全てがプレリュード

オレンジ

暗闇のファクター

 それは雨の日の出来事。


 台風の予報があり、一日中、雨が降り注いでいたそんな日。


 こんな大雨で客なんて来ないだろうと思っていた時だった。


 煙草を外で吸いながらあめを眺めていた俺に。


「…隠れ家いえを探している」


 そんな一言で、俺の日常は壊れてしまった――




―――



「なぁんで客が来ないかなぁ…」


 会社の机に突っ伏しながらそう文句を呟く。


 会社と言っても立派なもんではない。なぜなら、従業員は一人もいない。


 社長であるこの俺、土屋文一つちやふみかず、一人だけである。


 原因は分かっている。親の家業を考えもなく継いでしまったからだ。こんな個人経営でボロく、小さく、田舎な所なんて誰が来るか。


 お陰様で従業員に払えるお金は底をつき、俺一人だけなのである。


 することもなく、かと言って遊ぶわけにも行かず、仕方がなく客の為についている20型のテレビを点ける。


『…斎藤さん、明日の天気をお願いします』


 流れてきたのは、ニュース番組である。丁度よく、知りたかった情報をニュースキャスターが教えてくれるようだ。


『明日から台風の影響で、一日中警報級の大雨が続くと思われます。傘の準備を忘れないようにしましょう…』


 ピッ


 マジか…と驚嘆し、ついテレビを消してしまった。これでは見猿、聞か猿である。


「煙草まだあるかな…あと食材とかの買い出しも…」


 あっ、と気づいて口を塞ぐ。つい癖が出てしまった。

 

 しかし、こんな独り言を言っても気にする人間はいない。それは嬉しいが人影が無いのも寂しい。


 …


 …


 そろそろ転職を考えよう。


 そう心に誓い、また一日中惰性を貪るのだった。



 ――次の日。


 線状降水帯が発生し、歴史的短時間大雨情報が発表された。


 煙草を吸うために戸口まで移動し引き戸を開く。


 ガラガラ、と音を立てるこの扉はかなりの歳月が経っている事を彷彿とさせる。


 ザァーと地面を突き付ける音は人生で何十回と聞いた事はあるが、目の前が見えにくくなる程のこんな大雨は人生の中でそうそうない事だ。


 ひさしがついていたことに感謝しつつ、ライターで火を点ける。


 フゥーと煙と溜息を同時に吐く。


 どうせこんな大雨だ。どうせ客なんて来やしない。そう意気込んで好きな煙草を吸っていた。


 そう思った瞬間、天罰を受けたのか、はたまた夢でも見ているのか。


 人影が見えたのだ。二人。しかも傘を差していない。


 そんなバカな、と目を擦っても人影は消えず、こちらに近づいてくるのだ。


 真っ黒いコーデの高身長で長髪の男。30代程の顔つきでギターケースを背負っていた。音楽家なのだろうか。


 そして彼は小さな手をつないでいた。視線を下に動かすと小学生だろうか。こちらは黒いレインコートを着ていた。


 やはり目的は不動産おれか。


 俺の目の前まで近づいてくる。


 雨に濡れながら俺を見つめる。ひさしには入らず。


 入ってきても全然いいのだが。


 沈黙。ただこちらを見下ろしている。


 怖い。警察でも呼ぶべきか、それとも声を掛けるべきか、と思考を巡らせた瞬間。


「…隠れ家いえを探している」


 彼はおもむろに口を開いたのだった。





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