届かないメッセージ(前編)





 

 連れて来られたのは、警察署だった。


 

 机とパイプ椅子が2つ、後は、パソコンが置いてある机が角にあるだけの、どこか質素な部屋に行き、事情聴取を30分程度したところで、戀川は帰って良いと言い放った。朧げな瞳で、諒子は戀川を見つめる。


 ああ、そうか。

多分だけど、私の受け答えを見て、今日は無理だと思ったんだろう。けれど、自分でも吃驚している。私、なんでこんなにも、沈んでいるんだろう。首藤さんとは全然、接点もなかったのに。


 

ーどうしてこんなに、悲しいの?


 

 廊下を歩いてる途中で、戀川歯バツの悪そうな顔をして諒子に飴を渡した。いちごみるくの美味しいそうな飴。

 彼女なりの謝罪なんだろう。きっと、首藤さんと私が違うグループだったから、それほど仲が良くないって知っていたから、だから、あんな話を車でしたんだ。

 戀川は諒子が飴を受け取ったら、すたすたと踵を返し遠のいていった。飴を渡すためだけに一緒にきたのだろうか、不器用な人だな、と諒子は思いながら、玄関口に向かった。



 玄関口で田城に頭を下げ、諒子は外に向かう。後ろで田城が何か言っていたが、振り向かず、真っ直ぐと警察署を出た。



 愛想が無いと、思われたかな。

 けれど、一人にして欲しかった。


 

 警察署前のバス停に行き、時刻表を見る。次に来るバスは三時間後だった。タクシーは高いから呼びたくない。だから、とぼとぼと車道の端を歩いていく。地図アプリを見てみると、今から私は、気が遠くなるような時間を歩くそうだ。

 初夏の暑さで息が荒くなる。Tシャツが汗ばみ気持ち悪い。諒子は腕で汗を拭い、空を見上げた。

 暑さを助長するように、みんみんと蝉が五月蝿い。

何処から鳴いているかも分からない蝉に、何故だか、無性に腹が立った。


 

 ーそんなに叫んでどうするの?土から出ても、どうせ7日の命なのに



 ……そんな風に考えてしまう自分が、諒子は嫌で嫌で仕方がなかった。


 

 ああ、けど…首藤さんも、最期に蝉の鳴き声を聞いていたのかな。夏の暑さと日差しの気持ち悪さ、ミミズ臭い土と、汚い雑草の不快な感触に包まれながら、彼女は死んでいったのだ。


 

……彼女は、何を思ったんだろう。


 

 放課後の教室で交わした、最後の言葉が脳をよぎる。



『私も好きな人いるんだ。……みんなには内緒だよ?』



 

……彼女は、最期に誰を想ったんだろう。


 

ーーー


 

「まさか、あんなにショックを受けるなんて思わなかったっすね〜」


 

 玄関口から戻ってきた田城は、いつものおちゃらけた調子で、戀川に話しかけた。

 地方の警察署は人の喧騒もなく、途切れ途切れに人が訪れる。節電と書かれた貼り紙が、色々な場所に貼られているせいか、どこも電気が着いておらず薄暗い。

 そんな、陽射しのない部屋の一室を戀川たちは借りていた。

 ホワイトボードには[あさなわ町女子高生怪死殺人事件]と大きな字で書かれ、その下にはこれまでの関係者の情報が記されている。


 

 戀川は何も喋らず、捜査報告書を黙々とPCに記入している。その斜め前に田城は座り、自分のメモ帳を開く。メモ帳には細々と、聴き取った情報が記されていた。


 

 あ、そう言えば、と田城は自分のスマホからメールを見る。メールの内容は首藤亜衣の過去についてだった。


 

《首藤亜衣は中学卒業後、父親の転勤と共にあさなわ町に引越した。中学時代のクラスメイトからは優しい子、担任からは真面目な子と評価されていた。嫌われてはいなかったが、特別仲が良い友人もいなかった》


 

「と、いうことらしいっすよ〜。ぎろ君がメールで送ってきやした〜」と、またまた、おちゃらけた調子で田城はPC画面を遮るように、戀川へスマホを見せつけた。

 いや、あたしにメールしろよ、と戀川は眉をひくっと上げ、苛つきのあまり机を蹴りあげようかと思ったが、寛容な心で許す。というより、完成間近の報告書を作り直したくなかったからだ。

 暴君は車での出来事、グローブボックスを蹴り、扇を恐喝したことなど、微塵も覚えていなかった。


 

 田城のスマホを覗き込みながら、戀川は目を細めて考える。首藤亜衣の過去は、割とよくある話ではある。


 

「首藤亜衣は、良くも悪くも典型的な八方美人」


 

 PCを打つ手を止め、戀川は呟く。

その呟きに田城も首を大きく上下に揺らし、頷いた。


 

 首藤亜衣の死が確定した後、田城は学校に事情聴取の許可を申請した。最初は渋っていた学校側だったが、田城のある一言で、すんなりと申請は通った。

 次に、フォーム作成ツールを使用した質問用紙を学校に送信し、首藤亜衣の同学年全員に送信するように依頼した。返信は2日程度掛かると想定していたが、予想に反し、その日に送信する生徒が多かったらしい。朝の9時に学校側から返信が来た時、田城は思わず目を疑ってしまった。


 幸い、あさなわ高等学校は一学年50数人規模の学校だった。そのため、結果を読むのに苦労はしなかった。

 まだ、何人かは返信していない生徒がいるようだが、首藤亜衣を知るには充分な情報だった。


 

 質問用紙の内容はシンプルだ。『首藤亜衣はどんな人物だったか』と『首藤亜衣の噂の内容』の自由記載である。


 

 田城はまとめた質問用紙の内容を戀川に渡す。

 いつも共に行動すると忘れてしまうが、田城は警察官の中では優秀な部類である(そして屑)ということを戀川は思い出した。


 

 戀川は質問用紙に目を通す。


 

 《学級委員をしていた》《真面目》

 《仕事を率先してやってくれる》

 《誰にでも優しい》

 《いつも笑ってた》


 

 当たり障りのない内容に、思わず戀川は笑った。

だが《首藤亜衣の噂の内容》は予想以上に酷いものだった。


 

「…誰からも褒められた。良い子だと言われていた。だが、」


 

 《みんなにいい顔をしてる》

 《三組の〇〇ちゃんは嫌いだと言っていた》

 《いろんな人の悪口を言っていたらしい》

 《うざいって思っている人が多かった》

 《内申点稼ぎが酷いって噂はあった》


 

「誰からも、良くは思われていなかった」


 

 八方美人あるあるだな、と思いながら田城はメモを閉じた。だからこそ、畠山諒子の様子は想定外のものだった。首藤亜衣を知っているか、という質問に対しての返答を見るに、とても仲が良いクラスメイト、という訳でもなさそうだった。田城は首を傾げ考えていると、戀川がポツリ、と呟く。

 


「あの嬢ちゃんは純粋だ」

 


「あの歳で、あそこまで擦れてないのは珍しい」と戀川はホワイトボードの写真を手に取り呟く。

 写真は中学の卒業写真だろうか、光の加減で目にハイライトがない。口角は上がっているが、暗い表情に見える。


 純粋な子など、いるのだろうか。ギャルも清楚系大学生も、なんなら、そこら辺でベビーカーを押している母親も、皆、ベッドでは女の顔になるのに。

 田城はそう思いながらも、表情を崩さずに戀川へ話しかける。おちゃらけながらも、さも当然のように。



 

「そんな純粋な畠山ちゃんに、盗聴器を着けちゃいました〜」


 

「わあい、ぱちぱち!」と田城は受信機を片手に言う。

違法捜査ではあるが、そんなものは関係ない。田城のモットーは[バレなきゃセーフ]である。

 そして、それは戀川も同じだった。さも当然のように、田城が置いた受信機のイヤフォンを片耳に着ける。


 

 もう着けるのか、と田城は思いながらも、イヤフォンを耳に着ける。無線式盗聴器が音を拾える範囲は、受信機から約100㍍以内の距離だ。その範囲内に居ればいいが、時間を考えると、何とも微妙だ。


 

 片耳に神経を集中すると、ザッ、ザッと土を踏むような音が遠くから聞こえた。まさか、あの距離を歩いて帰ろうとしているのか?警察署前のバスで帰れと言ったのに、と田城は少し不貞腐れた。都会育ちの田城は、田舎のバスの運行状況など知らなかった。痛恨のミスである。


 

「しろ、車出せ」


 

 真昼間の一番暑い時間帯、少し立地の悪い警察署から住宅街へ歩いて帰るのは無謀すぎる。戀川はイヤフォンを無造作に外し、席を立った。

 だが、田城は返事をしなかった。眉間に皺を寄せ、じっと、イヤフォンの音を聞いている。


 

「……おい、しろ、」

「戀川さん、なんか聴こえる」


 

 田城のおちゃらけた雰囲気は消えていた。

受信機の音量を調節しながら、音を探っている。その様子を見て、戀川もイヤフォンを再び装着した。

 


 ……やら え……… えん…こ……

 ………… あ…や わら……め


 

「……唄?」


 

 途切れ途切れではあるが、小さい子ども達が唄っているような、そんな声が聴こえる。田城は受信機に録音機を繋げた。しかし、段々と雑音が酷くなり、砂嵐のような音だけが後を引いた。


 

 あの唄は何だ?

 畠山諒子の声ではなかった

 複数の子どもの声


 

 …考えても埒が明かない。そう判断した田城は戀川を見る。戀川は睨み付けるように受信機を見ていた。


 

 すると、モスキート音のような、不快な金切音がイヤフォンから鳴った。


 

 田城は思わずイヤフォンを外す。しかし、耳の中に残った形容し難い、不快な感覚は残ったままだった。

 戀川は目を細め、無言で録音機のコードの線を引っ張り電源を切る。気味の悪い静寂が二人を襲った。


 

 

 【……て】



 

 そう思ったのは、束の間だった。

砂嵐のような雑音に紛れ、今度はか細い声が聴こえる。それはイヤフォンを通さず、受信機本体から聴こえていた。


 

 【ど…して】


 

 受信機は赤く点灯している。画面はnot foundの文字が点滅していた。流石の田城も、冷や汗が頬を伝う。

 雑音に聞こえていたものが、徐々に鮮明になる。複数の女の声が、まるで一つ一つの文字を繋ぎ合わせたかのように形成されている、そんな音声だった。気味が悪い、田城は耳を塞ぎたくなる。



 

 【にげて】



 

 【にげて】【こわい】【くらい】

 【いたい】【たすけて】【いたい】

 【かえりたい】【にげて】【いっちゃだめ】




  次第に声は悲鳴となり、戀川たちを襲う。受信機ごしに聴こえている、ただの音声。それだけの筈なのに、部屋全体の温度が急激に下がっていく感覚を、田城は肌で感じていた。



 

 

 【にげて】【いくな】【いくな】

 【にげて】【やめて】【やめろやめろ】

 【にげて】【みるな】【みる……】

 【?】




 

 

 【………きこえてる?】


 



 

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