ようこそエクス魔導図書館へ

kaname24

お探しの魔導書は?

 ここは魔術師たちが行き交い、各々が魔術の探求や遠く離れた地にいる同業と話したりする夢の領域。

 遥か昔から存在する、この世全ての魔術を支えていると言ってもいい魔術師たちの神様『デウス・エクス・マキナ』がどこに居ようとも、目を瞑れば知人と共に知識の探求が出来る様、夢の世界に作り出した魔術協会の発祥の地”幻夢領域”だ。

 そして幻夢領域の一郭であるエクス魔導図書館にて、司書であるプトレマイオスは事務室で魔導書を探しにやって来る客人を待っていた。

 エクス魔導図書館の蔵書は凄まじく多い。公に公開していない蔵書を除いたとしても、数十万冊以上の魔導書が図書館に眠っている。故に果てしなく続く本の巨壁全てを管理するにはとうの館長様であっても無理があるというもの、故に忙しいエクスに代わって業務を代行する存在が作られた。それが魔術教会が製作した人工精霊「司書」であり、プトレマイオスもその一人であった。


 そして彼女に与えられた役目は蔵書検索と図書館内の案内だが、具体的言うと客人が探している魔導書のタイトルを聞いて要望の本を直接持って来たり、探しているジャンルや概要を聞いて置いてある階層へ案内するのが主な仕事。

他にも同業や上司から頼み事を頼まれたり、禁書に関する仕事もあるが……プトレマイオスにとっては疲れる事の多い仕事なため、舞い込んでしまうとついため息がこぼれ出る。

 プトレマイオス以外誰も居ないがらんとした部屋で、魔術師の訪れを待ちながら自身に刻まれた行動ルーチンの通りに図書館に蓄積された情報からランダムに一冊を手に取り、本の内容に目を通して咀嚼する。何故ならば案内人たるもの、魔術師の助言者である必要があるからだ。そうでなければ彼らが望む魔導書を提案出来ない。

 

 そうこうして手に取った魔導書の個人的な所感やテーマになっていた魔術についての解釈を思考して時間を消費していると、来訪を告げるベルがプトレマイオスの耳元で鳴り、目の前に白くて氷の様な装飾を施された扉が現れる。どうやら魔導書を求めて来訪者が来たらしい。

 客人の来訪を知覚したプトレマイオスは瞑っていた目を開けて、客人を出迎えるためカウンターへ立ち、ギルドの受付嬢のようなにこやかな仕事用笑みで魔術師を出迎えた。


「ようこそエクス魔導図書館へ。認証キーと登録名の提示をお願いします」

「鍵はこれで、僕の名前は 『絶対零度はロマン』です」

「はい、絶対零度はロマンさんですね。エクス神殿サーバーへ接続……登録ナンバーから照会を開始……」


 数時間ぶりにきた客人は、まだ少年の面影を残す青年で、絶対零度といった名にちなんでいるのか全身を白で染め上げたようなローブ姿に毛皮で出来た手袋をつけた男だった。


 少しばかりとがった名前をした彼から鍵を受けとったプトレマイオスは目を閉じる。膨大な情報の海から、特定の情報を引き出す際には司書は目を瞑る。

プトレマイオスが目を瞑るのは、感覚を遮断して並列で行っている処理の工程数を減らしてより早く目的の情報を引き出すため、司書はあの神のように並列で複数の処理を行いながら談笑出来る程に高性能ではないのだから。

 そうして司書はマキナ神殿から彼の所属する支部やら魔女会コミュニティなど過去の記録を引き出して、その情報を起きるかもしれないトラブルに備える為、来訪者履歴に写して記録を残す。


 ちなみに集まりの名が魔女会なのはエクスが命名したからであり、反論を出そうにも機械仕掛けの神を信仰する魔術教会が圧を掛けて誰も声を上げられないせいで定着してしまった名である。男性も女性も等しくいるこの界隈でそのような名は不適切な気がするが、プトレマイオスが作られる前には定着してしまっている呼び名だ。今更変える必要があるほど重要ではないのだろう。


「……なるほど、絶対零度を愛する会の所属メンバー、ロマン様ですね。という事は、お探しの魔導書は絶対零度に関連する魔導書ですか?」

「うん、そうだよ。僕たちは今、気候温度によって寒冷魔術の効力が変化する結果を調べて、術式の最適化を出来ないか試している所ね。それで僕はまだそういった事に未熟で……だから術式の最適化や短縮について記述している魔導書を探しているんだ。だからそういった本がどのエリアに置かれているか教えて欲しい」


 絶対零度を愛する会というのは、たびたび魔術師の中で発足する、現段階では実用的ではない物、もしくは空論上、理論上の上に存在する魔術をどうにかして実用化できないかと試行錯誤しているコミュニティの一つだ。だからこそ、出力の問題と処理が複雑すぎて上手く機能しない欠陥を抱えた魔術をどうにかする為に、解決の足掛かりをもとめに来たのだろう。


 要望を聞いたプトレマイオスは目を瞑り、図書館の神殿へ接続する。データの海へとアクセスしたプトレマイオスは、ロマンが求める術式の最適化と短縮といった魔術技巧に関する魔導書が保管されている5類技術・教本の領域に飛び込み、そこから魔術技巧の分類から更に細分類化された、洗練法・改良法のジャンルに絞り込む。

 そしてそのジャンルの中から術式の最適化と短縮の単語を言及している魔導書を検索すれば、すぐに彼が望む結果が出た。検索に掛かった所要時間は僅か数秒、プロの仕事である。


「分類座標にして前数531の魔導書類から術式の最適化、短縮をキーワードに検索中……検索結果、4785件ヒットしました。お求めの魔導書がはエリア技術の階、座標は05078番にあります」

「技術の階、05078ね。分かったよ。それで司書さんは今、忙しい?」

「今は同業や他の魔術師殿から仕事を振られておりませんので、問題なく付き合えます。ですが、今日は他に一組の予約がありますし、他の来客に呼ばれる可能性もありますので……時間は有限となってしまいますが」


 事務室は司書の待機所&休憩部屋でもある為、仕事を終わらせて暇になった同業がここに帰って来てくつろいでいる事が多いが、今日は忙しいのか数時間前から私一人で隙間時間のタスクをこなしていた。それにあの問題児との用事があるがそれも約1.2時間後の話、ならば問題は無い。


「なら良かった、一人だとあの広大な図書館で迷いそうで」

「では呼び出しが来てしまうまでの間になってしまいますが、私が案内しましょう」

「うん、よろしくね。僕が蔵書の場所まで行く道は僕が開くから、司書さんはここを閉めて来たら?流石に誰も居ない事務室を開けっ放しにする必要は無いからね」

「ではお言葉に甘えて、お願いします」


 プトレマイオスは彼の親切心を受け取り、誰も居ない部屋に客人が入って来ないように、この事務室内のあれこれを畳んでは片付けて、部屋の明かりを消しクローズ状態離席中に変えていく。


 プトレマイオスがそうしている間に、ロマンは虚空から鍵を呼び出し、宙に鍵を挿して捻ると、先ほどもゲートに使っていた白い扉が出現する。そしてロマンはその扉にカタカタとピアノの鍵盤を叩くかのように触れて、今から行く階層の座標と経由地点を設定し、飛ぶべき道を定める。


「司書さん、準備ができたよ」

「はい、こちらも終わりました。ロマン様とプトレマイオスが退室した後、この部屋はプライベートルールと同じく権限をもった魔術師以外入れなくなりますので、ご注意を」

「うん、分かった。じゃあ行こう」


 ロマンはカタカタと扉を叩いていた右手で白い毛皮に覆われたドアノブを勢いよく開き、そのまま扉の先へと入って、黒い奈落へ落ちて行った。そして彼女もロマンの後を追う。

 扉の先は深い奈落のような黒にキラキラと輝く星が浮かぶ空間だった。それは深層とも呼ばれる部屋々を繋ぐ通路であり、二人はロマンの探す魔導書がある第五層、技術の階を指す星を目指して奈落の深淵へと落ちていく。慣れぬ人は目に見える情報量に酔ってしてしまいそうなチカチカする空間だが、二人には慣れたことだ。

 そうして深層を数秒ほど落下した二人はその場に浮遊して留まり、目的の輝く星に触れ、あーだこーだと入室処理を済ませた後、扉を開き深層から浮上する。


 深層から浮上してきたロマンとプトレマイオスが見た光景は、端が見えない程に広い空間に煌びやかなシャンデリアが月光のように淡やかな光で階下を照らしている光景だった。

技術の階は紫系統の色彩で彩られており、この階をデザインした人物曰く長年、魔術とは友人だと言える程に共に発展した魔石をテーマに作成されている。その為、中央の読書スペースには貴重な魔石や触媒のレプリカが展示されていた。

 プトレマイオスはそんな眺めるだけでも糧になるような装飾品たちをただ一瞥し、ロマンが探している目的の魔導書がある本棚へ箒に跨って、一直線に向かおうとするのだが……


「ここから先は私が案内しましょう。531類の魔導書があるのはこちらで、ロマン様?」

「……これは出力至上主義である過剰学派の魔導書か。うんうん、そういうのってロマンがあるよね、燃費の事を考えなければ……ッて、置いて行かないでくれ!」

「申し訳ございません。てっきり、目的の魔導書まで直行するのかと思いまして」


 どうやらロマンは入り口付近にあった魔導書に興味があったのか、この階に訪れてすぐ、目に止まった物から順に手に取って、ペラペラと軽く流し読みしていた。だが、その行動はプトレマイオスにとって不可解な事で……彼の行動を見て、首を傾げ身が暫く固まる。

 何故なら、プトレマイオスは魔術師では無く人の手によって作られた人工精霊だから。よって人に命令された命を自己なりに解釈し、一直線に実行するだけ。故に少し道をそれてしまうと、思考回路が硬直フリーズしてしまう事がたまに起きてしまうのだ。


「ごめんごめん。僕は現実の方が忙しくてあまり図書館に来れないからね。自分たちの研究結果を魔女会で報告し合うために幻夢領域には結構な頻度で顔を出してるけど、図書館の方には忙しくてあまり寄れなくてね。せっかくの機会ならほかにめぼしい魔導書も借りて行こうかなと思ってたんだ」

「……あっ、……失礼、いたしました。領分外の事柄がありましたら私に伝えてください。なるべく専門用語省いた概要とその魔導書と合わせて読むと良い魔導書を紹介いたしますので」

「ありがとうプトレマイオスさん。一人だと分からない分野がどうしても出てしまう。だから全ての分野に見識のある貴方に概要の少しでも教えて欲しかったんだ」

「それ程でもありません。私は人間と違って本を読了するのが早いだけです。理解には少々時間が掛かりますが、それを選り好みせずに数十年以上続けてきた結果、どの分野にも一定量の見識を持った。ただそれだけです」


 プトレマイオスは客人が訪れるまでに行う読書ルーティンは待機時間に行うように指示された行動式の一部に過ぎない。故にプトレマイオスは空き時間全てを読書に費やすことを苦と思ったこともないし、もはや慣習化された事である為、特にこれといった感情を持っていない。けれどそれは、人よってはその行動に尊敬の念を抱く者もいるようだ。


「その選り好みせずか……僕にとっては無理なんだけどなぁ。あ、これとかって」

「はい。そちらは並列術と呼ばれている、大人数で儀式を行う際に必ずといって良いほど……そちらは迷宮触媒辞典?何故これが……ロマン様、そろそろ移動しませんか?」

「あー…そうだね。現世と違って魔導書を持つ必要が無いから、ついつい借り過ぎてしまう。帰った後、自室に積み上がった魔導書を見て現実に戻り、結局返却処分してしまうのに」


 彼らは目に入った本棚を片っ端から見て回った。ロマンと共に本棚を巡るだけで、ロマンが手に取った魔導書は数知れず。もし現実であったのであれば、使われることの無い読書スペース用のテーブルを埋め尽くす程に魔導書が並んでいたのだろう。

 ちなみにエクス魔導書図書館では魔導書を借りる本数も決まっていないし、貸出期限も無い。なぜなら魔導書を借りる際には魔導書を本体を持っていくのでは無く、借りる魔術師が写本を作り出して持っていくからだ。


「うん、いつまでもこうするわけには行かないかぁ……時間は有限だって氏も言ってた。プトレマイオス、05078まで案内をお願い」

「はい、かしこまりました。先導いたしますから、後から追って来てください」


プトレマイオスは虚無から箒を取り出してまたがり、果てしない空間を飛んで移動する。対してロマンは武闘派なのか、彼を思いやった低速飛行とはいえ息が上がっている様子も見せずに魔力で強化された足で彼女へ先導について行く。

 そうして幾つもの本棚を飛び越し、探しに来た来訪者が分かりやすいようにと本棚の上にある魔石で構成された座標を記したオブジェを目印にプトレマイオスは減速して止まる。

 

「目的地に到来、ナビゲートを終了いたします。ロマン様、あちらからこちらまでが531類の魔導書が収められている本棚です」

「おッ、おぉ……中々に多いなぁ。昔を思い出すよ、目的の一冊を手に入れる為に数日も彷徨うはめになったことを」


 彼らの目の前に広がる幾多の本棚全てが、「531類 洗練・改良法」に分類される魔導書が置かれた本棚だ。531類からキーワードで絞っても4785冊もあるのだからこんな数になってしまうのは、当然と言えば当然だろう。


「プトレマイオス、断られるのは分かってて聞くけど、検索結果に基づいて魔導書を絞り込んで一つの本棚に並べることってできる?」

「出来ますが、その行動は館長の手によって禁止されております。主曰く「魔術師であれば望むもの一つぐらい自らの手で取れ」との事なので、申し訳ございませんが、プトレマイオスが貴方様に助力出来るのはここまでです」

「うん……だよね。僕たちは寄り道を是とするそういう人種であるべきだ。ここは図書館なんだから館長の教えに従って、地道に行かないとね」


 ちなみに、エクス魔導図書館の利用規約は蓄積の神が定めたモノ以外は「非公開エリアには関係者以外立ち入り禁止」、「寄稿された魔導書の情報を破損させてはいけない」、「図書館ではお静かに!魔術をぶっ放なさないでください。この空間も無敵っていう訳ではないんですよ!」などなどと大変常識的な事ばかりだ。

だが、それを容易く破る非常識人も数多く存在するわけで……同業が「あの人でなしどもが!」とたまに愚痴をこぼしているのを見かけたこがある。


 そうしてロマンが本棚たちと向き合おうとした時、プトレマイオスの耳に来館を告げるベルの音が聞こえる。そこから一気にくる来訪通知、この鳴らし方は元々予約をしていた者達だろう。

何故なら、彼らは一つ一つの時間が惜しい質であるのだから。


「はぁ……申し訳ございませんロマン様。客人から呼び出しが掛かってしまって、そろそろ去らねばならないようです」

「良いんだ。むしろ僕の方がプトレマイオスを長く引き留めてしまったから。それにしても、彫刻のように硬い表情から珍しく、嫌そうな顔を浮かべているね。もしかして司書さんにも嫌いな人物が居るのかい?」

「私という自己の中に、そういった人物はいます。ルールを守らず独善的な態度で我が道を突き進む人物、私の事が好きだと言って貢物を渡してくる輩とが当てはまりますね。どうして私の事を恋愛感情込みで見ているのか、私には分かりません」


 現実で今流行りのアクセサリーやら洋服を再現してプトレマイオスにプレゼントするのは日頃の義理や感謝の気持ちからの行動だと、プトレマイオスの理解出来る反中であるが、たまにプトレマイオスの事が好きだと、一生の間添い遂げて欲しいなのだと、ただの人工物である司書に好意を寄せる輩が数少ない人数現れる。

それに加えて司書達を愛でる会、ふぁんくらぶと言った魔女会が……どこかのルームにあるらしい。そして例の魔女会はプライベートルームを発見しだい司書達全員で弁明を聞きに行く事が決定している。あるだけで思考が軋むような感覚がするものなど、精神衛生上の観点から即刻潰す必要があるだろうから。


「その中でも、これから合う人物は己が知識欲に望むまま、図書館のルールを平然と破る人種なのです。そのせいで私が監視役を務めることに……」

「あはは……困った事をする人もいるもんだ。分からなくも無いけれ「貴方も締め出されたいですか?」それは怖い、怖いね。出禁されたら友人に一生の借りを借りることになりそうだよ」

「それとロマン様。戻る前に一つ、聞いてよろしいでしょうか?」

「僕は良いけど、プトレマイオスは大丈夫?」

「問題ありません。扉を開く合間に応えられる質問ですので」


 頭に響く呼び鈴の音をミュートに変更し、事務室で待ちくたびれているだろう客人に到着予定時刻を少しゆとりをもって連絡する。そうすればトラブルが起きる確率は幾分かマシになるからだ。そんな事務作業を行いつつ、プトレマイオスは元の居るべき場所へ繋がる扉を開きながら、絶対零度をこよなく愛する彼へ問いかける。


「貴方は何故、絶対零度空論の頂きを求めるのですか?」


 彼は一瞬呆けた顔をして、だけどその表情はすぐに元の笑みに戻り、絶対零度はロマンは蒼白の司書の問に迷いなく答えた。


「それがロマンだから。理想を追い求めるのも魔術師の仕事なんだよ」

「たとえソレが貴方の一生でやり遂げる事は出来なくとも?」

「うん、僕はそれで良いと思ってる」


 彼の言葉にプトレマイオスはとある神の言葉を思い出した。幻夢領域の主であるデウス・エクス・マキナという名を持つ三柱の神のうち、司書たちと関わりを持っているのはエクス神で、魔導図書館の館長を務めているのだが……彼女は気分屋で気分の乱高下が激しい性格の人物だ。

それで、彼女の気分が落ち込んでいる時によくこんな事を口にする。


「魔術師たちは、その身に熱く理性がほどける程の狂気理想を宿すべきなの。それこそ、魔術を次の時代へ飛躍させる鍵だ。かつてがそうだったようにね……」


 時に高すぎる理想は狂気だとも言えるものだ。だがソレをなくして魔術の発展は無い。プトレマイオスは過去、魔導書を求めた客人と別れる際にこの質問をし、その結論を積み重ね。この結論に辿り着いた。

 プトレマイオスの問の答えはどれも「ソレが己が追い求める理想であるから」といった解釈が出来る類の答えで……確証は無いが魔術師の原動力とは理想を追い求める心なのかもしれない。


「そうですか……貴方様の理想が叶うと良いですね」

「司書さんもお仕事頑張ってください」


そんな風に彼への質問の答えを聞いているうちに、門の創造は完了しつつある。自分に課した予定時刻猶予時間もそろそろ近い。彼の鋭い足蹴りがプトレマイオスの霊体に響く前に、戻らねば。

司書はゲートを開く合間に自身の結っていた蒼白の髪をほどき、掛けていた眼鏡消失させたら繕っていた笑みを元の無表情に戻して彼の方へ振り返り、別れの言葉と共に言い忘れていたことを彼へ言う。


「転移門の想起、深層へアクセス、ルート開拓……完了。ではロマン様、来年の初月に図書館へ訪れるのを忘れなきよう、心に縫い留めてくださいね」

「もちろんだよ、忘れて死者扱いになるのは誰だって嫌だ。僕が入った初年にやっちゃった時の、は今も思い出してゾッとする」

「だから忠告しているのです。私も……今まで訪れていた客人の足が途絶えるのは、悲しい事ですから。要らぬ感傷を想起させないでください。後、一度消去したモノを復元するのは面倒だと、同業が言っていました」

「それは、反省してるんだけど……仕方が無いというか……」


 そう青ざめて引きつった顔を浮かべて、か細い声で反省の声を上げているロマンだが、その様子だとリペアズルにこってりと説教をされたのだろう。彼女は司書の中で人間的であったし、出会った魔術師一人一人に慈愛の感情を持っていたから。

 そう言って彼へ釘を刺した彼女は、時間が無いと急いで繋がったゲートへ飛び込み、この場から立ち去る。


 彼は彼女が呼び出した無色の扉が粒子となって消え去るまで、彼女の後ろ姿を見ていた。そして一人、この巨大な空間に残された者は魔導書の捜索作業をやりながら、彼女にグサグサと刺された釘を抜くかのように言い訳をつぶやく。


「彼女には何度も念入りに言われていたから分かってる、分かってるよ。だけどあの時は生死をさまよっていたせいで期限内に間に合わなかったんだ。無理に行こうとしても「精神に響く」って医者に止められて、あっという間に一か月」

「あの年がチェレーロでの初めての年越しで、僕はまだ新人で……チェレーロの天災についてまだ知らなかった若僧だった」

「あぁ来年も……生きれたらいいな。龍災はどうしようもなくて、いっそ笑いがこみあげて来るけど、理想へはまだまだ遠いから」


 もしかしたら明日、奈落の底に落ちてしまうかもしれない。

数ヶ月後、もしかしたら竜の手によって命という花が手折られてしまうのかもしれない。どう足掻いたって死の影が何処にだってある世界だ。それならば命が尽きてしまう前にこの人生に意義を、大きな爪痕を残して逝きたい。

 だからこそ理想を追い求めよう。絶対零度という理想を……たとえ道半ばで尽きようと、誰かがこの理想を引き継いでくれるだろうから。

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