第26話 千万分の一でもいい・4

 屋根のないタイプだったから、立ち上がった御者の顔まで見えた。

 その整った顔は間違いなく救世主様の御尊顔。

 ただ、今は相棒に目が釘付けだった。


「絶対にバラすと思ったから、さっきそう言ったんすよ」

「じゃあ、本当にドワーフ…?でも、ドワーフって髭が」

「化けてるんでしょ。本性を現しなさいよ。金の亡者、ドワーフが何を企んでるのよ」


 確かにドワーフは金銀財宝が好きで、お酒も好きで。それに鉱物に対して異様な嗅覚を持ってて、手先が器用で

 マニーも出会った頃から、お金のことばっかり言ってて、色んなものを作ってくれて


 でも、今は…


「救世主様は俺と関係ないって言ったじゃないですか。…でも、マニーは俺の相棒です」

「ちょ…。それは…そうだけど」

「だったら、止めてください。…マニー。嫌だったら、俺は忘れる。何か理由があるんだろうし」


 すると、マニーは少しだけ目を剥いて、視線を逸らした。


「ええっと…、セインち。確かに秘密にして欲しいすけど、そんな真っ直ぐな目で見ないで欲しいっす」

「あ、ゴメン。あんまり見られたくないのか。だって…」

「髭はドワーフのプライド…。でも、それは古い考えで…」

「古い…って。そういえば、タイラン様もアルフレッド様も髭を剃って…、俺も。でも」

「でもも、おいももないっす!おいらはモテたいから、全身脱毛したっす‼その為にアルト王国に来たっす!それで足元見られて、大金とか色々請求されて、セインちの家の黄金のその為に…。だから…、そんな純粋な目でおいらを見ないで欲しいっす!」


 ツンツン頭にすべすべ肌の小男は、顔を真っ赤にしてそう言った。

 俺の顔をチラチラと見ながら。

 マニーは、人間に憧れて人間の国で脱毛処理をした。

 その時に、大借金を抱えてしまった。その結果、冒険者ギルドでお金を稼がなければならなかった、と


「え…、俺の家を壊したのも」

「そうっす。おいらの脱毛費用の為っス!その為にだけに…、ゴメン…なさい」

「ほうら。やっぱり‼ドワーフはお金の為だったら何でもする。私が言った通りじゃない」

「煩い。お前には言われたくない…。でも、その後もセインちの依頼金が美味しすぎて…」


 だから、俺を利用していた。

 その申し訳なさから、マニーはずっと俺に敬語というか、子分みたいな物言いをしていた。

 勿論、俺は固まった。…でも俺は。


「いいよ。謝らなくて」

「で、でも!」

「何度も助けてもらってる。それにお金のことはよく分からないし」

「ちょっと、セイン。本当にそれでいいの!?」

「…うん。いいです。それよりどうしてここに」

「そ、そうだ。もしかしておいらの正体をバラすために御者のフリをしてたのかよ!」


 マニーは救世主様に乱暴な物言いをする。

 彼女が関わる時は一歩引いていたけど、あまり良く思っていない?

 とは言え、救世主様もどうしてここにいるのか分からない。


「違います!どんな奴がセインを私に化けさせたのか見に来ただけ…だし。…私がいた方が私に似せて作れるでしょ」

「今のセインちの話は聞いてただろ。セインは女装したくないって。それに心配しなくてもセインちなら、ドラゴンの気を引ける」

「ちょっとマニー!流石にその言葉遣いは。それに俺一人でドラゴンなんてどうしようもないって」


 フードを目深に被っているが、マニーとバチバチと睨み合っているくらいは分かる。

 何故か最初から仲が悪いから、とにかく間に入るしかない。


「…エメドラゴはエルフの味方で、エルフの言う事は聞いてくれるし」

「え…、そう…なんですか?」

「だったら自分で行けばいいのに」

「私は人間の王子様と一緒にいないと行けないから…」


 その瞬間、俺の胸は俺の意思に関係なく締め付けられた。

 関係ない。関係ない。これは世界の為。

 その言葉で埋め尽くさなければ、息絶えそうなほど。


「マニー。救世主様がそう仰ってる。…俺が上手くいくようにお願い…できる?」

「まぁ、セインちが言うならいいっすけど。エメドラゴの巣はおいらも興味あるし」

「じゃ、そういうことだから。さっさと私の外見を覚えなさい。早く帰らないと、抜け出したことに気付かれるの!」


 そんな救世主様の言葉を聞いて、俺は一つだけ考えを改めた。


     □■□


「な。マニー。えっと」

「エルフとドワーフは昔から仲が悪いんす。でも、今のドワーフはどちらかと言うと人間よりで、エルフは神の民と呼ばれるくらい上」

「それでさっきは」

「あっちはそうかも…。でも、おいらは…」

「ん?」

「いや、なんでもないす。それよりどんな感じっすか?」


 実はドワーフだったマニー。

 彼女が帰った後、セインは救世主リーネリアに化けた。


 その結果。


「なんか…、凄い。今までのマニーは」

「ま。手を抜いてたっす。それにおいらの種族を知ってるのは兄貴達とヒルダ姐さん、あとハヤテっちくらいっす。あと…」

「俺…?だ、大丈夫。俺は」

「はぁ。セインの話じゃないすよ。ルテナスの一部は知ってると思うっす。だから、おいらの同道が許されていた」

「うーん。それはそうかも?俺には全然分からないけど」


 そんなことより、彼の御業に唖然としていた。

 今まで生き残れたのも、間違いなくマニーのお陰。


「セインち、気をつけるっすよ」

「うん。絶対に言わな」

「アルフレッドとその姿で会ったら、本気に惚れられる」

「って、そっち!?」

「当然っす。それにおいらはセインちのこと、結構信用してるっす」


 セインが少し頬を褒める。

 これだけで、千人くらいの男が恋に落ちる。

 そこで、セインは考えた。


「もしかしたら、サロンってヒトも」

「あー。アレは別モノ。多分、関わらない方がいいやつっす。…あ」

「な、なんだ?」

「いや、なんでもないす。ちょっと、この先が楽しみって思ったっすかね」


 ツンツン頭…これもドワーフ特有の太く硬い毛質だったのだがら、彼は焦げ茶色の瞳を森に向けた。

 魔法具と聖火の篝火で、ある程度の安全は確保されているが、魔物がその気になれば基本的に無駄だと彼は言った。


「日が昇る前に…出発。東から森に入って、エメドラゴに近づく。えっと…」

「心配しなくてもおいらも同行するっすよ。もう、セインに隠してる事は殆どないっすから」

「助かる…。でも、見たことないから…」


 セインは流石に緊張と恐怖が隠せていなかった。

 宮殿の屋上は、やっぱり偽物の森だし、大きな敵が見えた時には、彼女がいたから。


 でも、今回は森の中のドラゴン。想像なんて出来るわけがない。


「少し寝るっす。…おいらがちゃんと起こすっすから。この魔法具で」

「…うん。それじゃ、そうさせてもらう」


 セインはそう言って五分あとには、寝息を立てていた。

 彼の表情がいくらかマシになったのは、マニーの目線では、ハッキリ分かった。

 その気持ちはちゃんと理解している。


 でも


「セインち。それでもおいらはエルフが許せないっす」


 遥か昔の神話を引っ張りだして、という意味ではなく


「その為に…、セイン。まだまだ利用させてもらう…す」

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