某レストランチェーン店にて





 

 

 軽快な音楽が流れている店内、休日の真昼間は案の定、何処のテーブルも家族連れや学生たちで溢れかえっている。そんな中、異質な3人組が店内の片隅にあるテーブルを陣取っていた。1人は見るからに未成年の装いをした女の子、目をキョロキョロとさせながら、やたら水を飲み、そしてトイレへ行っている。もう1人は目の下にこびり着いたような真っ黒な隈と、それに相反し、毛細血管が今にも切れそうなほど目が血走っている、そう、まるで危ないお薬をキメているような若い男、更にもう1人は無心で間違い探しに興じている、吊り目のチェーン店側からしたら場違いな女。言わずとも分かるだろうが、諒子と田城と戀川である。



 

 

「…………ほ、本日は、お日柄も良く」

「仏滅っすよ、今日」

「え!?」

「うっそー⭐︎」



 

 

「じょーだんすよ〜」と、何処を見ているか分からない、スプラッター映画の殺人鬼のように焦点の合わない目を大きく開け、田城は笑う。隣は隣で、諒子を見向きもせず、眉間に皺を寄せ、一心不乱……一意専心とも言える面持ちで間違い探しで遊んでいる。その余りにも恐ろしい光景に、幼気な少女は泣きそうになった。



 

 

 しかし、田城がおかしくなったのには理由がある。

例のホテルでの事件により、田城は戀川と常に行動しなければいけなくなった……トイレ以外。それは、トイレ以外は常に一緒!?巨乳女上司と田舎のチェーンホテルで……みたいな感じで眠れないのではない。





 そう、田城を苦しめたもの、それはトイレである。唯一、戀川と離れることの出来る救いのトイレは、部屋にある備え付けのトイレではない、あくまで男性用の集合トイレである。



 


 さて、通常のホテルで、他の客も使用する集合トイレは何処にあるだろうか?


 


 

 正解は、1階である。

つまり、自分が催したら毎度、戀川を起こしてトイレまで仲良く行かなければならないのである。鼻の穴に詰め込まれたティッシュの息苦しさで目を覚まし、そのままベッドの上で胡座をかき、今までの出来事を整理した頭の良い田城は、一連の流れになってしまうことを聡ってしまった。



 

 しかし、生理現象を止めることは出来ない。ならばせめて、と田城は必要最小限の飲水量で、必要最低限の回数で戀川を起こそうと決意したが、夏の蒸し暑さに負けた。




 恥を忍んで戀川へトイレ行きたい宣言をし、トイレの前で女上司に待ってもらい、また部屋へと戻る地獄の往復路。唯一の救いは、この一連の流れに対し、意外にも戀川がイライラしないことだけだった。しかし、確実に田城の心のHPは削られていった。




 これ以上、失態を犯さないと、というより、この雪辱を晴らすべく田城は由羅から渡された資料を一夜漬けで覚えた。そして出来上がったのが、スプラッター田城である。

まだ殺人鬼ではない。


 


 本来なら、田城はこのような事をする男ではなかった。どちらかと言えば、学年に1人はいる「俺、何も勉強してねー笑」と友達とゲラゲラ笑いながらテストに望み、普通に学年TOP10に君臨するような最低な男だった。だからこそ、その驕りが仇となり、刑事部殺人犯捜査第8係に就任してから直ぐに読むべきだった資料を埃まみれにし、自分で自分の首を絞めてしまった訳なのだが。



 

 

 そんな資料一夜漬け男は、基本に立ち戻ることにした。

殺人事件の捜査の基本は証拠である。証拠さえあれば、被疑者を逮捕することができる、が、刑事部殺人犯捜査第8係の基本は証拠ではない。まず、超常現象とも言える犯罪の前に証拠など出て来ない。ならば、何を捜査の基本とするか、それは過程である。





 何故、この事件が発生したのか、4W1Hを埋めていき、

危険度を予測し、最終的に刑事部裏殺人犯対策本部に依頼する。ようは、能力者に上手く橋渡しするため情報を整理し、まとめ、結論を導き出さなければいけない、それはもう面倒くさい仕事だ。

 そして、正直な話、とっとと捜査報告書を完成させて刑事部裏殺人犯対策本部に放り投げたら、田城は集合霊からも戀川からも解放されるのだ。しかし、それを戀川が許さないことを、田城は何となく察していた。あの俺様何様あたし様暴君女帝が、とても細やかに報告書を扇に提出する姿を知っているからだ。そして、それは刑事部殺人犯捜査第8係の人間が危険度予測を誤った場合の人死の被害拡大を恐れているから、ということも何となく察していた。

 だが、このまま進捗がなければ俺は死ぬ。集合霊を視て死ぬか、俺自身のHPが0になり死ぬかの最悪なニ択しか残っていない。



 

 だがしかし、そんなdead or die田城は、この最悪な状況を打破するための、もう1つの選択肢を導いていた。




 

 そう、栄養ドリンクをチャンポンし、強制的に目覚めさせた脳へ叩き込むように資料を読み耽る中で、嫌でも目に付く単語があったのだ。




 

『取引内容』





 

 田城は、あれが由羅の言っていた『解決方法』だと踏んでいた。……そして、恐らく、自分が生き残る術はこれしかないと踏んでいた。



 

 

 あの集合霊と会話するためのカードを揃える、そして取引をする。未練を解決する代わりに、どうか自分を殺さないで欲しい、と………そのため、田城は燃えていた。というより導火線に火がついて燃えざるを得なくなった。

  



 

「お、おまたせしましたー。コーヒーとミートドリアセット、チョコレートパフェになります」




 

 研修中と名札に貼られた、いかにも新人のウェイトレスが、両手でトレイを持ち、ぎこちない笑みを浮かべながら震える手でテーブルにドリアやパフェを並べ、逃げるように厨房へと駆け込んでいく。


 


 誰も何も言わず、無言で注文した商品を飲食した。



 

 そして沈黙が諒子を襲う。もう、トイレに逃げ込むのは余りにも不自然だ。逃げ場のない少女は俯き、冷汗が止まらない中、誰か助けて、新野さん……!と心の中で悲鳴をあげる。しかし、脳裏に浮かんだのは、皮肉にも最期に見た、首藤さんの笑った顔だった。




 

 ……あの子のの為に、頑張るって決めたんだ、と目を瞑る。大丈夫、大丈夫と息を数回吸ったり吐いたりし、呼吸を整えた。そして、ぎゅうっと胸に、拳を握り締める。




 

「あの、首藤さんの事件で、私に出来ることはありますか!?」




 

 何の取り柄もない私に何が出来るのか、と今更ながらの自問自答、籠る体熱が顔へと集中するのを感じながら「じ、事情聴取も受けますし、かつ丼も食べます!」と諒子は真っ直ぐ戀川を見つめた。間違い探しに夢中になっていた女は、やっと視線を、やや赤らめた顔をした少女へと移し、じっと目を細める。



 

「……はたけやま りょうこって、どういう漢字だ?」

「…………え??」

「綴り」

「え、えっと、はたけは上に白の下に田で……」




 

 戀川は注文シートを裏向きにさせ、諒子に渡す。

此処に、書けってことだろうか?と諒子はペン立てから鉛筆取り、書き出そうとしたが、田城が胸ポケットに差してあるボールペンと紙を差し出してきた。けれど紙は、まるで落書き帳のように色々な絵や文字で埋め尽くされており、筆記できる箇所が少ない。



 

「こっちの方が書きやすいっすよ」

「あ、ありがとうございます」



 

 とりあえず、僅かに空白となっている箇所へ〝畠山 諒子“と名前を記入していく。確かにスラスラとよく書けるポールペンだ、と諒子が購入している百均の5本入りボールペンと比較し、感心しながら丸っこい、可愛らしい文字を綴り終え、戀川に「これで良いですか?」とお伺いを立てる。



 

「ああ、上出来だ………しろ」

「はーい、では此方の誓約書にサインを記入して頂きましたので、後日改めて控えをお返ししまーす」

「…………え?」




 

 ……誓約書?




 

「ああ、すいませんっす〜、俺としたことが、捲るのをお忘れてしまいましたわ〜」




 

 エセ関西弁ならぬエセお嬢様言葉を扱いなが、田城は落書き帳のような紙をペリペリと捲った。何も知らない哀れな少女の目の前には、誓約書と大きなフォントで記されたと、シンプルな誓約事項。




 

・私は[あさなわ町女子高生怪死殺人事件]を解決するその日まで、雨の日も風の日も、夏の暑さにも負けず、昼夜問わず戀川水仙のため捜査協力に尽力することを誓約します。




 

 何処かで聞いたことがあるような詩を応用したような誓約書と、ヤクザに騙されたようなやり口に、諒子は口をあんぐりとしたまま思考がショートした。

 因みに未成年の場合、このような誓約書などの書類関係は全て親権者、つまり法的代理人のサインも必須であるが、勿論、諒子はそれを知らなかった。この無垢で無知な少女は知らないと確信した上で、この悪どい刑事たちは誓約書にサインさせたのだ。



 

 

 もはや笑うしかない状況の中で、諒子はもう一度、左から右へと誓約書を読む。




 

「…………な、なんか」

「ああ、これ凄いっしょ?俺もやられた時にびっくり仰天だったんすよ〜」

「なんか、結婚式の誓いみたいですね」




 

 田城が吹き出したのは言うまでもない。




 

ーーー




 

「えー、本日はお日柄も良く」

「お、お日柄も良く」

「燃えるような太陽が我らを射抜く中お越し頂き、誠に、誠にありがとうござ」

「うるせぇ、しろ。早く調書しろや」

「それ駄洒落っすか?」

「あ゙あ゙?」

「すいませ〜ん」





 気まずい、夏の蒸し暑さに呑まれた人々を癒すように、丁度良い涼しさを保った店内が、この一角だけ真冬の凍てついた空気に襲われている。出来ないことなど分かっているが、諒子は既に、この刑事たちに協力するという言葉を撤回したくなっていた。



 

 

「え〜、ではまず、畠山ちゃんが被害者を発見した日について……」


 


 

 ……なんか、ドラマの中にいるみたい。と諒子は少しズレたことを考える。しかし、此処は安くて美味いが取り柄の、よく知らない軽快な音楽が店内に響き渡る某レストランチェーン店だ。




 

「ではなく」

「で、ではなく???」

「さっきから復唱してばっかりっすね〜、オウムみて〜」

「え、喋るのってインコですよね?」

「オウムも喋れるっすよ」

「え!?」

「…………首藤亜衣に変な噂はなかったか?」




 

 痺れを切らした戀川は、空気を読まず話を切り出してきた。…………変な、噂?と諒子は頭の中にクエスチョンマークを重ねながら、思い出そうとする。しかし、全く心当たりはない。分かりやすい少女の返答を待たず、戀川は更に質問を繰り出す。




 

「嬢ちゃん、仲の良い友達はいるか?」

「……え?い、いますよ……?」

「何人?」

「……これくらい」




 

 そう言って、恥ずかし気に人差し指を立てて俯く諒子。それに対し、戀川は「10人か?」と頬杖をつきながら意地の悪い笑みを浮かべる。




 

「ひ、ひとりです………!け、けど、本当に仲が良い友達なんです!」

「名前は?」

「小夜ちゃんです!リスみたいに凄く可愛くて、小学校からの友達なんです!!」

「……リスのぬいぐるみとか、そういうオチじゃないっすよね?」

「小夜ちゃんは人間です!!!」




 

「ほら!」と憤慨した諒子は、スマホのフォルダから小夜とのツーショット写真見つけ出し、身を乗りだして2人に見せつける。田城は、確かにリスのように可愛いな、と何とは言わないが上から順に78.57.79と舐め回すように見た。そんな男に反し、隣にいる女はスリも驚愕するほど、流れる水の如くそれは見事に諒子からスマホを奪い取り、SNSアプリを開きスクロールする。



 

「うぇ!?か、返してください!!」

「『sayo』……これか?」

「どうみてもそれっすよ、登録数的に」



 

 諒子のことなど見向きもせず「変な男にファミレス連れ込まれてるって送信します?」と田城は戀川へ提案し、戀川も戀川で「警察が来ると面倒くせぇだろ」と刑事とは思えないような返答をしながら、スマホを奪還せんとバタつく少女を制し、田城へスマホを渡す。




 

「さ、小夜ちゃんは関係ないです!」

「関係ねぇよ、だからどうした」

「じゃあ、何で呼ぶんですか!?」

「呼んだ方が早ぇだろ、いろいろと」

「自己都合?!」

「まあまあどうどう……というか、畠山ちゃんって、良くも悪くも周りが見えていないタイプなんすよ。だから、首藤亜衣の噂も知らないんじゃなくて、興味がないから聞き耳すら立ててない」



 

 そう言いながら、田城は戀川に渡されたスマホをポチポチと軽快にタップしながら、sayoこと小夜へ『小夜ちゃん、スマホの値段、満足してる?今、格安スマホが更にお得になるプランについてお兄さんたちと話してるからおいでよ!場所は……』と如何にも怪し気な文言を送る。たった1人の小学校からの友達なら、後は未読無視で必ず釣れる。



 

 現に、直ぐ電話がかかってきた。




 

「少なくとも、嬢ちゃんよりかは知っているだろうしな」

「首藤亜衣の家族関係は大方取れたんで、後は学校での様子を詳しく知りたいっすね、あと……」




 

 田城は目を細め、ポケットの中にあるUSBを取り出す。

頭の中に引っ掛かる蟠りを解くために、まだ協力者が必要だった。




 

 

 

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