第6話

 その日、食堂に「本日、放課後よりホットケーキ焼きます。※蜂蜜を頂いたため。早い者勝ち」との貼り紙がなされた。もちろん、生徒が殺到する。

「いやあ、毎回のことながら腱鞘炎になりそうだよ」

 勝ち誇ったように、国見くにみは言った。

「どうせこの学校の男どもの胃袋は我が手中にとか思っているんだろうが」と返してやる。

「ま、そのとおりだがな」

 国見は、ウインクする。お前は、どうなりたいのだ。まるで、母親ではないか。顔をしかめる。

 と、育也いくやを含めた仲良しのちびっこ三人組が皿とフォークを持って歩いてくる。

「ごちそうさまでした。美味しかったです。また焼いて下さいね」

「ああ」

 笑顔で返す。三人できゃっきゃっと笑いながら皿を洗う。微笑ましい。その後、友人の二人は帰って行った。

「国見さん。げんさんのことなんですけど…」

 俯き、手遊びをしている。

「ああ、あの件ね」

 ぴくっと育也の肩がはねる。

「あれは、私の見立てでは解決まで三年はかかるよ」

「三年?」

 上げた顔には困惑が浮かんでいる。無理もない。

「あのね。そもそも二人ともお互いのことが大好きなんだよ。だから、大丈夫。ただ、女の子のほうは十一歳だからね。玄一郎げんいちろうには、子供にしか見えなかったのさ」

「ううん…」

 育也には難しいか。すると、国見が育也の肩に手を置いた。

「あのね、育也。私たちに、親代わりはいても、親はいないんだよ。だから、育也が能の家の子になると決めたように、自分のことは自分で決めていいんだよ。玄一郎もね。だけど、あいつにとって今すぐにという訳にはいかなかっただけだよ。とても大切なことだからね」

 育也は、ようやくほっとした。

「それじゃあ、僕の話を」

「うん」

 腹ごなしに校庭を散歩する。

「師匠がね、言うんです」

「うん」

 ホットケーキを食らったばかりの男どもが野球に興じている。元気だなあ。

「自分の演じるお能を人に見てもらいなさいって。でも、あの二人は、『いくちゃん、すごいねえ。綺麗だねえ』とか、『きっとすぐお父さんみたいになれるよ』とか…」

「ああ、そういう話か。う~ん…」

 国見は、鼻をかいている。

「師匠もなんです! 何をやっても、育也最高。未来の名人とか言って…」

 うん、解るよ。あの師匠だものな…。稽古用に浴衣を三十ほど買い与えようとして、呉服屋の主人に止められたという。ちなみに、別れ際には毎回泣く。大げさな。

「師匠が駄目な大人になります!」

 国見が立ち止まる。ちょいちょいと呼ばれる。

「だったらさ、育也の舞を静養棟の子に見てもらおうと思うんだけど。どうかな?」

 山の中腹にある、 まさにその建物を見上げる。

「うん。学校と師匠に相談していいよと言われたならいいんじゃないか」

「だよな」

 国見は、にっと笑った。





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