第5話

 山中にある家では、夏でもストーブに火をつける。湿気をとばすのだ。

 風呂上がり、ゆきは薪ストーブで髪を乾かしていた。そして、うっかり、髪の毛を焦がしてしまった。

 その臭いは、人の焼けるのに似て不吉だ。せっかく伸ばし始めたが、諦めて切ってしまった。そうすると、女児の服ではちぐはぐだ。

 近所の人は、すぐ慣れる。しかし、観光地だ。いちいち説明して歩く訳にもいかない。

 面倒だったので、半ズボンをはいた。これが、意外にいい。

 知らない人の前に出ても、振り向かれることもない。

 どういう訳か、ゆきと同年代の子は男ばかりだった。当然、女はつまはじきにされる。ゆきはここぞとばかりに、男の子たちの遊びをした。

 特に、木登りがお気に入りだった。そもそも男の子たちがゆきを避けるのは、スカートが原因だったのだ。昔、母に縫ってもらったばかりのワンピースを木の枝にひっかけた。それでも、ゆきだけが叱られるのなら良かったのだ。母は悪ガキたちにげんこをくれてやった。

 以来、ゆきはひとりきりになった。

 ごめんね。母ちゃん、寝ないであのワンピース縫ったのよ。家族三人、おしゃれして遊園地に出かけたかったのよ。ごめんね。ごめんね。

 母は、膝をつき、ゆきを抱き締めた。ぽろぽろ涙が零れた。はじめて、心から人をゆるそうと思えた。

 もちろん、寂しいことは寂しかったけれど。


 *


 母ちゃんは、ゆきを一目見て気付いたよ。ああ、このお兄さんがゆきの初恋の人なんだって。

 あの時は、ゆきのげん兄ちゃんもまだ子供だったね。

 少し見ない間に、立派になってしまって。正直、母ちゃんももう決まった人がいたらどうしましょうと思いましたよ。

 だから、父ちゃんは酷いと思いました。

 うちは、しがない団子屋だ。とても美陰学苑みかげがくえんの生徒さんを婿に迎えられるような家ではない。

 失礼しちゃうわよね。それで、同じ菓子屋でも本葛を扱うような老舗だったらなあですって。

 父ちゃんは、ずっと気付かないままでしたね。ゆきが玄兄ちゃんの前では、男の子の姿で過ごしたこと。自分の髪は短くして、普段は母ちゃんのあげた髪でごまかしていたこと。前髪しか伸びないなんておかしいのにね。

 母ちゃんは、まだ諦める時ではないと考えます。

 だから、ゆき。玄兄ちゃんに「絶交」のはがきを出しなさい。大丈夫。きっと上手くいくよ。

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