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南口仲通り商店街は、薬局にパン屋、ドトールやファミレスなどが並ぶ普通の商店街だ。入り口には大仰なアーチも立っている。
午後三時三十分。この時間帯はやはり主婦が多い。通りには活気があり、トートバッグを片手にかけた彼女たちがゆっくりと歩いている。
実はこの商店街にはもう一つの顔がある。高円寺北中通商店街ほどではないが、中央線沿線でも屈指のピンサロ通りなのだ。お店で働くキャストの年齢層は高円寺よりも若い。各店、美形が揃っていると評判だ。
裏路地に入る。奥に団地が見える。パチンコ屋の隣に、ライヴハウスや古着屋でも入ってそうなビルがある。通りに看板が出ている。
「ただ今の時間 4000円 W回転 5000円」
三十分で指名無しだと四千円。二人の女の子が十五分ずつついてくれるコースだと五千円――そういう意味だ。こういう価格帯だと、給料もたかが知れている。女の子もそんなに集まらないだろう。店が心配になってくる。
そのピンサロは地下にあった。名前は「エロメス」。ロゴはもちろん、馬車と従者だ。
看板の横に自転車を停めて、階段を降りる。巣穴みたいな店内では
受付で店員を呼び出す。茶髪の天然パーマがやってくる。おれの中学時代の後輩だ。
「先輩、どうしたんすか」今日もアホ面。
「今あいている女の子に聞きたいことがあるんだけど、いい? すぐ終わるから」
「了解っす。少し待ってもらっていいっすか?」
三分ほど経過する。ウサちゃんはさっきからちらちらと時計に目をやっている。時間がきたのだろう。マイクを握り、フロアに呼びかけた。声のトーンは少し高めで、やや鼻声。駅員のものまねにしか聞こえなかった。
「五番テーブルもえさん。お時間終了。十六番もえさんは、お次七番テーブル。にっこりおめでとう。スタンバイ」
もえさんがついている五番テーブルは、お時間終了です。キャストナンバー十六番のもえさんは、次は七番テーブルに入ってください。お客さんからのご指名です。準備してください――という意味だ。
「仕事中、わりぃな」
おれは謝った。ウサちゃんはマイクのスイッチを切ると、おれを控え室に通してくれた。
控え室の簡易ソファには女の子が三人座っていた。おれの姿を認めるなり、彼女たちは会話を止めた。全員顔見知りだった。バドガール。セーラー服。キャミソール。みんな衣装が安っぽい。テーブルの上にはハッピーターンの袋が散らかっていた。薄汚れたブルーの壁紙には、リラックス効果なんて期待できなかった。
しばらくして、もえさんがやってきた。下着の上にワイシャツだけ羽織った彼女は、モンダミンを手にとって洗面所へと向かう。
黒髪ロングで、顎が少ししゃくれている。歯並びは悪いが、くりっとした目がかわいい系だ。気持ち悪い客がつい本気になっちゃうタイプ。それが、「めちゃモミ」で「りん」と名乗っていた「もえ」だ。
うがいを終えると、もえさんはシャツのボタンを留めながら、こちらにやってきた。腰をかがめて、簡易ソファの横に置かれた小さな冷蔵庫の扉を開ける。ボルビックのペットボトルを二本取り出すと、一本をおれに手渡してくれた。
「人を探ししててさ。女子高生なんだけど。家出してるぽくって」
そう切り出すと、その場にいた四人に、ヒラタナオの特徴を伝えた。
家出した女子高生が行きそうな所なんて、大体限られている。二十四時間やっているマクドナルドか、ファミレスか、あるいは男の家か。とりあえず、ファーストフードやファミレスにおれは賭けてみた。不規則かつ、やや不安定な働き方をしているもえさんたちなら、何か知っているかもしれない。
「荻窪周辺で、マックとか、ジョナサンとかバーミヤンとか。そういう場所で、赤い髪の女の子を最近見なかった?」
最初から場所を限定して訊いてみた。だが、収穫はなかった。
「及川くんさぁ」もえさんがダルそうに喋り出す。「私と前に深夜のバーミヤンで会っていたから、そういう発想になってると思うんだけど」そこで区切る。
「やっぱり付き合っていたんだ!」
バドガールが囃し立てる。おれは舌打ちをする。
「ちげーよ。相談に乗っていただけだ」
即刻訂正しておく。旧五日市街道沿いにある宮前のバーミヤンで、退職したいというりんちゃんと何度も話し合ったのを思い出した。
「最近は漫画喫茶とかカラオケもあるからね? まあ、カラオケは高くつくけど」
もえさんはシュシュをいじりながら、そう言った。
可能性が広がってしまった。家出少女という属性から辿るのは難しいのか?
おれは彼女たちに礼を言うと、後輩くんをからかってから店を出た。
さあ、今からパチ屋巡りだ。
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