弓剣使いと冒険者

龍帝

第一話 青年と出会い

何処からか咆哮のような雄叫びが聞こえた気がした。


聞いたことのある魔獣の雄叫びだが、街道の裏道である裏街道が危険な道であることなど常識だ。


こんな道を通るのは俺のように腕に覚えのある者か、この程度の知識もないアホぐらいのはずである。


もしアホであった場合、生きていたら助けて何かしらの謝礼を貰おう。


黒衣に身を包む青年はそう考えて足を速めた。


樹海の縁を沿うように敷かれた街道に横倒しになった馬車と幾人かの死体が見えた。


「グォォォォォォ!!」


「ヒィィィ!!、わ、私を絶対に護れ!」


横倒しになった馬車を避けて、前に出ると思わず見上げるほど巨大な熊の魔獣と威圧されて尻もちをついている男、そしてその男を守るように立つ白髪の戦士が見えた。


咆哮を上げた熊の魔獣が強爪を振り上げたが、何故か白髪の戦士は避けようともしない。


走りながら青年は背負っていた弓を取り出して、腰に下げる矢筒から抜いた矢をつがえ、魔獣へ向けて放つ。


「グオオォォ!?」


青年が放つ一射は熊の魔獣の片目を撃ち抜き、魔獣は悲鳴を上げて、顔面を押さえる。


「報酬は後払いでいいから助けてやる!、そこの戦士!、その背に持つ大剣は飾りか!」


「飾り、じゃない。命令で動けない」


片言で話した戦士が真っ白い髪を持ち人間には決して存在しないを持つ獣人の女であることに一瞬驚いた青年だったが、言っていることは女の首輪を見て理解した。


「戦闘奴隷か」


恐らく女の主であろう男を見るが熊の魔獣に怯えきっていて、取り付く島がなかった。


青年は諦めて、前を向くと片目から血を流して憤怒の表情でこちらを睨む熊魔獣と目が合う。


「来い、魔獣」

「グオオォォオオ!!」


挑発すると熊魔獣が咆哮を上げ、前傾姿勢で突撃してくる。


横に飛んで避ける青年がその姿勢のまま弓に矢をつがえて、その背に向けて矢を放つ。


再び熊魔獣が悲鳴を上げたところで、ちょうど突進先にいた白髪の獣人戦士がその大剣を振るう。


瞬間地面が爆発したかのような衝撃波が青年の髪を撫でる。


そして土煙が晴れると、放射状にえぐれた地面とひき肉になった魔獣の死体だけが残っていた。


「お前、強いな」

「ん、それほどでも」


血振りを済ませて女獣人は大剣を鞘に納める。


「は、はは、よくやったぞ!、さすがは大枚を叩いて買った奴隷だ!」


先ほどまで震えていた男はまるで自分事のように喜んでいる。


それに対して女獣人は不快そうに表情を歪める。


女獣人の反応から察するにこの男は尊敬できる人間とは程遠いようだ、こういう手合いと関わっても得にはならない、ここは引くのが吉か、青年は考える。


青年が決断した瞬間、近くの樹木を突き破って、巨大な魔獣が現れる。


驚愕するのは刹那で、青年は弓に矢をつがえて放ち、女獣人も主人を守るように大剣を構える。


女の大剣と魔獣の凶爪が衝突し、鈍い金属音と衝撃波が響く、青年の矢は魔獣の腕に突き刺さるが、痛痒を与えたようには思えない。


青年はそこで現れた魔獣が先程倒した熊の魔獣と同じ種族だと気づく、しかし目の前の魔獣は先程倒した奴より数倍大きい。


「グオオオオオオオォ!!!」

「うぉおおおおお!!」


耳を劈く咆哮に負けず、女獣人は吠え、両者が立つ地面が陥没して、近くに立つ主人の男が転倒する。


青年はすぐさま次の矢をつがえて放つ、その矢は吸い込まれるように魔獣の喉に突き刺さる。


「グギォオオオ!!」


痛みによる悲鳴を上げて、振り抜かれた一撃で女獣人が弾かれる。


そして顔を上げた女獣人の視界に偶然置き去りにされてしまった主人の男が映る。


男は怒れる魔獣の餌食になると思いきや、二本の矢が魔獣に突き刺さる。


「余所見は厳禁だぞ?」

「グオオオオオオオ!!」


イラつきが限界値に達した熊魔獣は、咆哮を上げながら青年の方へ一気に突進し、噛み殺そうとしてくる。


そんな状況でも青年は冷静であり、弓に鏃が赤く光る矢をつがえて、放つ。


その矢が熊魔獣の脳天を貫くと、すぐに爆炎を上げ破裂してしまった、それにより頭部を失った熊魔獣は絶命し、地面に倒れ伏す。


「あれほどの魔獣を一撃で倒すとは!、お前、私の部下にならんか!?」

「はい?」


先程まで腰を抜かしていた男の言葉に、青年はすぐに反応できなかった。


「いきなりなんだ?」

「それほどの腕を持つお前なら私の部下に相応しい!」


なんとも傲慢な発言だが、青年はとりあえず無視する。


「悪いがその提案に興味は無い、それなら礼として金貨の一枚でも貰える方がありがたい」

「なっ!?、私の部下になるより金貨一枚の方が上とでも言うのか!」


男の絶叫に何故男が怒っているのか疑問符を浮かべつつも、青年は素直に頷く。


「貴様!、私がシャーリザス商会の副会長だぞ!」

「聞いた事のない商会だな」


青年の発言に主人は激高し、喚き散らす。


「貴様!、この私を侮辱したか!、お前!、あの男を殺してしまえ!」


まさか戦闘奴隷にそんなことを命令するとは思っていなかった青年は、いきなり懐に飛び込んできた女獣人に対して、一瞬反応が遅れる。


甲高い金属音と共に青年は吹き飛ばされる。


すぐに追う女獣人が受身を取る青年の手を見ると、青白い短剣の刃が光り、あの速度で防御が間に合ったのかと感心する。


そして大剣を下段に構えて追ってくる女獣人に対して、青年は短剣を矢筒に取り付けられた鞘に納め、弓を構えて矢をつがえて放つ。


取り出しから装填、そして発射までがあまりにも速く女獣人は瞠目しながらも、矢を大剣で弾くが剣に伝わってくる衝撃で、その矢の威力がとてつもないことを察する。


しかし女獣人には関係ない、青年は剣を持ってはいるが弓使いに違いはない、つまるところ接近してしまえばこちらのもの。


矢が効かないと判断した青年は、弓を捨て短剣を抜き地面を蹴る。


「ぶった斬る!」

「やってみろ!」


凄まじい轟音が響き、土埃が舞い上がる、女獣人の剛剣を青年は歯を食いしばりながら懸命に受け流す。


刃が擦れ火花が散る、両者の驚きは一瞬で青年の反撃の剣が女獣人の首元を掠め、女獣人は仰け反りながら、蹴りを食らわせる。


「ぐぅ!?」


何とか防御したものの弾かれた青年へ、女獣人は超前傾姿勢で突進する。


青年は只人ただびとの武術ならば死に体とされる姿勢からの攻撃に、驚きつつもその意図を読み剣を水平に構える。


腰を落とした青年の迷いのない深紅ルビーの眼差しに女獣人も覚悟を決める。


天撃てんげき!」

斬光ざんこう


両者がぶつかると、勢いよく土埃が巻き上がり、やがて一瞬の静寂が場を包む。


「や、やったのか?」


主人の男の言葉が孤独にも響く。


土煙の中、青年の左肩に大剣が食い込み鮮血が噴き出し、女獣人の首が真一文字に切り裂かれ鮮血が噴き出る。


二人は膝をつき、青年は女獣人の真っ直ぐな蒼穹サファイアの瞳と目が合う。


「クロード・イグノート、冒険者だ」

「フェイ・バルディア・ルー、バルディアの戦士」


まるで通じあったかのように二人は名乗り合う。


そしてゴトリとフェイの首に着けられていた首輪が落ちる。


「えっ?」


フェイは驚愕のあまり重傷を負っていることも忘れて、血まみれの自分の首に触れる。


「どうして?」

「こんなのでも『魔剣』ってことだよ」


自然とフェイの目がクロードが握る青白い短剣に移る。


「それよりこのクソ痛ぇ大剣を抜いてくれると助かる」

「ん、分かった」


大剣が抜けたことで多量の血が流れるが、クロードはすぐに背嚢から取り出した薬瓶の中身をぶっかける。


「ぐぅ」


クロードが呻き声をあげると、彼の傷口が時間を巻き戻していくかのように再生していく。


「やっぱり備えておくものだな」


左腕が正常に動くことを確認し、クロードはフェイに話しかける。


「フェイ、回復薬ポーションは持っていないのか?、そのままだと死ぬぞ?」

「持ってない、彼奴は持たせてくれなかった」


フェイが指差す先を見ると、土煙が晴れ驚愕した様子の男がいた。


「そうか、ならこれを使え」


クロードは背嚢から取り出した薬瓶をフェイに投げ渡し、立ち上がる。


「何故?」

「死にかけている奴を助けるのはそんなにおかしいことか?」


それだけ言い残してクロードはフェイの主人、否、元主人に近づく。


「ば、馬鹿な!」

「喧嘩を売る相手を間違えたな、何とか商会の副会長さん」

「貴様ぁ!」


男が殴りかかってくるも、見るからに鍛えておらず腑抜けた拳にクロードは笑ってしまそうになったが、とりあえず難なく片手で受け止める。


「失せろ、命が惜しかったらな」


殺意を込めて威圧すると、男は悲鳴を上げ這々の体で逃げ出した。


彼は首輪が外れ奴隷ではなくなったフェイには気づかなかったが、彼女はずっと睨みつけていた。


息を吐いたクロードは弓を回収し、フェイに声をかける。


「殺すかのと思ったぞ」

「殺すのは簡単、彼奴は簡単には死なせない」


「その口ぶり、さては相当阿漕な商売をしてたようだな」

「ん、悪どい商売、脅迫、強奪、なんでもやってた」

「へぇ、それならリベルタの官警に任せるか」


「リベルタ?」

「この先にある街の名だ、なかなかに住みやすくて良い街だぞ」

「ん、そう」


「それでフェイはこれからどうするんだ?」

「これから…」


彼女は奴隷の立場から解放され、自由の身になった、これから先のことは彼女自身が決められるのだ。


「フェイのことを助けた身としては冒険者になることを勧めるな」

「冒険者?」

「ああ、腕っ節があれば誰でもなれるし大金を稼げる、その代わり今日みたいに死にそうになることもあるけどな」


「冒険者は縛られない?、踏みにじられない?」

「ある程度のルールはあるが、それは人として当たり前のことだ、後者に関しては強ければ問題ない」

「それならなる、冒険者に」


「そうか、決めたなら行こう」

「待って、まだ礼を言ってない」

「礼?」

「ん、クロード、私を殺してくれてありがとう。お陰で私は私になれた」


変わらない無表情、ただクロードには僅かに笑っているように見えた。


「礼は受け取っておくよ」


クロードも笑顔で言葉を返した。

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