幻想のフォールアウト
久しぶりの客だった。心が浮き立つ。だが、確認せねばならない。聞き間違いで商談を始めても意味が無い。
「
「あぁ。
ちゃんと客だった。
「分かりました。店内でお話をしましょうか。雨ですし」
そう言って、彼らを向かい入れた。
「まずはタオルでも取ってきますね。あとは何か飲む物を…」
久しぶりで何をすれば分からなくなりそうなところだが何とか頭を回転させて沈黙を防ぐ。
椅子に座ってゆっくりしている間に、とタオルを取りに行こうとした時だった。
「大丈夫だ。すぐに帰る」
???
頭がはてなマークで埋め尽くされたがすぐに思考を再開させる。
「店内を見るだけなのですか?」
そんなわけがあるのだろうか。いや、ない。だが、彼らは扉の前で佇んでいるのだ。座る気配さえ見せない。
何をしたいのだろうか。
「…違う。山奥にある一軒屋があるだろう。格安の。そこに住みたい」
確かにある。ここからおよそ3時間。交通の便が悪く、築100年を超えた格安の家が。ここは印象的で覚えていた。
だが、うちはチラシなどを一切出していなかった。彼には些か不信感を覚えてしまう。
「失礼を承知でお聞きしますがどこで知ったのですか」
「………友人からだ」
少しの沈黙があったが質問には答えてくれた。これ以上の追求をしてもこちらには何のメリットは無い。
「分かりました。では用紙を取って来ますので少々お待ちください」
と言って踵を返し用紙を取りに行こうとした時、また声を掛けられた。
「待ってくれ」
「何でしょうか」
流石にムカついてきている。いちいち何かしようとすると止められるのだが。
「幾らでも金は払う。だから今すぐに買わせてくれ」
「その為に用紙を取りに」
行こうとしているのですが、と言おうとしたがその前に
「ダメだ」
と言われた。
「ここで無理ならば他をあたる」
そんなこと言っても多分どこも無理だと思うのだが。
「3000万出す」
「いいでしょう」
ギターケースからお金を取り出し渡して彼らは去っていった。
いつも敬語をちゃんと使えるようになろうと思うのだが、やらないという事を繰り返してしまう。
「どーしようかなぁ…」
考えに考えた結果、自分が買った事にした。
―――
台風2日目。まだ雨は降り続いている。だが俺の心は晴れやかだった。
あんな家を3000万で買ってくれた。当分の間は暮らしていける金額だ。今の生活であれば、転職なんてしなくてもいいかもしれない。
しかし、なぜそこまでして買ったのだろうか。
大きなメリットにはその分のデメリットがあるというのが通説である。すぐ俺は
ガラガラッ
雑に扉が開かれる。誰だろうか。
傘をしまい、数人の男が入ってくる。ガタイが良く、歳はバラバラだがスーツ姿の彼らはボディーガードか、と勘違いしてしまう。
「どうかしましたか」
彼らは土地を買いに来たのかもしれない。怪訝そうな顔をしない方がいいだろう。
「兄ちゃんよぉ、こいつ来ただろう?」
そう言って出された写真は昨日見た、長髪の男だった。
「えぇ。来ましたよ」
言わなければ良かった。そうすぐに後悔した。
「どこにいるんだよ」
「個人情報ですので…」
ありきたりな返事をしたが。
「だからぁどこにいるって聞いてんだよ」
「ですので…」
「おい、さっさと答えろよ!どこにいるんだって!」
しつこいな。だが、威圧感がある。俺の事なんてすぐボコボコに出来るだろう。
…怖くなってきた。本当にこれはただの脅しなのだろうか?
「…警察呼びますよ」
だが、彼らはにやりと笑った。笑ったのだ。
「呼んでみろよ。兄ちゃんの家族がどぉなってもいいならなぁ」
そう言ってもう一枚の写真を俺に見せる。その写真は俺の実家だった。
「あんたら何者だよ」
恐怖よりも怒りが勝った。ただそれだけ。
「ただの会社さぁ。ただのな」
俺に出来る事は奴らから視線を逸らさず、毅然とした態度でいることだった。
「…3日待つ。お前への猶予を与えてやる」
別の灰色のスーツ姿の男が話しかけてきた。
「この写真のやつを殺せ」
は?
「そして、死体を持ってこい」
は?
「帰るぞ」
そう言って奴らが踵を返す。
俺はただ茫然と佇む事しか出来ない。
奴らの捨て台詞は
「警察に言ったら分かっているよな?お前の大切な家族がどうなっても知らないぞ」
だった。
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