「プダル・メーカー」

【──むかし、ある集落の外れに少しおかしな科学者が住んでおりました。

その科学者は口を開けば「涙は身体にいや、世界に良いのだ」と繰り返し、何年も小屋に閉じこもっては熱心に機械を組み上げていました。そうして生まれたのは「水溜まり製造機」、人呼んで「プダル・メイカー」なのです……】


***

 緑が広がる草原の節々にはなだらかな丘が幾つもあった。

それらは荒野を進む間もぽつりぽつりと目につき、その度にこの果てしない草原という空間に終わりがないという事を印象付けてきた。

その丘の一つに彼は居た。彼はプダル・メイカー、旅する雨雲だ。

「人間……どこだ……」

彼はぽつりとそう呟くと緑の芝生を避けて、あぜ道を走る事を徹底した。草に擬態する危険生物が居るという事を少し前に聴いていたからだ。

プダルは先人達が遺した跡を辿りながら一対の足代わりの車輪を動かし続ける。その足取りは一見すると頼りないが、彼は着実に前へ進んでいた。

人間に会う。それが彼を動かす原動力であり、彼に与えられた使命なのである。

「わ、あれは」

二日ほどガタガタとあぜ道に揺られた先、彼は草原に横たわる奇妙な塊を視認した。

プダルは恐る恐る近づくと、それは相当年季の入った荷車である事がわかった。

荷車には苔が生えており、車輪も石にぶつかって擦れた跡があり傷だらけだった。

プダルは荷台を覗いてみるが、中は草の蔓や葉で散らかっており殆ど何も残っていない有様であった。

「人間……は居ないか」

プダルは肩を落とした。勿論、彼に肩など無いのでこれは精神的に、という意味だ。

プダルはもう一度、あぜ道に戻る。彼は戻りながら、草木を踏みしめて歩く音や風によって揺れる草の音などを聴いていた。

そんなのどかな時間が彼にとって一番の楽しみなのだ。出会いを待っている、その期待感を彼を楽しませるのだ。

「……おい」

突然聞こえた彼を呼ぶ静かな、しかしわずかに怒った声に彼は思わず飛び上がりそうになった。

「……?」

プダルは戸惑いながらも瞳をモノアイレールの上で何度も左右に走らせた。見えるのは緑の地平線だけで、彼は首を傾げて正面を向いた。

「こっちよ、こっち!」

プダルのモノアイが下方へズレると、そこには先程の荷台が転がっているのが見えた。

「……ったく、さっきは助けてくれると思ってちょっと期待しちゃったじゃない」

改めてその荷台を見ると、持ち手が付いた正面に液晶画面が取り付けられておりそこにデジタル表示の顔が映っていた。

彼女は映像越しにプダルを見ると、ムスッとした表情になる。

「……いつまで見てんの。ほら、助けてよ」

そう言うと荷車の彼女はガタガタと身体を揺らした。その身体からは火花が何度も飛び散っており、壊れているのは一目瞭然だった。

「分かった。何すればいい?」

「そうね……取り敢えず、アームを貴方に固定させて貰いたいかしら。ほら、一人じゃ動けないのよ」

「分かった」

そう言って、プダルは彼女に近付く。だが、近付くにつれて彼のCPUはある事実をひっきりなしに告げてきた。

”いわゆる、重量オーバー”。プダルの小さな車輪では一家夜逃げに使えそうな程に大きな彼女を運べそうに無いのだ。

「困った」

「……うん?何が困ったのよ?人助けだと思ってパッとやって頂戴よ」

「いや、解決した。実行する」

「待って、何が解決したの?説明しなさい、説明!!」

ベラベラと機械音声を垂れ流す彼女を他所にプダルは彼女の側面を取った。

彼女は困惑しているのか「何?何してんの?ねぇ、ねえってば!!」などと騒いでいる。

プダルはそんな声など気にも留めずモノアイの裏にある照射装置に水を溜め、凝縮した水をカッターとして瞳から勢い良く放った。

「ぎゃぁぁあ!?馬鹿、馬鹿馬鹿、お馬鹿!!何してんのよ〜!?」

彼女の叫びも虚しく、荷台は真っ二つになり荷台に張り付いていた残骸やら苔やらが空中を舞う。

夜逃げにも使えそうな程だった彼女の荷台はもはや、タンスと毛布を積めるので限界といった具合だった。

しかし、荷台が軽くなったことで彼女を運べるようになった。プダルは満足そうにモノアイを光らせる。

「貴方、貴方ねぇ!?さっき会ったばかりの乙女の身体を真っ二つにするなんてどういうつもりなの!?」

プダルはそれに落ち着いた口調で「これで運べる様になった」と答えると、彼女のアームを自身の側面に接続させた。

彼女はわなわなと画面を震わせている。怒りを通り越してしまった様子だ。

だが、何を言っても無駄だと分かると諦めた様に「……私の名前、カーナって言うから。後、絶対直しなさいよ」と言ってきた。

プダルはそれに頷くと、自身の車輪を回しカーナを繋いだまま進み始めた。

カーナはそれからも何度か不満を漏らしながらではあるが、ただプダルに着いて行くことにした。


【こうして、二人?の旅が始まったのです……】


***

 「……ねぇ、貴方って一体全体何なの?」

丘を三つ越えて、日が一度沈んだ後にカーナは重い口を開いた。今日初めて、いやもはや二日振りの言葉であった。

「どういう事?」

プダルはぬかるみに引っ掛からない様、慎重に車輪を回す。そんな背中にカーナがお得意の不満を垂れ流す。

「どういう事って……いっぱいよ。名前に目的……後、何処に向かってるかとかも分からないから」

「そう。分かった。僕、プダル。向かってるのは人が居そうな所……それと、目的は人を泣かせること」

「ふーん……え、泣かせるってどういう事?怖がらせてたりするってこと?」

「分かんない。けど、博士がそうしなきゃダメって言ってた」

「なにそれ、お話になんないんですけど」

「そんな事言われても……あ、でもそういえば厳密に言うとエネルギーがどうとかって言ってたかも」

「新しく、なにそれ」

「重ねて言って、分かんない。でも、人が泣くと出るものなんじゃないかな」

カーナは「ふーん」とつまらなさそうに話を切る。プダルはそれも気にせずに先へ進もうとするが、その車輪はぬかるみへと落ちて行く。

それに呼応する様に後ろでズルッと滑った音がした。プダルは思わず機体を立て直そうとするが、力が入らない。

慌てて後ろを見ると、そこにはぬかるみに足を取られたカーナの姿が映った。

「困ったね」

プダルが精神的肩落としをしながら、他人事の様に呟く。

「何が困ったね、よ!!人泣かせる前にこっちが泣きそうよ!」

泥にまみれ、涙声で叫ぶカーナ。彼女は人間的表現をすればプンスカという擬音がピッタリだろう表情でプダルを睨み付けている。

その顔からは無数のスパークが溢れ出ており、焦りと怒りが混ざり合う様子を表している様だった。

そんな彼女の事情をお構い無しにプダルはのんびりとぬかるみから彼女を救い出すと、元の位置へ戻そうとした。しかし、それは叶わない。

何故なら、プダルのタイヤは泥に嵌り込み抜けなくなってしまっているからだ。次第にプダルの表情にも焦りが見えてきた。

「困ったね」

「おう、困ってるわよ」

プダルのバッテリーは半分に差し掛かったぐらいになっていた。

だから例え、分離して辺りの集落を探しに行っても、帰ってくる頃には機能停止は確実だった。

プダルはどうしようかと考えながら、カーナを見つめる。彼女は怒りの表情から呆れの表情に変わっていた。

それは多分、諦めだった。カーナはそういう顔をするのだ。プダルはそんな人間的な反応をする彼女を見るのが好きになってきていた。

「カーナ、ごめん。運命を共にする事になるかも」

「縁起でもないこと言わないでよ。今度言ったらブッ飛ばすからね」

カーナがプダルに頭突きする。それは攻撃とは言えない程度の、僅かなダメージを彼に与えた。

プダルはカーナといると“楽しい”という感情が湧くようになっていた。そして同時に不思議な“寂しさ”も抱く様になっていた。

何だか心が空になりそうな程寂しいのに、その反面どこか嬉しい様な気持ちにもなる。そんな矛盾した感情だった。

そんな感情を持て余しながらプダルはカーナを見つめると、彼女はまた怒った顔になるのだった。

「え、マジで諦めたの?」

「うん、馬力不足」

「うん、じゃないわよ!!え、どうしてくれんの!?私仕事の途中だったのよ!?早く本国に戻んないと行けないのに!?それに、私は貴方と違って簡単に死んでいい様な機械じゃないのよ、身分が違うの身分が!!」

カーナが捲し立てる様にプダルへ言葉を放つ。その声は段々と泣き声に近いものへと変わっていき、やがてそれは嗚咽に変わっていた。

彼女は自身の泥だらけの車体を震わせて泣きじゃくる様だった。

「カーナ、違うよ。簡単に死んでいい人なんて居ないよ」

「……それって正論?貴方が言わなきゃ聞いてやってもいいんだけどね」

モニターの中のカーナがプダルを睨みつける。だけど、しばらく経つと画面表示は明るい表情に塗り替えられた。

「あ!!人間よ、人間!!おーい人間さぁーん!!」

彼女は突如、声を張り上げた。どうやら遠くの方からやってくる人間が目に映ったらしい。

プダルも振り向いてその人間を見る。人間はどうやら女の人の様で、巷で人気の反重力装置付きのリュックを背負っていた。

「えと、もしかして困ってる感じ?」

人間はプダルとカーナを見て、そう訊ねてきた。

「そうです、そうです!!」

カーナがそれに食いつく。人間はそれを聞くと、プダル達の方へゆっくりと歩みを寄せてきた。


***

彼女はニラと名乗り、その背に反重力装置付きリュックを付けていることから分かる通り旅人であるらしい。

「にしても、私が旅人兼商人で良かったね」

そう言ってニラはプダルの車輪を取り外し、そして代わりに彼女が持っていた物を取り付けた。

それはどうも売り物の一つの様だった。ニラは反重力装置を利用して大量の荷物を運んでいるらしい。

彼女はリュックの中からその道具を取り出すと、プダルの体にそれを取り付ける。

そして手元にある二つの穴にそれらを差し込むと、銀色の取っ手みたいなものを捻ってがっちりと固定した。

「これでオフロードもある程度はへっちゃらの筈だよ」

「ありがとう」

「良いって、良いって。旅人は助け合わなきゃ……あ、でも旅人には“掟”があったよね?」

ニラはそう言って人差し指をピンッと立てた。

「うん。「旅人同士のやり取りは交換で解決」って掟」

「そうそう。で、なんかくれる?」

「そうだな……あげれる物……」

プダルは一旦カーナの方を見た。カーナは吐きそうな目でこっちを見てきている。

「ごめん、あげれる物がない」

プダルがそう言うと、ニラは笑った。少し、頭頂部がムズムズするのを感じた。

「ありがとう、じゃあ君が出来ることをやってよ。機械なんだから何かの為に作られたんでしょ?」

ニラはそう言うと、プダルの頭をポンポンと撫でた。なんだか、安心する。嫌いではないのかもしれない、そうプダルは感じた。

「分かった、出来る事……」

プダルはもう一度、カーナを見た。

カーナは思案顔で「マップ機能とうんちく機能ならあるけど」と言った。

マップ機能とうんちく機能……一体どういう意味だろうか。

プダルは分からなかったが、取り敢えず試してみる事にした。

ニラはそんな二人をニコニコしながら見つめている。

プダルは二人に一抹の不安を抱えながらも実行させてみることにした。

「そんじゃ行くわよ……はい、マップ!!」

カーナの画面表示が瞬く間に何処かの地図に変わった。

……だが、まったく知らない土地なのが見て分かる。

ニラも同様の様で、「こんな土地知らない」とでも言いたげな表情だった。

「どうだった?なんか故障した時にマップデータ紛失しちゃってたんけど、ちゃんと映った?」

もしかしたらさっき見たのはまったく参考にならないデタラメデータだったのかもしれない。

「次はうんちく機能ね。えーい、スタート……トキキリバッタは夫婦が共同で育児をする。A7地区の村長のルーツは貴族。ミツメネコは夜行性だけど二つの目は昼にしか開かない。超重力の権威で知られるジュートン博士は奥さんの圧を元に研究を始めた……」

カーナがマシンガンの様にうんちくを話す。だけど、一単語も分からないせいで「そうなんだ」とも言えない。

ニラも同じ事を思ってるらしく、うんちくが進む毎に二人は目を合わせた。

「どうだった?」

「よく分かんないや」

プダルが正直に感想を伝えると、ニラは腹を抱えて笑った。とても幸せそうだった。

「うぅーん……」

そんなニラを見ているとまた頭頂部がムズムズする。何かが“くるしい”。でも、嫌な感じではなかった。

『雨雲、生成可能!!』

「ニラ、今なら僕にもなんか出来るみたい」

ニラの背後でポツリとそれだけ言うと、プダルは車体上部を開き、雨雲を前方へ打ち出した。するとそこから大粒の雨が降り注ぐ。

それも、簡易的ではあるが雪の様な降り方だった。




没理由

・思い付き10割で先が想像出来なかったから。

・身も蓋もないけど雨雲を発生させる意味を見出せなかったから。


でも、口うるさい機械と振り回される機械が二人三脚で旅をしているのを書くのは楽しかったのでまた違う形で書くかも。後、コレだけぶつ切りになってしまい、本当に申し訳ない。

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脳髄の底 きめら出力機 @kakuai01

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