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誰もが知っていると思うが、この世はおっさんが得するようになっている。
たとえば、最近、「コギャル」が持て囃されているが、あれも仕掛けたのはおっさんだ。おだてるだけおだてて、女のコを経済的、もしくは性的に喰い物にしようとしている。確かに、彼女たちは強い。世界の中心は間違いなくコギャルだ。でも、彼女らの消費行動につけこむのが、おっさんなのだ。
ところで、おれの顧客には二種類いる。おっさんとガキだ。
「バイアグラを十錠用意してくれ」
これはおっさんからの依頼。小坂さん以外にもおれを頼るおっさんはダースでいる。
「池袋のスタジオまでゆみかちゃんを送ってあげてよ」
これはガキからの依頼。依頼主は沢口先輩だ。
沢口先輩はおれの四つ上で、おれが所属していた暴走族の元総長だ。杉並区のガキどもを束ねてバカやってた先輩も、高校卒業後にAVプロダクションを設立。昨年四月からおれも世話になっている。オカズにしてるという意味じゃないよ。雇ってもらってんの。
なお、ゆみかちゃんというのは、うちの会社の看板女優だ。茶髪で、髪の根元から毛先までパーマで波打っている。
「今から女の子の送迎してくんない? 方向一緒でしょ?」
これはおっさんからの依頼。小坂店長だ。
小坂さんとは一年近い付き合いになる。面倒を見るよう、うるさいガキから頼まれたのがきっかけだ。
「マナブ、ジョージにある『めちゃモミ』っていうピンサロ知ってっか? 今度から、うちらで面倒見ることになったから。任せたわ」
これがまさに、うるさいガキからの依頼。一年前に受けた依頼で、依頼主は
麻倉はおれの同級生で、おれらの代の総長だった。高校卒業後は「マックス」というゆるーいチームを立ち上げて、金を稼いでる。
ちなみに、マックスというのは、ラヴ・マスター・セックスの略だ。名付けたのは、おれ。酔った勢いで付けた。教訓。スクリュードライバーの飲みすぎには注意。特に、コンビニで売ってるカクテルバーは止めどきがわからなくなるから、用心した方がいい。未成年の女の子に飲ませるのはルール違反だ。
「及川くん、こっちに来る前に、ナイタイの今月号を買ってきてくんない?」
おっさんからの依頼。これも、小坂さん。
マックスを抜けた後も、なぜかおれがめちゃモミの面倒を見ることになっている。小坂さんとの相性が良いからだと思う。逆に、マックス脱退の理由は……音楽性の違い?
「ゆみか、今日は金兵衛の弁当がいい!」
これはロケ先で言われた依頼。
我がプロダクションのエース様は、多分、銀だら西京漬け焼き弁当をご所望だ。ゆみかは今までに二度ほど撮影をバックレている。ガキだ。
「最近、麻倉ちゃんは冷たいやつも捌いてるらしーじゃん。手配してくんねえ? この前知り合った格闘技の会長さんがさ、女の子だけじゃなくて、そっちも欲しいってさ」
これは沢口先輩からの依頼。でも、おっさん社会の依頼だ。
おれは断った。ドラッグにはタッチしないと決めているからだ。言い直そう。キメない、キメさせないと決めている。
「あ、ミスティオも買ってきてよ。飲んでミスティオ?」
ゆみか様からの依頼。
最後の部分は笑いながらだったから、ちゃんと言えていなかった。ガキほどCMのフレーズを真似したがる。
「及川くん、りんちゃんが変な奴につきまとわれてるって言うんだ。助けてやってくれないかなあ」
小坂さんの言う変な奴が、もやしメガネだったことは一度もない。大体、ガテン系や筋トレに凝ってる奴だ。しかも、解決には手間がかかる。話はすんなりとこぎれいに収まらないようにできている。
おっさんの依頼は、頭を使うし、ときに血を見ることもある。
「マナブ、沢口さんから紹介してもらった格闘技の会長さんのこと、覚えてる? スパーリング相手を探してんだって。お前、行かね? うちらの最強はお前じゃん。ここでマックスの根性、見せとこーぜ」
麻倉はやっぱりガキだ。おれは接待に徹する。怪我しないし、怪我させない。鼻血はセーフ。要は、ガキの依頼もおっさんの依頼と同じだ。頭を使うし、ときに鼻血を見ることもある。
「もうイヤ。撮影に行きたくない!」
ゆみかからAVを引退したいと相談を受けたのは三ヵ月前だった。
沢口先輩はキレた。おれはガキだから、ガキ寄りの立場でしか物事を考えられない。おれは平和的解決を目指した。頭を使った。血は見なかった。ガキだったゆみかは、おっさん社会の道理からすり抜けて、実家に戻った。彼女からは今もたまにハガキが届く。
「格闘技の会長さん、ゆみかちゃんがお気に入りだったんだよね。新しいコ、見つけてきてね」
沢口先輩からの依頼。ガキではなく、おっさんの依頼。沢口先輩はおっさんの仲間入りを果たした。
「友人にフロッピーを届けてほしい」
ガキからの依頼の最新版。しかし、どこかにおっさんの匂いがする。しかも、小坂さん系でなく、沢口先輩系の。単純なおっさんの話ではない。
机の上に置いてある卓上ミラーを見る。ドナルドダックが、双眼鏡を覗いていた。世界中でもっとも稼いでいるアヒルは、おれの白いロングTシャツにプリントされている。ガキっぽいシャツを着ているおれは、いつだってガキ寄りに動こうと決めている。
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