第27話 ドラゴンを倒す確率・1

 セインの顔はマニーの言う通り、少し晴れていた。

 リーネリア様は世界を救う救世主。

 両親が裏切り者で、手違いで取り残された男が、どうなる相手ではない。

 勿論、納得はしていない。ここで頑張れば、両親は平民上がりの騎士に戻る。


「相手は王子様だ。でも、あのヒトは」

「セインち。人間がエルフに関わると碌なことにならないっすよ。…なんか、セインちも憎らしくなってきたっす」

「大丈夫。俺は任務をこなすだけだし。そもそも、俺がどうかしてた」


 8歳の時、命を助けてくれた時、彼女の麗しさに心奪われていた。

 本当に忘れていた。あの時、彼女は小さかった俺を助けてくれた。

 彼女は優しいエルフで、帝国と対抗する為にやってきた優しいお姫様。


「それより、今回の装備。本当に気合が入ってるな。ぱっと見は変わらないのに」

「はぁ?ぱっと見も全然違うっす。これだから人間は駄目なんすよ」


 ドワーフ族は人間の社会に混ざっている。

 そして驚くべきことに、人間との子は必ず男で生まれてくる。

 そうやってドワーフは、ドワーフの数を増やしていく。

 アクアスの街で、セインは今までの無知を取り戻すように学んだ。

 利並みに教育係は、殆どヒルダで時々ハヤテだ。

 だから、どうやったかは知らないけど、全身脱毛及び痩身してモテまくりたいは分からなくもないこと。


 子供の頃から薄っすらと、あのエルフに憧れて、人間の女に興味を持てなくなっていたセインよりは、圧倒的にマシな考えだとも言える。

 それにどうやら時代はつるつる顎ブーム。例を挙げるとアルフレッドは綺麗に毎日丁寧に髭を剃っている。

 噂によると、王子殿下両名も髭を剃っているらしい。


「…よく見たら違うって分かってるし。ていうか、今までは手を抜いてたってこと?」

「そうっすよ。おいらはあくまで人間にしては手先が器用なだけ、すから」

「ふーん。まぁ、いっか。結構フィットしてるし、いつもみたいに転ばなさそうだし」

「失敬な!手を抜いたって言っても、裾の長さくらいは考えて…。ん?」

「だって実際…、うん。今は遭遇確率50%。多分、あっちも考えてると思う」


 見た目は完全に彼女の彼は、金糸のような長い髪からツンの偽物の耳を立てて、ふぅと息を吐いた。

 マニーと森の中を歩くのは初めてだから、相棒の感性に目を剥いた。

 すると彼は肩を竦めて、まだまだ無知の人間に教える。


「なーに言ってんすか。おいら達ドワーフも、元々森の住民っすよ」

「え。そうなんだ」

「勿論、今は人間とあんま変わらないっすけど…。毛深いのとチビって以外…」

「でも、感性は残ってる…のか。マニー、これ、どう思う?」

「どうって…。普通に考えたらエメドラゴに近づきたくないけど、セインちは気になるって感じ。十中八九、ゴブリンすね。それとこの奥はグレイボアの生息地。見た目は猪っすけど、肉食っすから気を付けるっすよ。あと、念の為にこれを持っとくっす」

「ん。これは?…生存率が上がった…けど」

「避矢のアミュレット。あのエルフの娘みたいに精霊の力をフル活用、なんて芸当は出来ないっすから、本当にお守りみたいなもんす」

「え。でもあ…、ありがと」

「その顔で感謝とかいいっす」


 セインはつい頬を染めていた。

 ときめいたとかそういうのではなく、なんだか嬉しかったし、不思議な感覚があった。


「えっと、一旦東に進んで、竜の巣だっけ。…じゃあ、進むよ」


 8歳の時とは違うけど、違う意味で頼りになる誰かに見守られる。

 マニーの身のこなし、腕力はお墨付き。しかも、冒険者での経験か森を歩きなれている。


「任せるっす。あのエルフのお姫様も言ってたし」

「んー。あんまり実感ない。なんで、俺なのか。半分以上はあのエステリ卿の判断って言ってたし」


 去り際に救世主様が言ったのは、


 私はまだ人間を良く知らないけど、セインになら任せられる。

 多分、セインが一番うまくできると…思う。


 だから、エステリ卿の計画に同意したらしい。


「問題はあの白髭っすよね。2回もセインちが囮なのに生き残って、なんかもう殺したいが勝ってるって感じ」

「公爵様は俺の両親を国賊にしたがってるって、サロン様も言ってたし。俺の出自も知ってるって。…でも、あの人。何かに焦ってるって感じなんだよな…」

「セイン。…そろそろグレイボアの縄張りっす」

「ん…、分かってる」


     □■□


 上から大まかに見るとひし形の森。

 今日はその北側にいるというエメドラゴの巣の一部を持って帰るという任務。

 ただ、それをするのはセインでもマニーでもない。

 王家の人間とその騎士団が、救世主様の前でやってみせるという。


 因みにこれはかなり危険な任務、だが伝統的な儀式の一つ。

 まだ、封建制度が定まっていない時代は、王に求められるものは力だった。

 ドラゴン退治とまではいかなくとも、ドラゴンの巣から何かをとってくる、というのは人々から尊敬される行為だったに違いない。


「王族と救世主様は配置についた、かな」

「ついてないっすよ。多分、セインち待ちっす。ドラゴンが離れていくのは遠くからでも十分に見えるっすから」

「エルフの言うことを聞いてくれるらしいドラゴン…。ま、いい。最初はドラゴンの方にはいかないし」

「セインち。えっと…」

「マニーはここに居て。俺行ってくる」

「な。一人でどこに行くんすか!この先は」

「し…」


 セインは人差し指を立て、反対の手にタリスマンを握っていた。

 それは何度も目にしてきた例の「スーチカ」の使用。


「…大丈夫なんすよね」

「多分…」


 セインのスーチカは、余りにも特殊な力だ。

 森の経験も力も経験も上のマニーの足を止めるには十分。

 勿論、一人になる危険はどちらにも存在している。


 まぁ、セインちが言うなら…


 マニーは一応、周囲を警戒して人間の背中を見送った。


「おいらが無理やりついて行く方が危険…すね」


 アルフレッドはセインをとてもとても気に入っているが、タイランも負けないくらい気に入っている。

 タイランが気に入った理由は勿論、あの森のあの場面である。

 ボスゴブリンが居たのか、帝国の人間が居たのかは分かっていないけれど、セインは足を射抜かれて、行動不能になった。

 それだけで、彼の装備を用意したマニーには、相手がただのゴブリンではなかったと言い切れる。

 コボルトとゴブリンに襲われる場合、一番怖いのはゴブリンお手製の矢。

 ゴブリンが狙いそうな場所はキッチリとアーマードレスで補強済み。


 それ以上の力で射抜いたか、間隙を狙ったか、それは分かんないすけど、おいらの装備もきっちり見抜いての一撃に違いないっす。


 射抜かれたことはショックだが、それはそれ。

 重要なのは、あの後のセインの行動だ。

 獲物を敢えて生かした状態にして、助けに行った者たちを仕留める。


「それ自体も人間対人間ならありそうなこと。だけど…」


 その罠にセインが気付けたのは、多分あの能力によるもの。

 自分が助かるかもしれない状況で、助けに来た仲間の生存率を見定めた。

 そして、「罠だ」と。

 だから「来るな」とタイランたちを止めようとした。

 結果として、エルフの精霊魔法によって助かったのだけれど。


「来るってのも見えてた?そんな風には思えなかったっすけど。…どっちにしてもおいらには絶対に無理っす」


 セインに聞けば、「父さんと母さんは王の盾。だから俺は救世主の盾になる」だのなんだの言う。

 けれど、彼の父と母は見事に当時の第二王子を連れ帰ったから賞賛された。

 つまり生きて帰ったのだから、状況は全然違う。

 でも、セインは八歳の時、父親に命がけで助けられた。


 なんて、マニーは思っていない。

 それどころか、生きているだろう証拠は、ルテナス議会よりも先に伝えていた。

 思い込もうとしたところで、そうかもしれないという疑念が心のどこかにある筈。

 だけど、18歳の青年はちゃんと「来るな」と言えた。


「だから問題は…」


 そこまで考えた時、マニーの考察はセインの父と母に向けられた。


「セインの両親は、セインに魔物寄せの薬を持たせていた。でも、宮廷魔法使いのサロンの話。それには考慮されていなかったっす。おいらは話してないし、セインが話すとは思えない。だから、考慮されていなかった。手違いってことになったっすけど…」


 修行の為に持たせたかも。

 いや、セインの剣裁きはハヤテの教えて多少はマシになったくらい。

 当時はまともな教育を受けていない。


 だったら、魔物にセインを襲わせるためとしか思えない。


「骨も残らないとされるコボルトの巣の近く…」


 あの時、グリッツ兄弟もヒルダもハヤテも、人間の親は我が子を見捨てることはしないと言った。

 でも、あの薬の成分を考えると、元々捨てる気満々だったとしか思えない。

 そもそも、食べさせようとしていたようにしか…


「ま…。両親を尊敬し続けてるセインちには言えないっすけど」


 因みに、マニーは「ゴブリンの誇りをそり落とすとは何事か!」と、父親から勘当されている。

 そして、母親は誰か分かっていない。


「ま。これからも頼むっすよ。おいらの救世主になるかもしれない相棒、セイン」

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