第25話 千万分の一でもいい・3

「今の話をしてください‼」


 という紫魔女の一言で、話は元に戻った。

 そして、ここからが核心である。


「元々、同じ船でやって来た。…でも、帝国だけが開拓が可能だった理由?」

「それが十年前にやっと掴めた。三百年前までは同じ道を辿っていた四つの国。だが、帝国と名乗った理由と繋がっていた。あの国は真の意味の中央集権制になった。…という話だ」

「中央集権制…って、この国も同じ?」

「いや、違う。国の頂点が三百年変わっていない。真の意味でな」


 真の意味。つまり不老不死。最近知ったこと。

 先日、森の中で神の民と出会い、彼女を知った。

 となれば…


「つまり神の民が皇帝に…?」

「いや。人間という話だ。我々もそう思ったからこそ、今から約20年前に不帰の森深くに決死隊を送り込んだのだ」


 この20年前という言葉に、セインは目を剥いた。

 決死隊という言葉は知らなくても、その時期に活躍した人間を二人知っている。


「そうだ。セインの父と母。ケインとセイラが当時の第二王子を守った決死隊だ」

「不帰の森に…。あの時よりももっと奥…かな」

「大樹の麓と聞いている。神の民に話を聞いた。そこで神の民の間で起きた、奇妙な出来事を知ることになった。それは」


 今起きている全ての元凶であるとアルフレッドは言った。

 アルト王国が本当の意味で終わる理由だとも語った。

 ただ、その途中で


「はい。そこまでです」


 魔女によって強制的に終わらされた。


     □■□


「ちぇー。折角良いとこだったのに続きは?」

「続きはお二人には関係ありませんよ。セイン君のご両親の活躍。帝国の秘密。平和を齎す為にリーネリア様が必要。その理解で問題ありません。それにね、そもそもアルフレッド君にも詳細は伝えていませんし」


 二人には関係ない。その言葉だけで俺は興味を失った。

 父と母の話が聞けたことは嬉しかったけど、胸に空いた穴は埋まらなかった。

 第二王子は守っても、俺は守ってくれなかったとか、変な方向に考えてしまったから。


「うん、いいよ。関係ないし」

「あらあら。セイン君はイイコね」

「で、俺は何をしたらいいんだ?」

 

 そして、今回のミッションの内容の方が明かされる。


「うんうん。お姉さん、嬉しいです。ミッション内容は翠水晶龍エメドラゴの巣から取れる、大トルネの葉と枝です」


 ただ、全然ピンと来ない言葉。

 だけど、相棒の方は


「はぁぁああ?何を言ってるんすか。いきなりミッション上がり過ぎっすよ‼」


 ちゃんと理解していた。

 流石は相棒と言いたいけれど、返事が穏やかではなかった。


「エメドラゴって?」

「名前の通りドラゴンっすよ。大トルネの枝葉は地上からは採取が出来ないから、そのドラゴンの巣から取って来るんす。で、エメドラゴは大陸の北部、ここからだと北東部の森の奥にいるんす」

「ふーん。君は噂通り、物知りですね。」

「物知り?アルト王国だとド定番だと思うんすけど」

「え、そうなんだ」

「セインっちも知ってる筈っすよ。な、アルフレッド」

「あ、あぁ。そうだな。この街にも使われている」


 アルフレッドも知っていた。

 マニーがアルフレッドより立場が上っぽい気がするけど、それはさておき。

 流石に、ここまで説明されるとなんとなく分かる。


「もしかして結界?魔法具に使う…とか」

「そんなとこっす。流石に殆どの魔物は竜の巣には近づかないっすからね」

「結界って思ったより物理なんだな。魔法とかで見えない壁を作るのかと思った」

「だが、危険度はかなりのものだそ、セイン。遥か昔から竜の巣の素材集めは、王の試練の一つだった」

「そっか。ドラゴンを倒せるくらい強くないと。え…、つまりドラゴンを退治して、巣を手に入れる…ってこと?」


 不帰の森に入るだけじゃなく、ドラゴン退治も行う。

 ハッキリ言って、想像が出来ない。教会で司祭様に聞いたような、聞いていないような。


「正解!…と言いたいですが、流石にそれは危険が多すぎます。そもそも、今回はユヒト殿下とウラーヌ殿下もいらっしゃいますし」

「ユヒト…殿下?」

「第一王子と第二王子っすよ。…ってか、それは流石に引くっす」

「あ…、確かに…。流石に不敬だな」

「いいのですよ。採取するのは王子様ですから。伝統的な王の儀を数世代ぶりに行いたい、という強い申し出がありました。ですので例により、お二人は別行動です」


 ここで俺は本当のミッション内容に辿り着いた。

 素材の採取を他の誰かがやるというと、今までの傾向をあわせたら誰でも分かる。


「つまりドラゴンのひきつけ役…か。俺は嫌われているって分かってるけど、どうしてマニーまで」

「そんなの決まってるっすよ。北東の森ってことは帝国の目に届くかもしれないっす。馬鹿みたいに同じことを繰り返すつもりっすよ」

「あ…、今回も女装…。救世主様として、俺を殺したいわけだ」

「私は殿下に同行することが決まっている。今回も済まない…。私がセインを見つけたばかりに」



 俺の囮冒険は遂に殆どの方角を網羅、今回でコンプリートする。

 南から始まり、南東の森に入り、その少し北に行って、今回は北東。

 王族を待たせるわけにはいかないから、駅舎ごとに新たな馬車に乗り継いでいるし、その旅に御者も代わっている。


「あれ…、もうサルファの宮殿があっちにある」

「よく寝てたっすよ。少しは落ち着いたっすか?」


 今回はサルファ宮殿を越えて、その先。

 やっぱり馬車で移動しているけど、今回は御者がいる。


「ううん。多分寝れて…なかっただけ」


 イブの聖火が煌々と照らされているから眠れないと思ったけど、そんなことはなかったらしい。

 寝て起きたら、馬車も違っていた。


「運んでくれたのか、ありがと」

「いいっすよ。セインはこのバックパックに比べたら、鳥の羽くらいっす」


 今日も変わらず、巨大なバックパックを背負っている。

 その中には色んな道具や武器、それに…


「でも、今回はまだ変装しないんだ…」

「ん。して欲しかったっす?」

「そんなことない。ずっと嫌だったし。今も嫌だ」


 そして、俺はまだ不貞腐れたままだった。

 あのお方の事は関係ない、そもそも考えたくもない。

 だから、あのお方のことを頭から掻き消す。すると、今度は両親のことが頭に浮かぶ。

 父さんと母さんは関係ないどころか、大あり。

 だって俺の両親だ。しかも生きている。俺を迎えに来てくれないけど。


「それにしてもセインっち。本当にその短剣でよかったんすか?」

「ん。多分、これがいい。一番良かった」


 数値がね。


「ふーん。ちょっと貸してくれるっす?」

「ん」

「これ、左手用っすよ」

「知ってる。っていうか、マニーが教えてくれた」

「それはそうっすけど」


 早馬じゃないから、ユックリと揺られる。

 最近は馬車に乗っている方が長い気もしている。

 そして、この時間が今の俺の癒し。

 何もすることはないけど、景色は流れてくれる。


「これで良し」

「…え?」


 175。渡す前は110。単位は分からない。

 ずっと思っていたのは、マニーは特別扱いされているってこと。

 俺とマニーがセットなのは、冒険者ギルドが決めている。

 多分、グリッツ兄弟とヒルダさんはマニーのことを知っているって感じ。


「これ、何をしたんだ」

「今回はおいらも危なそうだから、ちょっと何かをしたっす」


 相変わらず、器用なやつ。

 まだまだ時間はあるし、偶には話でもしようかと思った。

 俺はマニーのことを結局何も知らない。

 流石に、相棒のことは知っておきたい。


「マニーってさ。何のためにギルドに入ってるんだ?もう、殆ど借金は返したって話だけど」

「んー。それもちょっと」

「え…。思ったよりも秘密主義だな。俺のことは色々知ってるくせに」

「王宮図書館に忍び込んで、おいらの情報を漁るといいっすよ。…って、どこまでバレてるかは分かんないっすけど。ま、そんなに知りたいならセインになら」


 そろそろバレるとか、何がそろそろなのか。


「バレるとかバレないとか。…そういう話だったらいいよ。俺はもう…」


 ここ数か月で、何度も抉られたからバレるバレないとか、暴く暴かないとかは嫌だ。

 世界平和だって、俺には関係ないし。

 今回だって、父さんと母さんが安心して俺を迎えに来てくれると思ったからで…


 これは決して強がりじゃなくて、本当に…


 だけど、俺のつまらない防衛反応はあっという間に崩壊してしまう。


「えー。いいじゃない。そろそろ女装するところを、私にも見せてよ」

「な…」


 関係ない。あのお方は俺とは関係ない!

 でも、どうして彼女の声が…


「はぁ…?おいらの技はお前に見せる為にあるんじゃねぇんだよ!」

「なんですって?アンタたちは私達のお陰で生きてるのよ」

「なわけねぇ!それに、お前みたいな若造はもっと関係ないだろ!」


 御者…、ローブ姿の御者から女の声がした。


「ちょっと待って。なんで…」

「セインッち。そろそろ目を覚ますっすよ。今回のミッション、セインちを連れて行く意味は全くないっす」

「いや、だって。俺を救世主様に見立てて殺せば」

「賞味期限はとっくに切れてるっす。セインちも帝国にいるのが人間って知ってるすよね。同じ作戦かわ通用する理由ない」

「でも、白髭の」

「あれは単にセインちを個人的に憎んでるだけっす。サルファ宮殿でセインちだけが危ない目に遭ったのは、間違いなくこの女のせいっすよ」


 マニーの口調に著しい変化がみえた。

 彼はいつも裏方で、救世主様と接する機会はなかった筈。

 だのに、彼は御者を指差し、この女のせいと断言した。


 そして御者は馬を止めて、ゆっくりと立ち上がった。


「私は単にそうしたら、って言っただけよ。そして、あの人間が喜んで実行に移した。っていうか、さっきから無礼よ。ドワーフの分際で」

「え…?…え?ドドド、ドワーフ?」


 ドワーフは知っている。

 グリッツ冒険者ギルドにも、アクアスの街にもドワーフはいたし、ドワーフ製の武具はどれもこれも高級品。

 父さんと母さんからもドワーフについては教えてもらっている。


「ドワーフって不帰の森の奥深くに住んでて、比較的人間と距離が近くて…。いや、でも…」

「セイン、もしかして気付いてなかったの?こんな土竜みたいな臭いをさせる種族なんて、大陸探しても土竜かドワーフくらいのものよ」

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