今度こそ皆が幸せになれる世界を
「……分かりました。私、ジーク様と結婚します」
「そうか、嬉しいよティアーナ。闇魔術を習得した甲斐があった……! これでやっと十数年の想いが報われて──」
「ただし。結婚するのは、私の肉体を取り戻してからです」
「……は?」
ジーク様のドスの効いた声が響いた。しかし私の決意は変わらない。
「ジーク様には、私と一緒に旅に出てもらいます。もう一度魔王に会って、私の体を取り返して……今度こそ、本当に魔王を倒しましょう?」
私はジーク様の手を両手で握ってそう訴えるが。彼は呆れたと言わんばかりの大きなため息を返してくる。
「だってそうすれば、私とジーク様はもっと沢山の時間を一緒に過ごせるでしょう? 世界も本当の平和を手に入れられるし、良い事だらけです」
「前を向いて頑張れるのはティアーナの美点だが、そういうのは『向こう見ず』と言うんだ。それに十二年前に失敗した魔王討伐を今更やり遂げられるとも思えないし、正直俺の体がそこまで持つかどうか」
「勇者であるジーク様なら出来るはずです! どうか恋人である私の願いを叶えてください。私は欲張りだから、歳を取ってもジーク様と一緒にハーブティーを飲めるような、そんな幸せが欲しいの」
ジーク様が私と結婚したいと訴えるのであれば、私はそれを逆手に取るだけだ。
「結婚するなら子供も欲しいですし、きっと私達の子供は可愛いはずです。人形の体のままでは、流石に子宝には恵まれませんよね?」
ジーク様には皇帝から賜った爵位もお金もある。贅沢しなければ子供を儲けても生活には困らないだろう。
正直に言えば今の私にはジーク様への恋心は無いのだが、元々は恋人だったのだ。記憶があった時の私ならきっと二人に良く似た子を望み、産み育てたいと考えただろう。
「くっ……それを言われると困る。いくら俺が闇魔術でティアーナの精密な人形を作り上げて、食事も排泄も愛し合うことすらも難なく出来る体に仕上げていると言っても、子を宿すところまでは織り込めなかった」
「では魔王を倒す旅リトライ決定ですね。それともジーク様は高潔な勇者様ですから、私と結婚したいだけでそれ以上の欲は湧かないのでしょうか?」
「欲? そんなもの既に振り切れている。これ以上幸福な未来を想像してしまうと発狂してしまうから、考えないようにしていただけだ」
ジーク様は眉間を押さえて暫く考え込み……私と目をあわせた。
「……勝算は?」
「以前の記憶が無いので一概には言えませんが、私の気持ち的には勝率100%、絶対に勝ってジーク様と結婚します」
「フッ……ハハハッ! ……うん、何があっても前を向いて頑張るティアーナらしい答えだ。記憶は無くとも──俺の大好きだったティアーナだ」
笑っているはずなのに、その言葉は哀愁を帯びているように聞こえた。
「……分かった。もう一度、一緒に旅に出よう」
「ジーク様、ありがとうございます!」
「ただし、幾つか約束してくれ。まず、自分の命を優先し、決して無理せず自己犠牲の精神なんて捨てること。それと、万が一魔王討伐に再度失敗した場合は──そこで諦めて俺と結婚してくれ。短い間でも夫婦として暮らそう」
「分かりました。その条件で結構です」
しょうがないといった諦めの表情ではあったが、ジーク様は私の提案を受け入れてくれた。私としては、全てが円満に解決する希望が、首の皮一枚であっても繋がっただけ良かった。
「しかし無計画では死にに行くようなものだ。ちゃんと作戦を考えておかねば」
「私だって全くの無計画ではないのですよ? 魔王は現在私の体で作られた鎖で封印されています。そこを剣で一突きすれば倒せるかもしれません」
「そんなの既に俺が何度もやった。しかしティアーナの聖女の鎖が……まるで魔王を守るかのように、全ての攻撃を弾き返すんだ」
……封印の鎖が攻撃を弾くなんて違和感しかないのだが、ジーク様が実際にやったということなので、間違い無いのだろう。
「では、私が封印を解きます。その瞬間を狙って、ジーク様は魔王に剣を突き立ててください」
私の封印が邪魔なら、解いてしまえばいい。危険は伴うが、どっちにしろ私の体を取り返すとなれば封印は解かなければならないのだから。
「そんな上手くいくとは思えないが……まあいい。世界はどうなっても構わないが、ティアーナと幸せになる未来の為ならば、俺はまた頑張れるよ」
ジーク様は寝台から立ち上がって、飾り戸棚の扉を開いた。そしてそこに収められていた剣を取り出す。窓から差し込む光を反射してキラリと光る剣先は、魔王封印の日から十二年も経ってもいまだに神聖な気配を放っていた。きちんと手入れされているその剣を左手に握って一振りし、ジーク様は一言呟く。
「なぁエルダ。また俺と一緒に頑張ってくれるよな?」
「エルダ?」
「あぁ。俺の剣の名前で、勇者の信託を受けた際に皇帝から譲り受けたものだ。時折神のお告げかと思うような有効な助言をくれたりする、良いやつだよ」
「へぇ……そうなのですね。私も元々はエルダとお話したりしていたのかしら?」
私は単純にエルダに挨拶するつもりで寝台から立ち上がって、ジーク様に近寄る。しかしエルダを握るジーク様の左手に触れた瞬間、バチッと激しい静電気のような刺激が私を襲った。その激しい音とチリッとした痛みで、私は慌てて手を引っ込める。
「きゃっ!?」
「こら、エルダ!! ティアーナに何てことを……いくら丈夫に作ってあるとはいえ、今のティアーナは人形で人間より脆いんだ。乱暴をしようものならエルダであっても許さないからな」
「ジーク様、ごめんなさい。突然触れようとした私が悪かったの。……お名前からすると、女性でしょう? 突然触られると嫌なのは、私も同じですから。理解できます」
「……それは暗に俺への苦言か? 俺は今すぐの結婚は我慢したが、ティアーナに触れるのを我慢したりはしないからな」
ジーク様にいちいちツッコミを入れていると話が進まなくなるので、私はジーク様をスルーしつつエルダに謝罪の言葉を述べる。「ごめんなさい」と口にしても、エルダは無反応で……許してくれたのかどうかは分からない。
「ティアーナ。エルダは気にしなくていいから、旅の準備をしよう。早く旅立たないと、俺がティアーナと夫婦として暮らせる時間が刻一刻と減っていってしまう」
「そんな一秒を争うようなことをしなくても……」
「何を言っているんだ。ティアーナとは一秒でも長く夫婦でありたい。まずはティアーナのドレスと食料から購入しよう。買い出しに行くぞ」
先程体調が悪そうにしていたのは何だったのだろうか? テキパキと旅の用意をし始めたジーク様を見て「やっぱり私の心配しすぎだったのかな?」と首を傾げてしまう私だったが。それでも私は後悔のないように希望を信じて、前に進みやり直すと決めたのだ。必ずこのチャンスを掴み取って、今度こそ本当に『皆が』幸せになれる世界を掴み取ってみせる。
そう決意した私は、大きめのトランクを引っ張り出してきたジーク様に駆け寄った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます