第13話

「なあ、玄一郎げんいちろう

「うん、どうした。橋本はしもと

 振り向くと、橋本は何とも言えない表情をしていた。

「その…。手紙を書くのはいいんだ。だけど、誰かを忘れてないだろうか…」

「ええと…」

 腕組みして考える。顔を上げて言う。

「ゆきとちびっこたちだろう。忘れてな…」

 言い切る前に、背後から頭を叩かれた。

「忘れている!! この、朝名あさな様を!!」

「ああ…。……。久し振り?」

「どうしたら、寮で同室の同級生を幽霊のように扱えるのだ…」

 橋本は、広げた手で顔を覆った。

 ずんずん第二図書室に進入してくる朝名。さらっさらのおかっぱ頭をなびかせて。

「本当に忘れたのか、玄一郎。お前は、この僕の杖だろうが!! やせっぽっちのお前に、重湯をあーんしてやったのはこの僕だろうが!!」

 ぽろぽろ涙を流している。ポケットからハンケチを取り出し、拭いてやる。

「やはり、朝名の涙は、綺麗だなあ…」

「ふんっ、当たり前だ!!」

 そっぽを向く。

「イチャイチャしている…」

「違うぞ、橋本。僕たちは、昔、静養棟でとある先輩から教わったのだ。そう。自分より可哀想なやつがいると思えばここでは生きていけるとな!!」

 びしっと親指を立てる。

「は? 病気の子供にそんなことを言うやつがいたのか?」

「そうだよ。私は、だから、助け合いなさいと諭されたのだと思ったけど…」

「うわっ、良い子ちゃんかよ。僕に杖代わりに使われてるくせに」

 私は笑った。

「そうだよ。だから、朝名のためにご飯を食べるようになって、身体も鍛えているんだよ」

「何だ、こいつ。僕のこと、大好きか!!」

 バシバシ肩を叩かれた。

「だって、階段で転んだら危ないだろうに」

「むう…」

 朝名は、唸った。

「だから、私は知っているんだ。朝名は顔だけじゃない。世話好きの優しいやつなんだって」

「この人たらし。もう帰る!!」

 朝名がターンして出て行こうとする。

「下に行く? 介助するよ」

「そうなんだよ。他のやつは、下手くそでさあ…」

 朝名が先に廊下に出る。出口で振り返る。

「え、もしかして、泣いて…?」

「いいから、丁重に送り届けてこい!!」

 早足で、朝名を追いかけた。




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