第8話

 守一もりかずは、人間の声が認識できない。その他の音は聞こえる。

 五つなので、ひらがなも書ける。どうやら自分の声も聞こえないらしい。

 守一の心の中に弓矢のような言葉が突き刺さった。いい加減、はりねずみにもなろうかという時。守一は、声を遮断した。

 子が壊れた。だから、親は守一をここに置いて行った。

 ちょっとした思い付きだった。幼いうちに、人生の方針と養い親が決まった、幸いな子。きっと実の親のことは知らないのだろう。だから、今、笑っていられる。

「お前の舞で、守一の反応を、感情を引き出せ。真人間に戻して、地上の学校でやっていけるようにしろ」

 突然、張り手でもされたような表情。

「もう、皐月さつきさんはスパルタなんだから…」

 上擦った声で、国見くにみは呟く。

「自分で考えて、やってみなさい」

 宣言すると、育也いくやは頷いた。

 国見は、腕組みして壁にもたれた。見守る気だ。

 育也は、しばらく部屋の向こう側にいる守一を立って眺めていた。

 守一は背を向けて、一心に絵を描いている。

「守一君」

 やはり、反応しない。守一のテーブルに対して、直角に膝立ちする。

 テーブルを叩く。守一が、一度見る。

 育也は抱えていた包みを開いた。重箱には、おはぎ。

 クレヨンで汚れた手。

「あっ、待って」

 守一の手を掴む。

「あの、手はどこで洗えば」

 国見が、指差してやる。

 戻ってきて、おはぎを食べる。皿と茶の用意は、国見がした。

 食べ終わり、クレヨンで筆談。育也は、ようやく舞った。顔がひきつっている。

「これは、長くかかるだろうな…」

「解ってやったくせに」

 無反応な守一の背と、止めどなく溢れる育也の涙と。鳥が鳴いていた。

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