希望のファンファーレ

 俺はただ唖然とする事しか出来なかった。


 何をすればいいのか、何をすべきなのか。


 それらの思考に辿りつかず、現実を受け入れる為に頭をゆっくりと、ゆっくりと、回転させていく。

 溜息混じりの吐息は自身の焦りを示していた。


 どうすればいいんだろうか…


 心臓に手を置くといつもよりも早く、強く、鼓動が鳴っている事がわかる。


 動悸がする。

 目眩がする。

 焦燥感が体を支配する。


 俺の体はこんな感じだったのだろうか。

 こんなにも苦しく虚しいものだっただろうか。



 どうしよう…



 …すぐに思いついたのは、逃げる事だった


 多分、無理だろう。

 今のこんな状態でも、分かる。

 1日で俺の実家を探し出した奴らだ。きっとすぐ見つかってしまう。

 この逃げたい衝動を抑えるしか、手は無いようだ。



 …警察に相談するか


 家族を捨てる事は出来ない。絶対に。



 現実を受け入れていき、段々と頭が冴えてきたようだ。徐々に冷静さを取り戻していく。



 ……奴らに接触する


 殺されるだろう。場所も分からない。手の打ちようがない…



 …長髪の男と接触する


 これが一番ベストだろう。だが連絡は取れない。彼の事は何も分からないのだから。

 他に選択肢はない。この地獄を終わらせる為に、行くしかない。あの家に。


 ――


 改めてルートと時間を確認する。


 片道3時間。乗り換えを4回程度挟み、徒歩30分程度。


 電車の窓の外を眺めると素晴らしい雨景が広がっていた。

 この雨は俺の不安を洗い流していくような、そんな気がした。

 

 この景色日常もいつかは消え、新しい景色日常へと移り変わっていくのだろうか。

 

 そんな事を考えられる安息に感謝しつつ、安心して眠くなってしまったのか、瞼がゆっくりと落ちていった。


 ―――


 あの家についたのは雨が収まってきた昼頃だった。

 駅で弁当を購入し、駅で昼食を済ませた。

 手土産には駅で販売されていた"大人気のせんべいが500円!"という広告に釣られて購入。


 あれこれを確認しつつ、スマートフォンの電源を入れる。

 マップを開き、駅からあの家までの経路を確認し、足を進めた。


 一歩一歩、あの家に近づく度、あの安息が離れていき、現実が近づいてくる。


 殺さなくてはいけない、という現実が。


 …包丁はある。


『本当にいいのだろうか』


 あとは覚悟だけ。


『そんな事出来ないくせに』


 この歩みで覚悟を決めるんだ。


『どうして?』


 おもいが錯綜する。


 そんな時、足を止めて一つの事が脳裏に浮かんだ。


 親友に電話をする――


 家族ではなく親友に、だ。


 学生時代ずっと一緒にいた。いつも良き相談相手になってくれた。

 あの頃の思い出が蘇ってくる。


 そうして、慣れた手つきで電話番号を押し、掛けようとして――


 やめた


 親友を巻き込むつもりなのか、俺は。

 そんな事する奴、親友じゃないだろ。


 全てが終わってから、笑って話そう。

 そんな未来があるといいなという僅かな希望を胸に再び歩み始めた。



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