十七話 歓楽街と孤児院

夕暮れ時、ケネスから依頼を受けたクロードとフェイはリベルタ南地区の歓楽街に足を踏み入れる。


そこはクロードたちが生活拠点とする東地区とは全く様相の異なる場所だった。


多くの人間が行き交っていること自体は同じだが、そこにいる人間たちは全く違う。


通りを歩くと客寄せの女たちが秋波を浴びせてくるが、フェイのひと睨みすると消える。


「ムキになるなよ、フェイ。相手は仕事でやってるんだ」

「私のクロードに色目を使うのは許せない」

「それが仕事なんだ、いちいち目くじらを立ててたらキリがないぞ」

「ん、腕を組む」

「どうぞ」


歩きにくいし微妙に目立っているので本音を言うと辞めて欲しいのだが、クロードはフェイの好きにさせた。


そこらかしこから怒鳴り声が聞こえ、喧嘩の野次馬を至るところで見かける。


確かに治安は悪いがこれが平時なのかそうではないのか、クロードには分かりかねる。


それぞれの店の軒先に立つ用心棒たちの表情は見ると周囲を警戒しているものが多い。


ただの用心棒が警戒しているということはケネスが言っていた治安がより悪くなったというのも嘘ではないだろう。


「用心棒共がピリついてる、治安が悪いのは間違いなさそう」

「"タランチュラ"とやらの影響かもな」


雑談をしながら地図通りに街の中を進む。


通りを外れ、横道を歩くと一気に毛色が変わり掃き溜めや浮浪者の数が増える。


「うっ、臭い」

「慣れるしかない」

「慣れたくない」

「それについては同感だ」


「フェイ、この先をまっすぐ進むと孤児院なんだが…」


武器を持った数人の男たちが道を塞ぐように立っている。


男たちがこちらに気付いた。


「誰だテメェらは!、ここ先には行けねえ、帰れ!」


クロードは男たちが蜘蛛の刺青タトゥーを入れていることに気付く。


「クロード」

「ここは俺に任せろ」


「ふざけるな!、何の権利があって俺たちの道を塞ぐ!」

「二度は言わねぇぞ!、俺たちを敵に回したくなかったらさっさと消えろ!」


「俺たち?、大した人間には見えないが?」

「テメェらはどこの組織のもんだ!、俺たち"タランチュラ"を知らねえとは!」


この先は孤児院があるだけで他にこれといった建物はない、にも関わらず"タランチュラ"が封鎖する理由はそれほど多くない。


「フェイ、突破する」

「ん」


フェイは大剣を抜きながら、飛びかかる。


男たちの視線がフェイに移った瞬間、クロードは矢筒から二本の矢を抜き、素早く矢を番えて放つ。


瞬く間に二人の男が倒れ、空から降りてくるフェイの刃を防げず、最後の一人は袈裟斬りに沈む。


「急ごう、嫌な予感がする」

「分かった」


二人は孤児院へ全速力で向かった。


◆◆◆◆


クロードとフェイが向かう孤児院は南地区に唯一存在する孤児院で、"フォルティア"という闇組織の拠点でもあった。


"フォルティア"は決して大きな闇組織とは言えないが、歓楽街と貧民街の緩衝地帯を利用し、貧民を守り、歓楽街との橋渡しをすることで上手く生き残ってきた組織だ。


そしてその"フォルティア"の拠点である孤児院は現在"タランチュラ"の襲撃を受けていた。


否、正確にはほぼ壊滅していた、孤児院の中は血に塗れ、"フォルティア"の組員はほとんどが倒れ、立っているのは数える程しかいなかった。


「いい加減諦めたらどうだ?、カミラ?」

「黙れ!、クソ野郎共が!」


こちらをバカにしてきた男に罵倒を返した只人の女性の名はカミラ・フォルティア、苗字が示す通り闇組織"フォルティア"のボスだ。


「お前が悪いんだぞ?、俺たちの提案を蹴ったからだ」

「提案だと!?、あれはそんなものではなかった!」


「怒るなよ、力を持つ者に従うのが俺たちの世界の常識だろ?」

「お前たちのやり方は強引過ぎる!、それではいつか破綻する!」

「はっ!、小娘が偉そうに能書きを垂れるな!、仲間に裏切られたくせによ!」


「うぐっ」


カミラの表情が痛烈に歪み、男は笑みを深くする。


「結局は強い方が勝つんだよ!」


「それじゃあお前らが負けるのも道理だな」


「「!?」」


突然男の脳天を矢が貫き、一瞬で絶命させる。


カミラはすぐに伏せる、そして次々と矢が飛んできて"タランチュラ"の戦闘員を殺していく。


「一体何が…」


カミラは異常事態に混乱するが、すぐに思考を立て直す。


「お前ら!、意地を見せろ!、仲間を殺したクソ野郎共を殺せ!」


「「「おおっ!!!」」」


カミラに鼓舞され、ボロボロな"フォルティア"の戦闘員たちは次々と"タランチュラ"の戦闘員に襲いかかる。


「おい!?、何がどうなってる!?」

「今リドー様、死んだよな!?」

「ぐうぇ!?」


混乱する"タランチュラ"の戦闘員を倒しながら、カミラは激しく戦闘を繰り広げる面々を見つける。


「シッ!」「っ!」


長剣を握り相手を一方的に攻め立ている黒装束の暗殺者は知っている、"フォルティア"がここまで攻め込まれた要因を作り出した人間の一人だ。


先程死んだリドーが嬉々と語っていた、リベルタに限らず王国の裏社会で名高い暗殺組織"黒き剣ブラックソード"の一員だと。


カミラも噂では知っている、決して失敗しない裏社会で最も恐れられる暗殺組織、それが"黒き剣ブラックソード"だ。


故にそれと互角に戦闘する弓を背負う青年の存在が理解できなかった。


◆◆◆◆


孤児院にたどり着くとうじゃうじゃと敵が待ち構えいたので、クロードとフェイはすぐに戦闘に突入した。


ほとんど雑兵だったが、強そうな奴もいたのだがフェイが任せろと言うので、クロードは孤児院の中に入った。


そして走りながら、敵と思われる戦闘員を殺していると黒装束の人間に襲われた。


外にいた強そうな奴も同じような格好をしていた。


「なるほど、雇われか」


納得しながらクロードは短剣を抜き、黒装束と剣戟を交わし、激しく戦う。


敵は長剣を巧みに振り、こちらの急所を的確に狙ってくる。


(この戦い方は暗殺者か、少しやりにくいな)


短剣はリーチが長剣に劣る分、防御には優れている、的確に敵の剣を捌く。


敵の膂力も大したことないのも幸いしている、そしてそれは敵も気付く。


剣戟では仕留められないと察した黒装束は、下がりながらガラス瓶を投げてくる。


何かしてくる予見していたクロードは最小限の動きで、ガラス瓶を弾き隙を狙ったと思われる黒装束の突きを受け流し、押さ込む。


これには黒装束も驚いたような反応を見せる。


「!?」

「らしい姑息な手だな」


二人は二秒ほど睨み合う、クロードは力を抜き短剣を引く。


「!!」


力を入れていた黒装束の剣は急に押さえつけるものがなくなり上にあがってしまい、それが隙となる。


心臓を狙った突きは完璧だったが、ここでリーチの短さが仇となる。


完全に突き刺さる前に腕ごと掴まれてしまう。


一瞬黒装束と目が合ったクロードは、身を捻り一本背負いで黒装束を投げ飛ばす。


そして短剣を首に突き刺し、喉を切り裂きトドメを刺す。


クロードは短剣を抜き、血払いを済ませて立ち上がる。


周囲を見ると静かであり、何人かの人間がこちらの様子を伺っている。


そのうちの一人で赤髪の女が一歩前に出る。


「単刀直入に聞こう、お前は我々の敵か?」

「敵だったらとっくに殺してる、そうしないってことは味方ということだ」


「何故私たちを助ける?」

「依頼されたからだ、ケネスという中年の鍛冶師を知ってるか?」


ケネスの名前を出した瞬間、女たちの顔が曇る。


「ケネスさんに私たちを助けろと頼まれた、そういう事か?」

「そうだ、"タランチュラ"とかいうのがお前たちの敵だよな?」


「ああ、そうだ」

「ボスはお前か?」

「私がボスのカミラだ」

「ならここは任せる、外で仲間が戦ってるから俺は援護に行く」


「その必要はない」

「フェイ、終わったのか?」

「全員倒した」


「外にいた全員をか!?」


カミラは驚愕の声を上げ、フェイはキョトンとしながらも頷く。


カミラが慌てて外に出ると、先程まであれだけいた"タランチュラ"の戦闘員の屍が血の海に沈んでいた。


三十はいたはずだが、全員死んでいる。


カミラは確信する、あの二人は只者ではない。


「お前たちは何者だ?」


「「冒険者だ」」


クロードとフェイはカミラの問いに一切の逡巡なく、そう答えた。



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