第2話 天気雨にて談笑する
晴河は屋根の中に入ると、折り畳み傘をなおしてタオルを取り出した。二枚をそれぞれ一枚ずつ二人に渡した。
「すまんな、助かる」
「ありがとぉ〜!」
律貴は申し訳無さそうにタオルを受け取り、音鈴は感謝の言葉を告げて微笑みながら受け取った。
律貴は少しずつ肩を拭いていくのに対し、音鈴は豪快に全体的に一気に拭いていた。
対照的な二人に、笑みが止まらない晴河だった。
この二人はどうしてか分からないが、会うと喧嘩ばかりしている。
理由は何となく想像は出来るが、本人達に聞いたことはなかった。
晴河は不意に、前に会ったのは何時だっただろうか考える。
「音鈴は二日前の天気雨の時に会ったよね。律貴は……久しぶりだよね」
「二週間前をそう言うのならな」
晴河の確かめる様な言葉に、律貴は少しだけ頷いた。音鈴は満面の笑みでいるため、言葉を聞くまでも無かった。
「毎日会う訳じゃないから、なんとなく久しぶりに思っちゃうんだよね。天気雨の時にしか会えないから。何でなんだっけ?」
晴河は二人に尋ねた。
二人はガバっと晴河の顔を見た。その顔は驚きで染まり切っていて、それが伝播してしまったかのように晴河の目も皿のように大きくなった。
「え?! なに?!」
「いや……覚えてないのか?」
「ほんっとうに覚えてないの?!」
晴河が二人を見てそう言うと、律貴は確かめる様に晴河を見て、音鈴は晴河に詰め寄りながらそう問い掛けた。
あまりの勢いに、晴河は肩を窄めながら肩身を狭くした。その間、ずっと考えていたが、どうしてこんなに詰め寄ってくるのか分からなかった。
「え? なになに?」
「はぁ〜……晴河。初めて会った時の事を思い出してみろ」
晴河の疑問気な顔に、律貴は溜息を吐いて眉間に指を当てた。やけにその仕草が似合っていて、絵になりそうだと晴河は思った。
そんな思考を追い出して、晴河は宙に視線を彷徨わせて昔の記憶を手繰り寄せた。
「う〜ん……初めて会った時? 確か、二人共いたよね……」
「そうだな」「そうだね」
晴河の確認の言葉に、二人は同時に頷いた。
そのまま、晴河の思考は遡っていった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
――八年前。
晴河はその時、小学校三年生だった。
その頃から、天気雨を見てしまうと毎回テンションが上がってしまい、家にいても外に飛び出しては母親に怒られていた。
その日は放課後に天気雨が降り出した。
晴河は嬉しくなり、帰り道から脱線してちょっとした丘まで登ってしまっていた。坂道を登る時、少し赤くなった太陽が綺麗で、残暑なんて吹き飛ばしてしまった。
五時のチャイムは既に鳴っていて、帰らないといけないが、どうせ今から戻っても怒られることは確定している。
そう思った晴河は、帰る前に綺麗な光景を目に焼き付けようと、丘を登った。
上に公園があることは知らず、ブランコやシーソー、鉄棒等の遊具があることに驚いた。
中でも一番驚いたのは、二人の小学生――しかも同学年に思われる男女が頬を膨らませて傘も差さずにお互いを睨み付けていたからだ。
その男の子と女の子こそ、律貴と音鈴だった。
折角綺麗な光景を観に来たのに、それを壊されてはいけないと思い、晴河は二人に話し掛けた。
「ねぇ、何でケンカしてるの?」
晴河がそう声を掛けると、彼等はぐいっと視線を晴河に向けた。晴河はその勢いに思わずたじろいだ。
しかし、どうにも気になってしまった晴河は、気合を入れて見つめ返した。
すると、クラスの男の子の中では小さい方の身長の晴河よりも小さい音鈴が口を開いた。
「こいつがね、うるさいの!! 私があそんでたら、しずかにしろしずかにしろって!」
クリクリの大きな目に、たっぷりの水を含ませて音鈴はそう言った。
「おまえがうるさいんだろうが! おれは本を読みたいんだ! さわがしかったら集中できないだろうが!」
律貴も負けじと声を張り上げて言い返した。晴河は何となく、状況を理解した。
「……じゃあふたり共別の所に行けば良いんじゃない? 公園はここだけじゃないし」
晴河はそう言うと、二人は微妙な表情をする。一瞬で彼等がそうすることは嫌だと思っていることは分かった。
晴河はちょっとやらかしたかと思い、もう少し考えてみることにした。
「……こいつに負けた気がするから、やだ!」
「こいつのせいでおれがわざわざ別の場所に行くのはイラつくからことわる!」
二人はそう言うと、そっぽを向いて顔を膨らませた。
その仕草が二人共そっくりで、晴河は笑いが出てきた。
「あはははっ!」
「「んっ?!」」
晴河が声を上げて笑うと、怒った顔で二人は睨み付けた。
「ごめんね。じゃあこうしよっか。天気雨の日にぼくはここに上がってくるから、それ以外の日には二人で来なければ良いんだよ。どうせ一週間に一回は天気雨があるんだから」
晴河は謝りつつ、提案を差し出した。
要するに、二人でいるとケンカするなら、間に一人が挟まればいいという考えだった。
それは傍からみれば、晴河の負担が大きくなる役割だった。
しかし、晴河はこの二人を面白いと感じていた。
どうせケンカする二人を放置するぐらいだったら、その二人と絡みたいと思うほどに。
だから、晴河は笑顔のままでそんな提案をした。
二人は唖然として、晴河を見つめた。
固まったままの律貴とは違い、音鈴は口を開いた。
「…………なんで?」
「え?」
「なんでそんなことしてくれるの?」
音鈴から零れた言葉は、晴河を驚かせた。
理由なんて、考えてなかったからだ。
晴河は変に取り繕うよりも、今の心を伝えた方が良いと思い、微笑んだ。
「ん〜……君たちと話してみたいと思ったんだ、僕が」
晴河の言葉に、二人の顔は花が咲いたように綻んだ。
何故笑われたか分からず、首を左右に振っては不思議そうな表情をする晴河に、律貴は話し掛けた。
「いや、今までそんなこと言われたことなかった。おれ達がケンカをすると、怒られるか面倒くさそうにされるかのどっちかで……」
「そのせいで、わたし達友達いないし……」
そう言うと、僅かに二人は目を伏せた。
そこから、それなりの苦労があったことが晴河には分かった。
だからこそ、晴河は更に明るい表情で二人の顔を見た。
「だったら、僕が友達になってあげる! 天気雨の日にだけ会える、ね?!」
晴河は二人に手を差し出しながらそう言った。傘を片手に持っているせいで、右手しか差し出せなかったが。
すると、二人は嬉しそうに笑った。その表情で、やはり晴河はこの二人は笑顔が似合うと思ったのだった。
答えは聞くまでもなかった。
それはそうと、天気雨は未だ降り続けている。
二人はずっと雨に降られ続けていた。
晴河はそんな二人に苦笑しながら、こう言ったのだった。
「名前を教えてもらう前に、屋根の下に入らない?」
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「――あぁ……そうだったっけ? そっか、僕から言ったのか……」
晴河は思い出すついでに、二人と出会った時について話していた。
やっと思い出したかのように、息を吐きながらそう言った。
「そうだ。元はお前からの発想だ」
「それを発案者が忘れちゃダメだよ!」
律貴は眉間を押さえながら頷き、音鈴は晴河の腕に抱き着きながら晴河の顔を覗き込んだ。
「ごめんって。まぁでもそっか……無理に天気雨の時にだけ会わなくてもいいのか……どうする? これ止める?」
晴河は半笑いで謝りながら、そう二人に尋ねた。
天気雨の時にだけ会える訳では無い。つまり、無理して天気雨が降るとここに急がなくてもいいのだ。
連絡先を交換してはないが、交換して外で待ち合わせをして遊びに行くことも出来るのだ。
そう考えると、無理にここでだけで会わなくてもいつでも二人と一緒にいられるということだった。
晴河はそう思って口に出したが、二人の顔は予想に反して険しかった。そして、二人から同時に言葉が吐き出された。
「「止めない」」
二人から飛び出た強い言葉に、晴河は面食らった様に止まった。
「今更普通に会おうと思ってもなんかやだ!」
「というか、こういう友達はなんかな……特別感があるだろう?」
音鈴はいーっと歯を見せ付けながら、律貴は晴河に微笑みながらそう言った。
そんな二人に、晴河は笑った。
「そっか。それじゃあこれからもよろしくね」
「あぁ」「うん!」
晴河の言葉に、二人は笑顔で頷いた。
そんな正反対で似た者同士の二人を見て、晴河の顔には笑顔が溢れるのだった。
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