第7話

 翌日の放課後、育也いくやを連れて静養棟へ向かった。

「うちの施設はもともと病院だからね。その子たちに勉強を教えるために、後から学校ができたんだよ」

 育也がきょろきょろしている。

「まさかうちの学校の一部だったとは…。みんなと偉い人の別荘かなと話していました」

 木々に隠れるようにして建っている静養棟。木の壁は白いペンキで塗られ、緑色の屋根が乗っている。

「こんにちは」

 医師の控室で挨拶してから、廊下を進む。日当たりのよい遊戯室。荷物を育也に渡す。

皐月さつき兄ちゃん!」

 吸い込まれるように、その人の膝に跳び込む。結果、ヘッドロックされた。

「あれ、国見くにみに似た人かと思いきや…」

 咳き込みながら、よだれをぬぐう。

「逆に、確信してないのに、他の人にこんなことしたら駄目ですよ?」

「するか。安心しろ」

 後ろを向くと、育也が放心していた。

「もう、大人の営みに美少年がびっくらこいてますよ」

「営みって言うな」

 ほっぺたを引っ張られる。横顔を見る。その人は、車椅子の上でもしゃんと背筋をのばしていた。ブランケットの上には、物理の本。

「初めまして。三松育也みまついくやです。卒業したら、お能の家の子になります」

 ぺこりと深い礼をする。

中村皐月なかむらさつきだ。よろしく。ああ、顔を上げて」

「はい」

 緊張した面持ち。

「もしかして、能の稽古をうちの誰かに見せに来た」

「はい」

「う~ん…」

 皐月兄ちゃんは、腕組みして唸った。

「うちはほら、唯一会話が通じるのが私だけだからなあ…」

「えっ、小さい子が入ったと聞きましたけど」

「だから…。うん、まあ、いいか」

 皐月兄ちゃんは、何かを諦めた。


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