第28話 ドラゴンを倒す確率・2

 セインが一人で向かったのはグレイボアの縄張り。

 体長6m、体高2mのとんでもない猪。

 猪ではなく魔物。

 魔物の定義は闇の大地から生まれた存在か否か。


 勿論、そんな予定はないし、グレイボアを刺激する理由は一つもない。


「私が良いと言うまで、アンリ殿下は待機して下さい」

「待機?待機だと?サロン。その間にルーイが取ってしまったらどうするつもりだ!ルーイには魔法師長がつくと聞いているぞ」


 宮廷魔法使いサロンは王国の北東のリバールサフ砦にいた。

 第一王子の世話係としてここにいる。

 第二王子には宮廷魔法使いとしては、魔力はサロンには及ばないが、王家と距離が近いから、長となっているロバートがついてる。


「先程も申しましたが、ロバートも私の指示待ちです」

「そんなの信じられるか!要は竜の巣を千切ってくれば良いのだろう!」


 サロンは半眼で睨みつけたい気持ちを押し殺して、二十歳にしか見えない愛らしい顔で、王子の胸にそっと手を置いた。


「そんなに焦らずとも、エルフの姫君は逃げません。殿下とリーネリア様の為の巣作りではないですか」

「そうだ。今の警備、今の結界じゃ心許ないと彼女が言ったからだ。態々、このオレ様が来てやったんだ!それなのにどうしてルーイまで、ここに来ている‼」

「その理由は…、王子様ならご存じでしょう?」


 アンリはパン!と上目遣いの紫魔女の手を払いのける。

 サロンが気に入らなかったからではなく、自分が彼女に気に入られたいから。

 サロンもソレが分かるから、結局王子を半眼で睨みつける。


「慣習など知るか!今は国どころか世界の運命がかかっている大事だ!長男は内政、次男は軍事という考えが間違っている‼」


 開拓の為に貴族を含めた戦士が大量死していた時代が終わり、定期的な帝国の開拓の被害が森周辺の住民の命を刈り取る時代が来た。

 つまりアルト王国の面積は変わっていない。だから、相続問題も変わらない。

 いやいや、変わらないどころか、専守防衛のせいで当時よりも酷くなった。


「その慣習を押し付けていたのは…、いえ。でしたら、ドラゴンをご自身で倒されては如何でしょう」


 上が入れ替わらないから、下の人間にチャンスが生まれない。

 そもそも、王の直轄地が増えて、中央集権が進んだのだって、王家が強くなったのではなく、周辺諸侯が疲弊をしたからだ。


「そ…、そんなことをしたら、リーネリアが悲しむ‼」

「リーネリア様はそんなこと言ってません。何故、竜が巣を作っているか、ご存じですよね」

「エルフの敵ではないとはっきりと言った。だから、殺す必要はないだろう」


 今の王が凄いのではなく、過去の王が凄かった。

 今回の件で一気に腐敗が進んだのは事実。

 だが、実際。既に腐りかけていたのは明白だった。


「…ですので、そういう計画です。万が一にも王の血が途絶えない為の」

「そうだ。俺が一番上手く、結界魔法具を使えるんだ。万が一があれば、民が悲しむことだろう」


 過去の魔法師はとても優秀で、魔法具をそのように魔改造した。

 だから、危ない仕事である騎士団を次に魔法具が上手く使える次男以降が管理している。

 という事情があるのだが、サロンは見えない角度で溜息を吐いた。


 優秀な魔法師?どこがよ?長子が一番うまく使えるって構造のせいで、新陳代謝が…。いえ、それを含めて優秀だった…いつか民が爆発することまで計算に入れて。

 でも、残念ながら革命を起こせた者はいないんだから、やっぱり無能よね。でも…


 サロンは半眼のまま、再び王子を見つめた。

 彼の髪は白銀色。そこから光沢を無くした灰色の髪の男がチラつく。


 いえ、少なくとも一人。アレに魔法の才か武の才があれば、可能性はあったかも。だけどどっちもないからやっぱり同じね。

 でも、少なくとも公爵様は脅威に感じている。

 無知で向こう見ずな存在は、血統結界を失うその後なんて考えないかも、って感じかしら。


「なんだ?」

「いえ。アンリ様が竜を始末する確率はどの程度かと、ちょっとだけ考えていたところです」


 さっさと寝ればいいのに、簡易施設の中を煩わしいくらい歩き回る男。

 とは言え、ここまで来た勇気は賞賛すべき…かもと思った。


「…ど、どのくらいだ。面白そうな話だ」

「ドラゴンスレイヤーの誕生は五百年に一人と言われています。勿論、遥か昔の統計ですので、今の人口だと少し違うと思いますし、王家の血筋ですからそれを加味しませんと」

「ザックリで良い。その確率によっては…」


 けれど、期待出来なさそうな返事。

 ただ、面白そうなのでサロンは本当にザックリと答えてみた。


「百回戦えば一度。…いえ、五十回に一度、勝てるかと」

「1%…、もしくは2%…だと?そんな事はありえない。もっと…」

「でしたら、私の計算が間違えているのやもしれません。であれば、明日の朝は竜退治ですね。他の者に直ぐに伝えませんと」

「サロン、ちょっと待て!い、今のは興味本位で聞いただけだ。98%とはいかないだろうが、民の平和が脅かされる可能性がある。それにエメドラゴは──」


 王子は王道をいかねばならないから、奇策にはでない。

 だとしても、サロンは吐きそうになる溜息を、頑張って飲み込んだ。

 どうやら彼には、王の血統は不可侵という意識が残っている。

 そこから一歩踏み出す気はないらしい。

 勿論、今までの王族であれば、間違いなく彼の選択は正しい。


「つまりここで待つことこそが王道ということですね。なればこそ、ゆっくりお休みください」


 王道のご高説でそうなったから、王子は仕方ないと寝床についた。

 そして、今日の仕事は終わったと、サロンも自身のテントに戻る。

 その途中で、魔女は吐き出すように本心を零した。


「まぁ、そうね。ここまで来る判断だけは褒めてあげる。その勘は…、おそらく正解よ」


     □■□


 次の日、ズン‼バキバキバキ‼という轟音が私の目覚ましになる。

 体を揺する地鳴り、全身を跳ねさせる地震で、私は飛び起きた。


「ちょっと!何なの⁉あの王子、まさか!」


 大切な大切なメイクは欠かさない。

 だけど、自慢の魔法具であっという間に終わるが、衣服は面倒くさい。

 だから、寝間着のまま私はテントから飛び出した。


「え…。王子の仮設施設は何も…。これはドラゴンがこっちに来てるわけじゃないってこと?」


 ドラゴンは子を産むから巣をつくる。そして老いたドラゴンは死ぬ。

 人間とは比較にならないが、ちゃんと寿命を持っている。

 でも神の民エルフに比べるとはるかに短い。

 そもそも、エルフにその概念があるか分かっていない。

 エルフは分からないことだらけの謎の種族だ。


「っていうか‼」


 そんなこと、今はどうでもよくて、なんでドラゴンが暴れてるのよ!

 卵と子供たちを守る為に、敏感になっているドラゴンを刺激すると追ってくる。

 そういう作戦だから、現象自体は間違ってない…んだけど‼

 森の向こうで大戦争でも起きてるみたいじゃない‼


「セインンンンン‼ア……、ふぅ。セインは何をしでかしたのかしら」


 私は森の東側に向かって、昨日頭に思い浮かべていた人間の名を叫んだが、直ぐに声のトーンを変えた。

 流石にあの大地震は、多くを起こすに十分だった。

 王の相談役にして私の上司が勢いよく飛び出してきたから、私は平静を装った。

 

「サロン。これは一体…」

「さぁ…。ロバート様に分からないことは、私にも分かりません」


 勿論、これは大ウソだ。

 私はサルファ宮殿での出来事を知っているけれど、彼はエステリ卿の言葉、「リーネリア様は大変お優しく、あの国賊の子を助けてしまわれた」を鵜呑みにしている。


「そうですか。何にしても、この状況は」

「今すぐ、両殿下に準備して頂きましょう。こちらに向かって来ないのなら、これは千載一遇のチャンス。是非とも活用させて頂きたいですわ」

「あぁ。ならば、ワシはルーイ様に伝えてくる」

「私もアンリ様に伝えてきます。ただ…」

「ただ?」


 作戦は別動隊による竜の誘き出し。

 字面で考えれば、こうなるかもしれないこと。

 でも、私の勘は違っていた。


 エメドラゴ数体で、こんなに揺れるモノかしらね。

 つまりあの子、また他の魔物を使ったのね。

 しかも、ただ一種だけじゃないんでしょう?


「リーネリア様を連れ、両殿下を含む数名のみでの作戦に切り替えましょう」

「なんだと⁉それは流石に危険ではないか?もしも両殿下が死ねば…」

「おそらく、殆どの成年ドラゴンが出払っている筈。今なら安全にお二方同時に、大トルネの葉と枝の採取が可能ですよ」

「成程。それは確かに…、だが」


 セインが何かやっている。今回は監視の目がないし、観衆もいない。

 だのに注文以上の仕事をしている。なんと健気な男だろう。

 エステリ卿がアレを世界から排除したいと、本能的に考えるのも頷ける。


 でも、それはさておき。


「今のギスギスした雰囲気の大部隊で動くより、余程安全です。…そ・れ・に。彼女がいる方が、好青年の演技にも身が入る…、そう思いませんこと?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る