雨の日くらいには違う」
「大違いじゃないですか」
「そうだ。だからティアーナが俺と結婚して名実共に俺のものになってくれれば、体調不良とは縁が切れる可能性も」
「そうやって、何かと結婚話に持って行こうとするのはやめてください!」
こうやってふざけた会話をするのですら、記憶はなくとも懐かしい心地がする。そんな居心地の良さの中、私達の旅は進んで行った。
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