第二話 リベルタと些細な事後処理

「冒険者の仕事は多岐にわたるが、その中でも一番多いのが魔獣の討伐だ」


「魔獣が何なのかは説明しなくていいよな?」

「ん、体内に魔石を持つ獣」


「そうだ、まず冒険者の基本を教える、討伐した魔獣の魔石は出来る限り回収する」


クロードは頭部を爆破して倒した鎧熊の胸を切り裂き、拳大の漆黒の石を取り出してみせる。


「何故?」

「単純なことだ、魔石これは金になる、この大きさだとギルドで売れば、リード金貨十枚は堅い」

「かなり稼げる」

「だろ?、基本的には魔獣を倒したら魔石を取ること」


血に濡れた魔石を手拭いで落とし、背嚢にしまう。


「それと魔獣によっては魔石以外に金になる部位を持つ奴がいる、だからフェイのように魔獣をミンチにして倒すやり方はあまり褒められないな」


クロードはフェイによって、ひき肉に変わった魔獣の死体を指差す。


「魔石ごと切っちゃった?」

「そうだな、とはいえ場合によるケースバイケース、それを気にして死んだら元も子もない」

「ん、よく分かった」


「それじゃあ今度こそ行くか」

「リベルタまでどのくらい?」


「半刻もかからない、ついて来れるだろ?」

「もちろん」


速度を上げて歩くクロードにフェイは追いつく。


「リベルタに着いたらまずは一連の出来事を官警に説明する」

「何故?」

「街道の揉め事を解決するのは近くの街の官警の役目だ、それに主人の同意を得ない奴隷の解放は違法だからな」

「そうなの?」

「ああ、一応な。大丈夫だ、リベルタの官警とはそれなりに付き合いがある、俺に任せろ」


「ん、クロードはなんでもできる」

「なんでは無理だ、俺は俺に出来ることをやっているだけだ」

「ん、でも傷口を一瞬で癒す薬瓶を持ってた」


フェイの目はフェイの手によって、ローブが破れた少し露出したクロードの左肩に移る。


「冒険者の基本だ、常に不測の事態に備えること、大枚はたいて買った上等な回復瓶ポーションだ、多少無理をしてでも購入した過去の自分を褒めてやりたいな」

「もしかして私にくれたやつも?」


「同じやつだ、予備を持っておくのも冒険者の基本だ」

「クロードは熟練の冒険者」

「褒め言葉として受け取っておくよ」

「ちゃんと褒め言葉」


クロードとフェイが会話しながら歩いていると、馬蹄の音が聞こえてくる。


「この音…」

「おそらくリベルタの官警だ」


先に逃がした元主人の男が伝えたのだろう。


やがて三騎の騎馬が現れ、二人の前に止まった。


「突然現れた男が馬車を破壊し、奴隷たちを殺したという通報を受けた、お前たち何か、ってクロードか?」

「その声は門番長か」


三騎のうち立派な兜を被っている騎士は兜の奥で、驚いたような声を上げた。


「まさかお前が例の犯人か?」

「冗談でも止めてくれ、とんだ濡れ衣だ、当事者ではあるが」


「なるほど、隣の女性も含めて話を聞こう」


門番長は連れていた二人の騎士に目配せをし、三人は馬から降りた。


「通報者であるシャーリザス商会の副会長ボニャク殿はクロードが馬車を破壊したと言っていたが?」

「馬車を壊したのは鎧熊アーマードベアだ、襲ってきたのは番いでこれが証拠の魔石だ、こんなのがなくてもこの先に行けばすぐに分かる」


「ふむ、奴隷を殺したのも鎧熊アーマードベアか?」

「馬車に乗っていたのはそうだ、ただ彼女はその通報した男の元戦闘奴隷で俺が解放した」


クロードは魔石と入れ替えで切断した奴隷の首輪を背嚢から取り出して見せ、フェイの方を見る。


「ん、クロードのお陰で自由」

「奴隷には詳しくはないがその首輪はそんな簡単に壊れないはずだ、それに主人の同意を得ない解放は違法行為だぞ」


「故意じゃない、事故だ、フェイと殺し合った時に短剣で首輪ごと首を切り裂いた、上級回復瓶ハイポーションがなかったらお互いに死んでいたな」

「ん、クロードに感謝」


上級回復瓶ハイポーション?、随分と高価なものを持っていたのだな、それにクロードの短剣がそこまでの業物だとは知らんかったな」

「冒険者は備えるものだ、門番長も知ってるはずだ、剣に関しては自分の武器を吹聴する馬鹿はいないだろ」


「説得力はあるな、何せボニャク殿は逮捕して殺せとして言わなくてな」

「あんたらも大変だな」

「気遣いは感謝する、そんなことより現場はこの先だな?」


「そうだ、行けばどっちの主張が正しいのか、一目瞭然だ」


門番長は二人の騎士に目配せを送り、指示を受けた二人は馬に乗って走り去った。


「さてまずは災難だったな、おそらく君たちが何らかの罪に問われることは無いから安心してくれ」


「奴隷解放が違法の話は?」

「それに関してもおそらく不問となるだろう、確認するが君は正式な手続きを受けて奴隷となかったか?」

「正式な手続き?」

「書類にサインし血判を押したりする作業のことだ」


「そんなことしてない」

「やはりな、奴隷は王国法で定められた立派な身分であり、奴隷になるには法で定められた手続きを行なう必要がある、国が定めた手続きを行なっていない奴隷を違法奴隷と呼ぶ」


「一般的に違法奴隷を解放しても罪には問われない、何故ならその奴隷という身分が違法なものだからだ」

「ん、理解」


フェイは門番長の理路整然とした説明に納得すると共に、クロードが信頼されているとも感じた。


「クロード、信頼されてる」

「それなりの時間をリベルタで過ごしてるからな」


「冒険者として優秀なのはこちらとしては有り難いが、あまり揉め事は起こすなよ?」

「分かってるよ」


三人で話しているうちに二人の騎士が戻ってきた。


「隊長、確認してきました」

「現場を見るにクロード殿の言っていることは事実ですね」

「魔獣に破壊されたと思われる馬車と死体、クロード殿と獣人殿が討伐としたと思われる二匹の鎧熊の死体を確認しました」


「やはりか、ご苦労」


二人を労った門番長は馬に跨る。


「私たちは先に戻るが、君の名前をまだ聞いていなかったな?」

「フェイ・バルディア・ルー」

「フェイ殿と呼んでも?」

「ん」


「フェイ殿、本来街に入るには身分証が必要なのだが今回に限りクロード殿のドックタグで入れるよう便宜を図ろう、ただリベルタに入ったら速やかに身分証を作成してくれ、君の場合は冒険者ギルドへ行くのが一番早いだろう」


門番長はフェイの背負う大剣を見ながら言う。


「クロード殿、フェイ殿のことをくれぐれも頼むぞ」

「門番長に言われてなくても冒険者ギルドには行くつもりだったから安心してくれ、それと便宜には感謝する」


「気にするな、あの《弓剣アルソード》に貸しを作れると思えば安いものだ」


それだけ言い残して門番長は部下を連れて、街の方角へ去っていった。


「よし、これで懸念点は片付いた。さっさとリベルタへ行こう」

「《弓剣アルソード》って何?、クロードの異名?」

「そうらしい、自分で名乗ったことは一度もないんだけどな」


「どういう意味?」

「古い言葉で弓と剣を使う者って意味らしいぞ、どっかの誰かに教えてもらった」


「ん、私はいいと思う」

「ありがとうよ」


「クロード」

「今度はなんだ?」

「お腹が減った」

「無一文のフェイ君、それはどういう意味だ?」

「奢って」

「今から見捨ててもいいだぞ?」

「助けた人の責任がある」

「こっちの言い分を都合のいいように解釈するな」


結局クロード自身も腹が減っていることもあり、フェイのお強請りは了承する羽目になった。


そんなくだらないやり取りをしているうちにリベルタの城壁が見えてきた。


「おー、あれがリベルタ?、大きい街」

「ここらの地域では一番大きい街だ、都市と言ってもいいな」


幸い門は混んでおらず、門番長が便宜を図ってくれたお陰ですんなりと街の中に入ることができた。

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