協力者




 

 

「け、けど!やっぱり小夜ちゃんは関係ないです!!」

「『今、電車乗った』だとよ」

「2時間に1本しかないのに!?」

「え、2時間に1本?」

 


 

 「どこ住んでるんすか?小夜ちゃん」と田舎に疎い田城は興味半分に、会ったこともない諒子の友達の住所を聞き出そうとするが、それを諌めるように、戀川は睨みを利かす。しかし、強靭なメンタルを持つ男は首を諌めるだけで、反省の色は伺えない。



 

「……何分掛かる?」

「え?えっと……隣町だから、最低でも、30分くらいです」

「早く来るよう何か送れ、しろ」

「電車は遅延することはあっても〜、早く来ることは基本ないで〜す」



 

「無茶言わないで下さ〜い」と田城は当たり前のようにスマホを弄り続けた。この男の脳内辞書に個人情報保護法という法律は存在しなかった。哀れな少女が口をワナワナと身体を震わせ絶句している内に、スマホの端々、入っているアプリゲームからSNSまで情報を取得していく。


 


「へぇ、裏垢とか全然ない感じっすか?何となく予想通りだけど」

「う、裏垢?!」

「検索履歴は消したほうが良いっすよ〜、年上男性 恋愛 診断……」

「なっひっ……!」

「ん?大智って、彼氏っすか?……ああ、違うっすね、弟?」

「…………しろ」

「何すか?」

「キャパ超えてんぞ」

「あ、やべ」



 

 

 諒子のキャパシティは、想像通り遥かに小さかった。湯気が出そうな程、赤くなった顔と何処を向いているか分からない目、誰が見ても思考も視界もショートしたことは、一目瞭然明らかだった。



 

 

「そんな見られても困るもんなかったっすけどね〜……あ、裏垢はないけどエロ垢はあるとか?」

「お前鬼かよ」



 


 

ーーー


 


 

 左半身が暖かい。

 重い瞼をゆっくりと開けた少女の目の前には、地獄のような光景があった。大好きな親友が鬼のような形相でチャラ男刑事に怒鳴り付けているのだ、なんなら、その刑事の両頬は真っ赤な紅葉が映えている。勿論、比喩である。




 地獄は続くよ何処迄も、とでも言うように小夜と田城の言い争いはヒートアップしている。諒子は目を何度も擦りながら、夢なら覚めろ覚めろと、いつもは信じない神様へ懇願する。しかし、一向に目は覚めず、聞き慣れた、よく知らない軽快な音楽が右から左に耳を通過するだけだ。周りにいる客やウェイトレスは、絶対にこの地獄の炎が燃え広がっているこのテーブルを見ないという、とても強い意志を感じる。



 

 

「諒子に変なことしないでよ!」

「まだしてないっすよ〜、だから落ち着いて〜」

「触らないで!この変態クズ!!」

「思ったよりも暴力的」



 

 

 たった1人の友達が、自分のために刑事へ暴力(※ビンタ)を振るう光景など見たくなかった。思い出すのはいつもニコニコと笑う小夜ちゃん、途中から一緒に登校する小夜ちゃん、お弁当を食べる時、リスみたいに小さな頬っぺたを膨らませる可愛い小夜ちゃん、体育のペアで常に一緒の小夜ちゃん。走馬灯のように移り変わる脳内映像とは全く形相の違う唯一の友達に、諒子は夏風邪を引きそうだった。



 

「嬢ちゃんの友達は思ったよりも過激だな」



 

 

 やけに暖かい左半身の方から、ご機嫌な声が聴こえた。

 温もりの正体である女刑事は、酷く楽しそうに笑いながら、諒子の頭を、くしゃくしゃと髪を乱すように撫でた。普通の女子高生なら激怒してもおかしくなかったが、久しく頭など撫でられていない少女の脳は、壊れかけのロボットのように再度、ショートしてしまいそうになった。更に重たいであろう自分がもたれ掛かっても、目が覚めるまで起こさず、ジッとしていてくれたことにも気付き、戀川の好感度は急上昇した。そう、少女はとてもチョロかった。もしも都会にいたのなら、悪い男に捕まり人生が急転落するタイプの少女であった。そして、良くも悪くも田舎という閉鎖的空間に守られていたのである。しかし、そんなことなど知らない女は、諒子の後頭部を支えたかと思えば、自分の頬へと近付け、金木犀の香りを靡かせながら、自分勝手に事の顛末を話し始める。



 

 

「来た瞬間、しろへビンタしてよぉ。頭に血が昇ってんのか、嬢ちゃんが目覚めるまで、ずっとあの調子だ」

「い、いつもは優しくて……」

「…………優しくてぇ?」

「う、あ…………や、優しいんです」

「ふは、ゴリ押しかよ」



 

 気を失う前の不機嫌そうな顔付きは遥か彼方へ消えていた。戀川はずっと、それはそれは楽しそうに笑ってる。そして、諒子の頭に手を当て、次節、髪を玩びながら甘やかす。新野とは違う色気を醸し、相違性の魅力、ギャップ萌え……というよりDV彼氏のハネムーン期のような甘やかし方が、更に諒子の心臓を狂わせてしまった。鼓動の音が戀川へ聴こえるのではないか、と早る心臓を押さえ込むように身体を丸めながら、林檎のような赤ら少女は会話を続ける。



 

 

「た、楽しそう、ですね」

「ん?楽しいに決まってんだろ」

「何で、ですか?」

「男と女の喧嘩ほど見てて楽しいもんはねぇよ」



 

 

 100年の恋も冷めるに決まってる台詞さえも、夢見心地な少女は「そうなんだ」としか思えなかった。何度も言うが諒子はチョロかった。



 


「……けど、そろそろ止めるか、おい、小夜」

「何よ!……なっ……!りょ、諒子に触らな」

「あたしらは刑事だ、ちょっと来てもらおうか」

「…………けいじ?」

「しろ、出るぞ」

「もっと早く助け船送ってくれません?」




 

 田城の嘆きはいつもの如く無視され、挙げ句の果てには会計ボードを手渡された。「この世は女尊男卑、か……」と燃え尽きたような掠れ声も、勿論無かったことにされ、戀川は諒子の腰に手を回しながら立ち上がり、小夜へ近付く。高身長の目付きが悪い女に見下ろされても尚、リスのようなクリクリの目で睨み付けるその姿に、気の強さが伺える。しかし、戀川が胸ポケットから出した警察手帳に、僅かに瞳が揺れ動いた。



 

「……何で、警察が諒子と話してんの?」

「知らねぇのか?首藤亜衣の事件」

「……知ってる、けど」

「この嬢ちゃんは重要参考人なんだよ、けど、首藤亜衣についてなーんにも知らなくてよぉ」



 

「……協力してくれや」と目を細め、有無を言わせないように小夜の腰に手を回す。



 

 まずい状況だと気付くには遅すぎた。

 マッシュショートの髪を揺らしながら周りに助けを求めようとするが、老若男女関わらず、誰も目を合わせようとしない。ただ嵐が過ぎ去るのを待っているだけ、刑事と名乗っている男女と未成年の女子たちの言い争いは、面倒くさい気配しか感じないのだ。


 


「……分かり、ました」

「思ったよりも利口じゃねぇか、じゃあ車に乗るぞ……優しい友達で良かったなぁ、嬢ちゃん」

「…………ほ」

「嬢ちゃん?」



 

 突如、戀川のダイナマイトな双方をペタペタと触りながら、胸ポケットにある警察手帳を取り出そうとする少女。突飛な行動であり、当たり前ではあるが、戀川はこんな人間を見たのは初めてだった。しかし、とても機嫌の良い女は興味本位でそれを傍観する。やっとの思いで警察手帳を手に取った少女は、そのままパカっと手帳を上下に開けた。そして、不機嫌そうな顔写真と金色の紋章をまじまじと見つめた後、ゆっくりと口を開いた。



 

「本当に、刑事さんなんだ……」



 

 後の供述で少女は語る。「いや、信じていた訳ではなく、あ、間違えた違う違う嘘嘘、信じていなかった訳ではなく警察手帳見てなかったなってお」最後まで供述するこは許されなかった。





ーーー



 

 警察署のエレベーターは地下3階、刑事部殺人犯捜査第8係の部署までしかない。しかし、ダンボールだらけの入り組んだ廊下を抜けた後、会議室が見えてくる。その会議室のドアを開錠すると、虹彩認証が必要な秘密のエレベーターが存在した。そこは関係者以外立ち入ることを許されない、地下4階、刑事部裏殺人犯対策本部の根城へと続く下層行きしかないエレベーターなのである。


 


 自動ドアが開くと、まず見えるのは辺り一面に展開している監視カメラだ。監視カメラには刑事部殺人犯捜査第8係と能力者たちの名前が表記されている。この監視カメラは警察手帳の桜の代紋に埋め込まれ、第8係の面々は捜査開始に伴い、常に本部へ監視されるシステムとなっているのだ。理由としては多角的観点から物事を視るため、とマニュアルに明記されている。勿論それは、戀川や田城も例外ではない。



 

「えっぐ」

「どうした?伊藤」

「見て下さいよ、扇さん。この子凄いですよ」



 

「戀川さんのおっぱい、触ってます」とモニター監視要員である男が、とんでもない発言をしながら画面を拡大させると、優雅にコーヒーを嗜もうとしていた扇は、思わずコーヒーポットを落としそうになった。



 

「拡大しなくて良い!」

「いや、警察手帳は胸ポケットにあるんだから、戀川さんのおっぱいは映りませんよ?」

「扇様ったら、意外とむっつりですわね」



 

 「ああ、意外でもないかしら?」とカツカツとピンヒールを響かせながら部屋へ入って来た由羅は、コーヒーポットを横取り、マグカップへコーヒーを注ぐ。眼鏡を上げながらギロ目の男が睨んでいても、女はどこ吹く風である。



 

「お疲れさまです。首尾は如何ですか?」

「第一発見者の畠山諒子と接触して、何かをしようとしていることは分かりますよ」

「まあ!何をしようとしているのかしら」

「俺が分かる訳ないでしょ〜」



 

 長い前髪を揺らしながら首を横に振り、やれやれと態とらしいポーズを見せる伊藤、モニターには幼い顔立ちをした垂れ目の少女が、呆然と此方を見ている。まさか覗き込んでいるそれに監視カメラが埋め込んであるなんて、思ってもいないだろうが。



 

「この子、神隠しされやすい要素が全部揃ってますね」



 

「美少女、スタイル良し、純朴、あと処女っぽい」と指を立てながら偏見をツラツラと並べ立てた後、更に伊藤は「あ、あと、おっぱいもデカい」と要らぬ要素も追加もした。



 

「見目が良い少女が行方不明になるのは、どの事件でも同じですわ。統計も取れてますし……ただ、少し水仙ちゃんは、この子に入れ込んでますわね」



 

 猫目を細めながら、探るようにモニターを見つめる由羅に対し、目付きの悪い男は湯気が漂うコーヒーを事もなしに飲み干し、溜息を吐く。



 

 

「調査報告書の提出が滞っているのも、それが原因か?」

「ああ、珍しいですよね。戀川さんの唯一の長所は調書を欠かさず提出することだったのに」

「あら伊藤君、つまらないわよ〜」

「言った自分も思いました」

「……白紙に戻すなら、戻すなりに何か書いて欲しいものだ」

「何かあった時に助けてあげられないから、かしら?」




 

「相変わらず、扇様は水仙ちゃんに甘いですわね」とモニターから視線を外した由羅は、腕を背中の後ろに組み、腰を曲げ態とらしく見上げるように扇を見つめる。ふわりと香る金木犀の匂いが、モニター越しの彼女を彷彿とさせ、男は思わずは顔を顰めた。



 

 

「……助けませんよ。第8係は、そういう部署なのだから」



 

 

 顔を歪ませ、扇は一面のモニターを睨み付ける。モニターには戀川だけではない、田城も、他の刑事部殺人犯捜査第8係の人間たちも全て監視されている。能力者、無能力者に限らず、常に見張られているのは、由羅が言う[助ける]ためでも、事件を多角的な観点から視るため……でもない。



 

 調査報告書だってそうだ。危険度予測と言っても、完成した報告書が不十分な内容だったら自分が突っぱね、捜査は続行となる。つまり、扇の許可が降りなければ、いつまでもいつまでも、その事件に対応しなければいけない。



 

 それは全て国のため、被害を最低限に抑え事件を収束へと導くため。そして、数少ない先天性能力者達の数をこれ以上減らさないための、最小限の犠牲。その最小限とは、刑事のはみ出し者から借金で首が回らなくなった者まで、多種多様な人間が所属している刑事部殺人犯捜査第8係のこと。つまり、都合の良い捨て駒部隊なのである。



 

 伊藤はポテトを食べながら監視を続ける。犠牲者たちの胸ポケットから映る景色は、いつだって惨たらしく惨憺たるものだ。しかし、自分を含め、モニター監視員の面々は見慣れた光景に何も言わない。ただ談笑しながら、モニターを監視し続ける。

 扇が警視となり、刑事部殺人犯捜査第8係と刑事部裏殺人犯対策本部の所属長となってから早1年、しかし、今だに見慣れることの出来ないそれ、自分が戀川と捜査していた時の方が、よっぽとマシだと言えるような、そんな異様な光景に目を顰める。


 


『何だよこれ!!……ひっ!く、来るな……!』

《心拍数 呼吸数増加 正常な判断が出来なくなっています。死亡確率75%》



 

『よく分かんねーけど、この祠が原因なんじゃね?』


 


『やめてくださいやめてくださいのうをくちゅくちゅしないでごめんなさいごめんなさ』

《心停止を確認しました。死亡確率98%》




『お、お前が先に行けよ……お、俺は、ちょっと煙草吸うから」

《心拍数増加 不自然な動きが見られます。逃亡の可能性あり、注意が必要です》



 

『なんで、なんでなんで……!!……取引したのに……!なんで言うこと聞かないのよぉ!!』

《取引失敗の可能性あり、直ちに人外対策部は人ならざるモノ[百目木鬼]の捕縛に向かって下さい》



 

「…………人外対策部に連絡してくる」

「ありがとうございます、田城様」



 

 

 スマホを片手に踵を返す扇を尻目に、ピンクブラウンの髪を耳に掛けながら由羅は田城のモニターを見つめる。先程まではブレていた視点がやっと収まり、駐車場へと向かう最中だった。後天性能力者になることを彼女は許さないだろうけど、それ以上に、由羅は彼に期待していることがあった。



 


・戀川水仙が死亡した場合、必ず遺体を回収すること


・遺体は刑事部裏殺人犯対策本部代表へと提出すること




 

 

 そう、彼には、大事な大事な役割がある。



 

 

 

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