十話 リベルタの街並みと贈り物
リベルタは三重の城壁に囲まれた城塞都市であり、その歴史は古くスティレ王国に忠誠を誓うまでは独立都市国家として辺境地域に君臨し、かの王国と長きに渡り戦争を続けていた。
もはやそれは大昔の話ではあるが、戦争時代の名残がリベルタには随所にあり、三つの区を隔てる高い城壁がそれにあたる。
リベルタ侯爵とその家族が住まうアグル城、リベルタ侯爵家の臣下の貴族たちが暮らす貴族区、そしてクロードのような冒険者や貴族位を持たない平民が暮らす平民区である。
クロードの自宅はその平民区でもかなり城壁に近いところにあった。
早朝、まだ日も昇らぬ時間帯にクロードの姿はその城壁の上にあった。
「ん、クロード」
「フェイか、おはよう」
「おはよう」
寝間着のフェイが城壁に登り、クロードを見つけ声をかけた。
「家にいなかったからちょっと探した」
「悪い、下見してたんだ」
「下見?」
「ああ、今日フェイをどこに案内しようかなと」
「決まった?」
「大体はな」
「そう」
フェイはクロードの隣に並んでリベルタの街並みを見下ろす。
「やっぱりこの街は大きい、あんなデカい建物、ない」
「あればアグル城、リベルタで一番偉い人が住んでいる場所だ」
「住みにくそう」
「はは、本当に疑問だよ、侯爵たちはよく迷わないなと思う」
「クロードは言ったことある?」
「一度だけな」
「どうだった?」
「まるで
「一番偉い人には会った?」
「いいや、俺が会ったのはそのリベルタ侯爵の息子のオリバって奴だ、依頼でな」
「リベルタ侯爵の子供は九人もいるから覚えづらいのが玉に瑕だが」
「ーー」
「あれ?、あんまり驚いてないな」
「何に?」
「子供が九人ってところだよ」
「?」
薄らと獣人族と只人の価値観の違いを感じたクロードは、恐る恐る疑問を言う。
「獣人族ってもしかして子沢山なのか?」
「ん、強い男が女を大勢囲む、だから子供たくさん、獣人族では普通」
「大勢ってどんくらいだ?」
「私の父は十人囲ってた」
「十人!?」
女好きのクズでもそこまで関係を持っていることはないだろう。
血を残す使命があり重婚が推奨されている貴族でさえもありえないし、王様でも十人はさすがにいない。
「はー、獣人族ってすごいな」
女性的な視点は置いておいて、男性的な視点で考えると枯れ果てないのだろうか。
「それじゃあフェイには兄弟姉妹が大勢いるのか」
「もういない、私の故郷は滅んだから」
話の流れで不味い話題に踏み込んでしまった、クロードは内心呻いた。
「悪い、フェイ」
「何が?」
「…故郷のこととかあまり話したくないんじゃないか?」
フェイはあれだけ強いのに違法とはいえ奴隷に落ちていたのだ、その理由はクロードには想像できない。
「そんなことない、弱い者が強い者に食われるのが世の常、故郷が滅んだのは悲しい、でも私は生きている」
「生きている限り、ルー族は絶えない」
「本当に強いな、フェイは」
「そんなことない、私はまだまだ弱い、
「竜?、フェイの故郷は竜に?」
「ん、火炎を纏いながら空を飛び降り注ぐ炎と雷の
「良く生き残ったな」
「ただの偶然、一太刀を与えた時に振り落とされて川に落ちた」
「奴隷の件も何となく想像がつくよ」
「彼奴らは皆死ぬべき、私の名誉を汚した」
フェイにとってこっちの話題の方が不味かったようだ。
「そろそろ家に戻ろう、朝飯を作る」
「あのパンとスープ、美味しかった」
「パンは購入品だけどスープは腕によりをかけてるからな」
「クロードのスープ、最高」
◆◆◆◆
朝食を済ませ家を出た二人はのんびりリベルタの大通りを歩く。
「クロードは何故料理ができる?」
「必要に駆られて独学で学んだからだ」
「必要に?」
「俺を育ててくれた人がまともな飯も作れない生活破綻者だったんだよ」
「それは大変」
「本当にな」
「私の故郷では母達が作ってくれたけど、クロードのほどは美味しくなかった」
「そんなことはないと思うが」
「んーん、故郷では肉と野菜しか食べてなかった」
「え?、まさか生で食ってたのか?」
「そこまで野生じゃない、焼いて食べた」
「野菜は?」
「生」
「俺からすれば十分野性的だよ」
「そうなの?」
「そうだよ」
恐らくだが獣人族には料理をするという文化がないのだろう、獣人族特有の文化には驚くばかりだ。
他愛のない会話をしているうちに二人は開けた場所に出る。
「広いところに出た」
「東広場、ここら辺の地区で一番賑わってる場所だ」
円形の広場には多くの出店が立ち並び、大勢の人間で賑わっている。
「基本的に雑貨や食料品を買うならここだ、俺もよく使う、あっ、それと…」
「ぎゃあ!?」
ボキッと骨が折れた音に目を向けると、フェイが自分の背嚢に手を伸ばした男の腕を握りつぶしていた。
「スリが多いから気をつけろ」
「ん、分かった」
フェイが手を離すと、情けない声を上げながら男は雑踏に消えた、あれではしばらくスリはできないだろう。
「お金は大事」
「全面的に同意する、フェイはなんか見たい出店とかあるか?」
「ん、ある」
スリのことなどすぐに忘れて二人は出店を冷やかす。
しばらくしてフェイは微妙な顔になった。
「良い武器がない」
「当たり前だろ、ここで商売をしている奴はほとんどが駆け出しの連中だぞ」
「駆け出し?」
「そう、ここで剣やナイフを売る奴は見習い鍛冶師、雑貨を売る奴は見習い細工師、食材やらを売るのは駆け出しの商人だ」
「冒険者で言うところの
「皆同じ」
「ああ、でも俺はここが好きだ」
フェイが何故と聞く前にクロードは、近くの出店に入る。
「いらっしゃい、兄ちゃん、自信作が揃ってるよ」
クロードが入ったのは自作の装飾品を売る細工師の出店だった。
「連れに送る装飾品を探してるんだ」
クロードがフェイの方を見ながら言うと、細工師の男は目を丸くする。
「え、えっと、お連れ様は綺麗な白髪をお持ちですのでこちらの
「髪留めと首飾りか」
クロードは髪留めと首飾りを着けるフェイを想像する。
似合うだろうが戦闘する際に邪魔にならないかというのが懸念点だ、戦う時に邪魔にならない箇所の装飾品が望ましいだろう。
クロードはフェイを深く観察する。
「?」
首を傾げる彼女を見て、薄らと奴隷の首輪の痕が残っていることに気付く。
「フェイ」
「何」
「首に着ける装飾品は嫌いか?」
「首…」
フェイは自分の首を触る、そこにはかつて忌々しい奴隷の首輪があった、しかしそれはクロードが斬り捨てた。
「嫌い、私は二度と縛られない。でもクロードから貰うものは別」
「我慢してないか?」
「してない、これは私の本心」
「嬉しいことを言ってくれるな」
「ん、良い女?」
「そういうのは自分で言うものじゃないぞ」
「否定しない」
「うるさい」
店前でイチャイチャするなという細工師の怨嗟のオーラを感じたので、クロードは手早く一つのチョーカーを手に取る。
黒に染色された革に小さな赤い石が付いたチョーカーだ。
「店主、これはいくらかな」
「リード銀貨二枚です」
「ほらよ」
「え?、あっ、毎度あり!」
クロードは革袋から二枚の銀貨を渡して、商品を手に取り店を離れる。
「クロード、値下げ交渉しなかった」
「必要なかったからな」
「そうなの?」
「ああ、俺がこの広場が好きなのはこんな掘り出し物が安く買えるからだ、本来ならリード銀貨五枚はしてもおかしくないぞ、これは。あの細工師は腕が良い、きっとデカくなる」
購入したチョーカーをここで渡すのもいいが、この喧騒の中では風情に欠ける。
「フェイ、ちょっとついてきてくれ」
「ん」
クロードがフェイを連れてきたのは適当な建物の屋上だ。
身軽な二人なら建物の壁を登ることは大して難しいことではない。
「なかなかの眺めだ、東広場を一望できる」
「ん、不思議な感じ」
「あんまり身を出しすぎるなよ、衛兵にでも見つかったら面倒だ」
「私、良くないことに加担してる?」
「バレなければやってないのと一緒だ」
「ふふ、悪人みたいなこと言う」
「
「今目の前にいる」
「ああ言えばこう言うな、共犯者のくせに」
「クロードが巻き込んだ」
「拒否しなかっただろ?」
「むぅ、クロードのバカ」
「バカで結構」
クロードは背嚢に入れた先程購入したばかりのチョーカーを取り出す。
「フェイ、これを受け取ってくれないか?」
「もちろん」
愛しい人からの贈り物だ、断る理由がない。
クロードからチョーカーを受け取り、フェイは自分の首に着ける。
「似合ってる?」
「よく似合ってる、俺の目は節穴じゃないみたいで安心したよ」
「弓使いの目が節穴だったら困る」
「はは、それは確かにそうだな」
「獣人族では男が女に贈り物をするのは求愛の印、これはそういうこと?」
「そういう文化は獣人族も只人も同じなのか」
「クロード」
「……今なら分かる、どうやら俺は一目惚れをしたらしいってことがな。好きだ、フェイ」
「私もクロードのこと好き」
硬く温かい手を繋ぎ、互いに肩を預けたクロードとフェイは誰もいない屋上で静かに二人きりの世界を堪能した。
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