届かないメッセージ(後編)




 

 受信機は音を立てて壊れた。

いや、壊されたと言った方が正しい。戀川が壁に向かって投げ捨てたのだ。だが、それでも微かに聴こえる声に、背筋が凍った。田城の第六感と言うべきか、本能が警鐘を鳴らす。このまま、この声を聴いたら危険だ、と。


 

 田城は床に落ちた受信機を踏み潰す。粉々になった受信機は、二度と音を発することはなかった。


 

「これって、経費で落ちるっすかね……」

「落ちるわけねぇだろ」

 

 田城の呟きに毒吐きながら、戀川は自分のスマホを取り出す。しかし、まるでタイミングを伺ったかのように田城のスマホが鳴った。


 

「あ、ぎろ君だ」

「寄越せ」


 

「はーい」と間延びした返事をしながら、田城はスマホを投げ渡す。戀川は通話ボタンを押した後、スマホを肩で挟みながら通話する。


 

「もしもし、田城か?」


 

 低い、掠れたような声が聴こえる。相変わらず良い声だと思いながら、戀川は話す。


 

「あたしだ。ぎろ、さっき送った調査報告書の件なんだが」

「…その名前で呼ばないで下さい。今は、僕が貴女の上司です」


 

 面倒くさい男だ、という気持ちをぐっと抑えて戀川は声をワントーン上げ、更に口角もわざとらしく上げ、話を続ける。ぎろこと、扇は戀川の元部下であり、現上司でもあった。詳細は省くが、訳あって現在は犬猿の仲となっている。


 

「これは失礼しました、扇(おうぎ)警視殿。先程の調査報告書の件なのですが」

「調査報告書は確認しました。後は此方で対応するので、即刻、警視庁に戻ってきて下さい」


 

「私からは以上です」と言いたいことを言い、通話を切ろうとする扇に、戀川は思わず座っていた椅子を蹴った。椅子は壁にぶつかり、ガコンッと良い音をしながら倒れた。


 

「話を聞けや、馬鹿犬。てめえだけでぺちゃくちゃ喋ってんじゃねぇよ」

「…貴女も、人に話を聞いてもらう為に物を蹴るの止めてください。…良い年した大人でしょうが」

「あの調査報告書は白紙に戻す」

「は?人の話聞けよ」


 

 電話越しでも分かるほど、お互い苛ついているのが分かる。粉々になった受信機をビニール袋に入れながら、田城はこのピリついた空気を耐えていた。触らぬ神に祟りなしである。戀川は扇がキレていることなど全く気にせず、ホワイトボードに情報を書きながら、昔の扇を思い出していた。犬みたいに尻尾振って可愛かったのに、いつからあんなクソインテリメガネになっちまったんだろうと、項垂れた。


 

 だが、今はそれどころではない。戀川はホワイトボードを見ながら、静かに告げる。


 

「危険度:高以上の可能性がある」


 

 戀川の一言に、扇は息を呑んだ。


 

「少なくとも、拐かし事案が発生している。第一発見者の嬢ちゃんに予兆はあったが……あの嬢ちゃんだけじゃないな。恐らく今回の被害者も含めて何人か何十人か……下手したら、もっと犠牲者がいる可能性が高い」


 

 戀川たちの仕事は、危険度の予測である。


 

 近年、科学の発展・AIの進化により、人は人ならざるものを信じなくなった。その結果、人ならざるものに対応出来る人間は、日本から消えつつあった。

 その報いとでも言うように未解決の変死、怪死事件や行方不明事件は増加していった。それは、著名人や政治家など関係なく被害は広がっていった。

 そこで国は、秘密裏に数少ない、人ならざるものに対応できる人間たち【能力者】を警視庁に召集した。そして、刑事部裏殺人犯対策本部は結成された。

 しかし、悲しいことかな。人手不足は目に見えて明らかだった。更に、相手との実力差など関係なく派遣され、死亡する能力者も出てきた。


 

 国は頭を抱え、そして、苦渋の判断を下した。


 

 人ならざるものの危険度を予測し、能力者を派遣すること。能力者では対処出来ないと判断した場合は、一部の国民にのみ避難指示を行うこと。


 

 つまり国を維持するため、国民の選別を行ったのだ。


 

 そして、警視庁は変死、怪死事件の判別、人ならざるものの仕業だった場合、危険度の予測を行う捜査係、刑事部殺人犯捜査第8係を結成した。それが戀川たちが所属している捜査係だった。


 

 田城は刑事部殺人犯捜査第8係に着任してから、まだ日が浅かったが、危険度:高がどれほど酷いものなのかは知っていた。刑事部裏殺人犯対策本部、つまり能力者が数十名で対応しても、鎮圧できる可能性は低い。危険度のうちの4%を占めるランクだ。


 

「話は以上だ。じゃあな」


 

 言いたいことを言った戀川は、そのまま電話を切った。

再び鳴るスマホを机に置き、さも当たり前のように部屋から出ていく。この上司にして、この部下ありだなと思いながら、田城はビニール袋をくくった後、スマホの通話ボタンをタップする。


 

「…あの人は?」

「出て行ったっすよ〜」

「……」


 

 遠くからガンッと、何かを殴ったような音が聞こえた。

田城はやっぱりこの上司にして、この部下ありだなと再確認する。昔はこんな短気な奴じゃなかったんだけどな、と思いながらも、話を続けた。


 

「危険度がランクアップしたのは何でっすか?」

「あの話で分かると思うか?」

「そこは元相棒の〜〜、あ、なんでもないでーす」



 田城は空気が読める方だった。これ以上変なことを話したら、扇の堪忍袋の尾が切れると判断した。


 

「あの人に聞けば、」

「戀川さんが説明してくれる訳ないっしょ?」


 

 残念ながら、それは否定出来ない事実だった。

戀川水仙という女は、一匹狼気質の手が付けられない相棒をことごとく再起不能にするパワハラ妖怪脚癖クソ悪女なのだから。説明してくれと言っても「自分で考えろ」とゴミ虫を見るような目で蔑まされて終わりだ。


 

「……神隠しだ」

「神隠し?あの子どもがふらって消えて、2.3日後に戻ってくるやつっすか?」

「本来ならな。だが、神なんて存在しない。

ー神も仏も悪魔も、人間が作り上げた虚像だ。だから、神隠しも存在しない」

「言ってること無茶苦茶っすね」


 

 田城は頭を抱える。もっと分かりやすく説明してくれと思いながらも、とりあえず話を聞く。


 

「だから、拐かしとあの人は言ったんだ。人ではない何かが人を喰い殺している、被害者の数も未知数、だが……それだけで、危険度を上げるのは尚早すぎる」


 

 ビニール袋を見つめながら、どう考えても、さっきのアレだよなと考えた田城は、扇に先程の出来事を話す。扇は黙ってそれを聴き、暫しの沈黙の後、口を開いた。


 

「霊と機械の相性が悪いことは知ってるか?」

「なんか、テレビで聞いたことあるっすね」


 

 諸説ありそうだけど、と思いながら田城は思索する。

何故、扇はこの話をしているのか。あの受信機から聞こえた女たちの声、途切れ途切れの悲鳴がまだ頭にこびりついている。もし、霊と機械の相性が悪いと言うのであれば、あれをどう説明するのだろう。


 

「霊は一個体だとか弱い存在だ。だが、群れを成すことはまずない。集合体になることを恐れているからだ」

「ねえ、もっと分かりやすく説明してくれない?初心者に配慮しない奴はどの界隈でも嫌われるっすよ?」

「誰だって、自分が自分でなくなることは怖いだろう」

「え、無視?」


 

 よく分からないまま、とりあえず田城はホワイトボードに走り書きする。


 

 神隠し、霊と機械の相性×、霊は群れない→集合体になりたくない→自分が自分じゃなくなるから


 

 どこぞの霊感セミナーみたいになったホワイトボードを見て、田城はペンをこめかみに当てながら考えたが、やめた。扇は性格上、必要なこと以外話さない。そして、ちゃんと過程を言ってから結果を出す。だから、もうすぐ答え合わせの時間だ、自分が考えなくても、アンサーは目の前にある。


 

「つまり、集合体に成らざるを得なかったんだ。田城、理解できているか?」

「恐らく俺の基礎知識が足りてないっす」

「だろうな。お前、貰った資料読んでいないだろ」

「てへ」


謎は謎しか呼ばないとは、この事だなと田城は失笑した。

受話器越しに大きな溜息が聞こえる。まあ仕方ない。

1+1=2の、1の意味を知らない人間が答えを導き出せる訳がないのだから、田城は開き直っていた。


 

「霊についての資料をとりあえず読め、お前のことだ。それさえ読めば理解できるだろう」


 

「俺への信頼熱くない?」と田城はけらけら笑いながら呟く。だが、それは事実だった。扇は田城を信頼していた。

なんせ、官房長官の娘に手を出し、懲戒解雇されそうになった田城を庇う程度だ。それほど、田城は刑事としては優秀だった。


 

「あの人のことを頼む、田城」


 

 あの人が誰のことはすぐに分かった。


 

「あの人は視えるだけだ。それ以上の能力はないのに、いつも危険なことばかりする」


 

 俺は視えさえしないのだが……と田城は思ったが、ぐっと耐えた。田城はやはり空気が読める男だった。


 

「まあ、死なない程度にやりますよ〜」


 

「ぎろ君も過労死しないようにね〜」と言い、田城は通話を切った。戀川さんは恐らく、畠山ちゃんの後を車で追ってる筈だ。今からそれを追いかけるのは得策とは言えないだろう。いつもならそう思い、別行動をしていた。


 しかし、今回はそれをしてはいけない気がする。一つでも選択肢を間違えてはいけない。例えるなら、そう、一本の糸が切れたら、後は地獄に急降下する。そんな風に、思えて仕方がないのだ。


 

 首藤亜衣の資料を持ち、考える。調べたいことは山ほどあった。何処から手をつけようかと、田城はまとめたアンケートを手に取り呟く。


 

「やることがいっぱいっすね〜」



 とりあえず合流したら、運転は戀川さんに任せて、自分は貰った資料を読もう。そんな舐め腐ったことを考えながら、田城は部屋を出た。




 

 ビニール袋の中から聞こえてくる声に気付かないまま。




 




【きこえた】【きこえた】【きこえた】

  【きこえた】【きこえた】【きこえた】

 【きこえた】【きこえた】【きこえた】






 

 

【あいにいくね】





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