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一旦、帰宅する。午後二時十分。西荻窪。駅を出てすぐにある大型駐輪場の隣、線路に面したクリーム色のマンションに戻った。
おれの部屋は三階。階段で上る。築三年な物件のくせに、幅の狭い階段はすっかり黒ずんでいる。階段の手すりも築三十年級にべたついていた。
部屋に入る。ドアを開けてすぐ、目に飛び込んでくるのは、ローリング・ストーンズの七三年北米ツアーのポスターだった。女の乳房を目に、へその辺りを唇に見立てたやつだ。『時計じかけのオレンジ』とか『勝手にしやがれ』のポスターを部屋に貼るほど、おれは女に飢えてはいない。
二日ぶりに帰ってきた2DKの部屋には、ヤニの匂いがしみついていた。
迷彩柄のスノボジャケットを脱ぐ。ア・ベイシング・エイプ。最近のお気に入りだ。ポーターのブリーフケースを下ろし、網戸を開ける。三鷹行きの電車が窓の向こう、猛スピードでかっ飛んでいくのが見えた。
CDラジカセに一枚セットする。MICROPHONE PAGERの「病む街」が流れ出す。日本のヒップホップだ。スピーカーからはドープなベースライン。ジャジー? とんでもない。これは原始的な舞踊曲だ。続けて、四方から押し寄せてくる不安を象徴するようなピアノの音が入ってくる。演出としては明らかにトゥーマッチだった。確か、ベースもピアノもシャメク・ファラーの曲をサンプリングしたものだ。やがて、阪神大震災を思い起こさずにはいられない一節が登場。不安感が煽られる中、MCは主張と説法と持論を語る。
そうこうする内に、次のヴァースで、もう一人のMCがすべてをひっくり返す。
「おれらが住んでる街は病んでる。そこから目を背けちゃいけない。終わったことにするなよ」――そう二人のMCは歌っていた。
おれは右手の人差し指でリズムを取りながら、パソコンの電源を入れた。七色の林檎マークが、箱の前面に描かれている。マッキントッシュLC475。薄くて平べったい筐体のフロントには、フロッピーディスクの挿入口しかない。箱の上にはずんぐりとしたモニタが鎮座している。この取り合わせがレトロモダーンってやつだ。
おれはフロッピーディスクの中身を確認することにした。チバトモやヒラタナオには悪いが、こういうのは早めに見ておいた方がいい。八方塞がりな状況に陥りたくはない。
フロッピーは全部で二枚あった。どちらもラベルには何も書かれていないが、二枚とも病む街の地雷だろうとおれは確信していた。
一枚目を開く。中には画像が二枚入っていた。サイズが軽い方をまずクリックする。
下半身が剥き出しになった女のコの写真がモニタに浮かび上がった。
よく見ると、太ももの上には、カードケースのようなものが放り出されている。
画素は粗い。顔も判別できない。しかし、下の毛がまだ満足に生え揃っていないことは、はっきりと確認できた。あそこから白い液体が垂れているようにも見える。
喉元まで胃液が逆流してくる。おれは無理矢理飲み込んだ。
残りの画像も開く。こちらは、黄色い紙切れのどアップ。
「上記の者は当中学校の生徒であることを証明する」みたいな文が見える。その下には中学校の名前らしきものが印字されていた。
太ももの上に放り出されていたのはこれだったのか? 中学生の学生証か?
一つの可能性が頭をよぎる。おれは胃袋にずきずきとした痛みを覚えていた。
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