十六話 ケネスの依頼
依頼を達成した翌朝、クロードとフェイは朝食を囲んでいた。
「テレメールのパン、美味しい」
「フェイは気に入ってるみたいだな」
「ん、好き。今まで白パンは食べてこなかったから」
「俺も
「クロードはこの家はいつ買ったの?」
「えっと、一年半前だな、ちょうどデカい依頼を達成して金がたんまり手に入った時だ」
「デカい依頼?」
「
「
「ああ、今の
「そんな戦いが、クロードはその竜を討伐して
「そうだ、
「ふーん、もしかしてクロードの短剣はその竜の素材が元?」
「察しがいいな」
「うん」
朝食を食べ終えたクロードは立ち上がる。
「フェイ、何か飲むか?」
「水」
「了解」
朝のうちに汲んでいた地下水を桶から木のコップに掬う。
「ほらよ」
「ありがとう」
二人はただの水を飲む。
「不思議」
「何が?」
「ただの水なのにクロードと一緒に飲むと美味しい」
「…別に変なものは入れてないぞ?」
「そういうことじゃない」
「クロードが入れた水というのが大事だと思う」
「それならフェイが入れてくれた俺の水も美味しくなるのか?」
「それは分からない」
「素直に面倒くさいからだと言え」
「面倒臭い」
「居候がすごいことを言うな」
「家主に尽くしてる、上も下も」
「生々しい話は止めろ」
「そういう話は嫌い?」
「嫌いじゃないが休日の朝から盛るのは馬鹿らしいだろ」
せっかくの休みにそんなことで一日を潰すのは勿体ないとクロードは考える。
「真面目、でもそういうところも好き」
「ありがとな」
他愛のない話をしながら水を飲み干す。
「今日出かける」
「何処に行くんだ?」
「ケネスのとこ、一度剣と鎧を見てもらいたい」
「付き合うよ」
「いいの?」
「ああ、迷惑か?」
「そんなことない、嬉しい」
「よし、それなら行くか」
「ん」
二人は手早く片付けと準備を済ませ、家を出る。
◆◆◆◆
冒険に行くわけではないので、武器は装備しているが比較的軽装で二人はケネスの店を訪れる。
「ふざけんなぁ!、俺は客だぞ!」
「うるせぇ!!、売らねえと言ったら売らねぇんだよ!、この馬鹿が!」
「なんだと!、鍛冶師風情が!」
店の入口に立ったところで、凄まじい怒号が店内から聞こえてきて、クロードとフェイは思わず目を合わせる。
「どうする?」
「とりあえず入ろう」
店の中に入ると、ケネスと冒険者と思われる男が取っ組み合いをしていた。
二人はすかさず止めに入る。
フェイが二人の間に強引に入り込み、引き離す。
「うぉ!?」
「誰だ!、てめぇは、おごっ!?」
フェイは掴みかかってきた冒険者風の男を投げ飛ばし、床に押さえつける。
「痛でで!!!」
「双方落ち着け、こんな昼間から殴り合いなんて止めろ」
「クロードとフェイ?」
「ケネス、喧嘩とはらしくないな」
「それは彼奴が…「待て」なんだよ!」
クロードは怒るケネスの言葉を遮る。
「一旦冷静になれ、お互いに。フェイ、離してやれ」
「ん」
フェイは冒険者風の男を立ち上がらせる、フェイを畏怖するような目で見ている気がするがとりあえず気にしないことにする。
「冷静になったか?」
「ああ、ちょっとはな」
「は、はい」
「それじゃあこの件はお終いだ、双方忘れろ」
「はぁ!?、なんでてめぇが決めやがる!」
「お互いの為だ、それとも近くを巡回する騎士たちに乱闘事件が起きたと通報して欲しいのか?」
「うっ、それは…」
「言っただろ、お互いの為だと」
クロードの言葉に何か言いたげな男だったが、結局何も言わずケネスの方を睨みつけて、店を出ていった。
「クロード、面倒を掛けたな」
「本当だよ、なぁ、フェイ?」
「ん?、そんなことない」
「そこは合わせてくれよ」
「嘘を言う意味が無い」
「正直者め」
「褒め言葉のはずなのに褒められてない気がする」
「褒めてないからな、それで一応聞くが何で言い争いが取っ組み合いに?」
「あの馬鹿が実力もねぇのに武器を売ってくれとか抜かしやがったから、拒否したら相手がブチ切れてあとはお前らが見た通りだ」
「どっちもどっちだ」
「何?」
「ケネス、お前が言葉は選べばこんなことにはならなかったはずだ」
「それは…」
「俺は別にお前のやり方に口出すつもりはない、ただ今回の件はケネスのせいでもある、馬鹿でも客だ。それが分からないお前じゃないだろ?」
筋が通っている言葉にケネスは唸る。
「何かあった?、前会った時よりも苛立ってる、余裕がない」
フェイの指摘に黙るケネスはもう既に答えているようなものだ。
「ケネスには剣と鎧を打ってもらった恩がある、何か困ってるなら力になる」
「別に大したことじゃねぇ」
「ケネス、フェイの好意を無駄にするなら怒るぞ」
「もう怒ってるだろ、その目は」
ケネスはたじろぎながら観念するようにため息を吐く。
「南地区に知り合いがいるんだがそこの治安が最近特に悪いらしいんだよ、それで心配なんだ」
リベルタの南地区、歓楽街と貧民街が隣接するせいでこの街でもトップクラスに治安が悪いことで有名で、いくつかの闇組織がそれぞれ勢力を誇っていると聞く。
「まさか娼婦じゃないよな?」
「違ぇよ!、知り合いが孤児院を経営してるんだ」
「孤児院?」
「そうだ、あいつとは長い付き合いだから困ってるなら力になってやりてぇんだよ、ただ俺は武器を打つしか能のねえ男だからな、あいつの力になることはできねぇ」
南地区では暴力の強さが全てだとケネスは言う、力がないやつは食われるのが南地区の鉄則だと。
「それに苛立ってたわけだ、これで満足か?」
「私が様子を見に行く」
「何?」
「心配なんでしょ?、報酬を貰えるなら依頼として受ける」
「それは本当か?」
「ん、報酬を貰えるなら」
「何が欲しい?」
「次回の整備費を無料にして」
「それだけか?」
「それだけ」
「それは…」
「別に少なくないと思うぞ、孤児院の様子を見に行くだけなんだ、ちなみに俺も行くぞ」
「ありがとう、クロード」
「当然だろ」
「ケネス、
「そりゃあそうだが…いや、今はいいか。とにかく行ってくれるんだな?」
「ああ」「ん」
「孤児院に行って様子を見てきてくれ、それで何か面倒事に巻き込まれてたら助けてやって欲しい、報酬は今後武具の整備費は半額にしてやる、次回無料とは別でだ」
「助けてやるってのは問題を排除するって認識でいいのか?」
「そこはお前に任せる」
「いいのか、そんな曖昧で後で文句は受け付けないぞ?」
「俺だってお前の名声は聞いてる、俺がグチグチ口出する必要はねぇよ」
「信頼してくれて嬉しいよ」
「フェイ、依頼はこの条件でいいか?」
「異存はない」
「よし、なら今日来た目的を果たすか」
「ん、ケネス、剣と鎧を見て欲しい」
ここに来てやっと当初の目的を達することができた。
◆◆◆◆
ケネスから手書きの孤児院への行き方が書かれた地図や、南地区の簡素な状況が書かれた羊皮紙を片手に店を出る。
「"タランチュラ"が勢力を拡大している影響でただでさえ悪い治安がさらに悪化してると」
「"タランチュラ"って何かの名前?」
「南地区で活動してる闇組織の名前だろうな、同名の魔獣は知ってるけど由来はそれか?」
「今回の依頼は少し難しいかもな」
「土地勘がないから?」
「よく分かったな」
「クロードは娼館や賭場に入り浸るようには見えない」
「よくお分かりで、数える程しか行ったことはない」
「大丈夫?」
「本来なら大きな問題にはならないが、魔獣ではなく人と戦う可能性がある依頼だと勝手が違う、フェイには良い経験になるかもな」
「経験者としての助言はある?」
「特にない、フェイなら上手くやれる」
「信頼と受け取る」
「信頼してるんだよ」
「嬉しい」
「今から行く?」
「南地区にか?」
「ん」
「今の時間から南地区に行くには貧民街を通る必要があるんだが…あそこは余所者には優しくないからな」
目的の孤児院は貧民街と歓楽街の境目のような場所にある、クロードは歓楽街から向かおうと考えていた。
「そっちの方が楽?」
「だと思うぞ、夕刻からしか入れないけど貧民街を通るよりは」
「じゃあそれまでは休む」
「賛成」
依頼のことは一旦置いて、二人は休日を楽しむことにした。
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