狐の嫁入りは天気雨

シト

第1話 天気雨の多い町

 ここは天気雨の多い町、入生いりき町。雨の降る日の半分は天気雨だ。その雨もかなり多い為、基本的に町民は皆常に折り畳み傘を持ち歩いているのだ。


 そして丁度、春も少し過ぎた今日も雨――天気雨が降り出した。

 ブレザーに身を包んだ一人の男子高校生が学校帰りの夕焼け空を見上げた。


「あ、天気雨……」


 そう呟くと、少しだけ足を速めた。折り畳み傘を歩きながら器用に開いている。


 彼の名前は、天使あまつか晴河はるか

 よく友達からはてんしだったり、ハルだったり呼ばれている。

 どこか性別を感じられない顔立ちから、男子女子共に友達は多い。


 その為か、学校の外の友達も両方の性が多かった。例えば――――


 晴河の足が止まった。

 その場所は少し小高くなった丘の上にある公園。背後には山がある。

 そこのブランコと屋根がある所のベンチに一人ずつ、高校生らしき者が座っていた。


 ベンチに座っているのは男子高校生の方で、本を開いていた。眉目秀麗という言葉がよく似合い、雰囲気もその通りだった。

 傘を差しながらブランコを漕いでいるのは女子高校生で、尖った犬歯を見せながら笑っている。もう少しで一回転してしまいそうだ。こちらは一笑千金の美人だが、どこか残念な雰囲気だ。


「あ、晴河だ!」


 女子の方が晴河に気付き、ブランコから飛び降りて彼に走り寄った。傘は放り投げていた。

 そんな彼女に、晴河は微笑みかけた。


「二日ぶりだね、音鈴ねり

「うん!」


 晴河の言葉に、音鈴もまた笑顔で頷き返した。彼女の名前は、きた音鈴。一息で言い切ってしまえる名前である。


 茶色のショートカットの髪は元気そうな印象を、大きくクリクリなブラウンの目は人懐っこい印象を人に与える。

 古風なセーラー服は晴河とは違う高校で、町内にある二つの高校の、東入生高校と西入生高校の内、東の方のものだった。


 つまり、晴河は西入生高校である。


「遅かったじゃないか。こいつと二人で死にそうだった……」

「ごめんね、律貴りつき。ちょっと委員会があったんだよ」


 男子の方もまた、本をぱたんと閉じて立ち上がった。少し遠くから晴河に話し掛けた。晴河は顔の前で合掌するように手を出して謝った。

 彼の名前は、本渡ほんど律貴。どこか硬い印象の彼にピッタリの名前だった。


 色素の薄いサラサラの髪に、切れ長で鋭い目は、人を近寄らせないオーラを放っていた。つまり、どうにも怖い印象が付き纏っていた。

 彼が身に纏うのは、学ラン――つまり、音鈴と同じの東入生高校のものだった。


「律貴ぃ〜……そんなことで怒んなよっ! 晴河だって忙しいのは分かってるだろ! 委員長なんだから!」

「ねるねるねるねに言われたかないね! それぐらい俺が分かってないとでも思っているのか? 貴様よりも俺の成績は上だ!」

「何がねるねるねるねだ! 私の名前はだ!」


 音鈴が律貴を睨み付けると、晴河の頭の中でゴングが鳴り響いた様な気がした。

 その予感は的中し、いつも通りの言い合いを始めた。相変わらずの二人に苦笑いする晴河だった。


 こんな時にどうすれば良いのか、既に晴河は分かっている。


「はいはい。君たちが仲が良いのは分かったから。僕は蚊帳の外で悲しいよ」


 晴河はそう言って唇を尖らせた。足で軽く地面を蹴るのも忘れていない。

 これだけ拗ねた印象を与えられる。


「「あ……」」


 二人は口を開けて晴河を見つめた。焦った雰囲気で周りをキョロキョロと見回す。


「わ、悪かった! 決してそんなつもりではなくてだな……!」

「ごめんなさい! 別にそんなアピールはしてないから!」


 律貴と音鈴は急いで晴河に近寄る。律貴は肩を掴み、音鈴は背後から腰に抱き着いてそう言った。

 あまりにも必死で、晴河の身体がぐわんぐわんと揺れている。


 そんな二人に、思わず笑みが込み上げてきた晴河だった。


「ふふふ……ごめんね。嘘だよ」


 口元を押さえてそう言うと、あからさまに二人の顔は緩んだ。


「びっくりさせないでくれよ……」

「帰るかと思った……」


 律貴は胸を押さえて息を吐き出し、音鈴はその場にへたり込んだ。

 その安心した時の表情が本当に似通っていて、どうにも笑いが抑え切れない晴河だった。


「ふふふ……」

「おい、なんだよ」

「なにぃ〜……?」


 そんな晴河に怪訝な表情を向ける二人だった。


「ねぇ……音鈴はスカート濡れないの? 律貴も肩、濡れてるよ?」


 晴河は二人を交互に指差しながらそう言った。

 音鈴は自分の下半身に視線を向け、律貴は肩を触った。

 音鈴はスカートを触ると急いで立ち上がり、律貴は肩を手で払った。

 明らかに二人共不機嫌な表情で晴河は口元に笑みを浮かべたまま、最初に律貴が座っていた場所を指差した。


「ほら、僕がタオル持ってるから早く行こう? 音鈴は傘を回収してきてね」


 晴河の言葉に、二人は従ったのだった。


 見た目は自分よりも大人っぽいのに、子供っぽい印象が拭い切れない二人は、晴河にとって大事な友達だった。


 晴河は上機嫌に、傘を回した。





――――――――――――

あとがき


 これから一気に十話分投稿します。

 第二話が今日の20時に、それ以降は一日空けて20時に投稿されていきます。

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2024年9月21日 20:00
2024年9月22日 20:00
2024年9月23日 20:00

狐の嫁入りは天気雨 シト @shitowisdom310112

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