第24話 千万分の一でもいい・2

 セインは立ち眩みを覚えていた。

 宮廷魔法使いサロンはルテナス議会を代表して、ここに来ている。

 そして彼女は王の依頼だと言い、その口で王はケインとセイラの死を認めていないと言った。

 加えて、その場にいた残り七人も、マニーも含めて口を真一文字に閉めている。


「王も父さんと母さんが、俺を捨てて逃げたって言いたいのか!」


 その説は、マニーが言ったことだ。

 それから何度も考えていた。でも、父から伸ばされた手を思い出しては否定をしていた。

 あの後、襲われたのは自分がぐずったから。

 そのお陰か、そのせいか、彼女に出会ってしまったのだけれど。


 だけど、王家が用意していたのは、もっともっと酷い。

 最低の話だった。


「セイン君。君は捨てられたわけではないでしょう。お父様は君を逃がそうとした。君の証言もちゃんと記録に残っていますよ」

「だったら‼」

「ではお母様は?セイラはどうしたのかしら」

「十年前の戦いに参加した。そう聞いてる。そっちの方が詳しいだろ!俺は死んだってことしか知らないんだ」


 リーネリアは自分のことを関係ないと言った。

 三つの大切なものの一つは失われた。

 そして、残った二つも汚される気がして、セインは必至だった。

 だけど、母については誰かに聞いた話しかない。

 父のように森に入った姿を見たわけでもない。


わたくしたちも似たような見解でした。けれど、君の証言が加わることで、別の見解が生まれました」

「な…。俺の証言…がなんだってんだよ」


 何かおかしなことを言った?

 いや、そんな筈はない。だって、母親については何も知らない。


「セイン君。君は捨てられたのではなく、手違いで残されてしまった。私たちはそう考えています。そして…」


 そしてサロンは、スクロールを取り出しながら続ける。

 そこには地図が書かれていて、指で示しながら説明する。


「父親は南、つまりフォセ王国。正式名称はフォーセリア王国ですね。ケインはそちらに行こうと考えていた。ただ、子連れで不帰の森の踏破は難しい。そう判断されたのでは?」

「な…何を言ってるんだよ。確かに母さんのところに行けって言われたけど」

「そうです。そこに手違いがあったのです。何せ、セイラ…、私の姉弟子が向かったのは東の森です。セイラは南の森の方が容易く抜けられると考えていたのですから」

「え?容易く抜ける…?一体…」


 そんな筈ない。あの日は訓練をしてて、それから…


「あちゃぁ。そんなとこまで言ってるんすね。ルテナス議会だと」

「マニー。黙りなさい」

「分かってるっすよ。おいらはセインっちのことが心配なだけっす」


 ヒルダの声もマニーの声も聞こえない。

 そもそも、何が言いたいのか分からない。分かりたくない。


「でも…」

「でももホブゴブリンもありません。私の姉弟子が死ぬとは、私自身が思えないのです。彼女はきっと今も帝国にいます」

「は…?何の為に?それに父さんは」

「察しが悪いぞ、小僧。その時、帝国が攻め込んだ国はどこだ」

「姉上!」

「サロンも回りくどいぞ。余計に小僧が混乱する。中央政府はケインとセイラが帝国に寝返ったと考えている。この一言で済む話だ」


 セインの両肩、灰色の髪の毛が跳ねる。

 そして、トサカにも来る。そもそも、手違いの部分が杜撰すぎる。


「父さんと母さんはそんなことしない。俺はただ、魔物に襲われて父さんが囮になっただけだ」

「では、その証拠を提示して頂けますか?」

「そんなのあるわけない。でも、父さんと母さんは…」

「そうです。恐らく生きています。そして君は手違いで居残ってしまった。捨てられたのではない。良かったではありませんか」


 全然良くない。だって…


「父さんと母さんは立派なんだ。英雄な…だ」


 だけど…


「はぁ…。イチイチ、お前の言い方はまどろっこしい。それに小僧。お前も逃げるな。何のために十年もの間、お前の領地を保護していたと思っている」


 この事実は変えられない。


「そっか…。その時から俺は…」

「そうだ。中央政府も、二人がお前を迎えに来るのを待っていた、ということだ」


 王国自体も、二人が戻って来るかもと考えていた。

 それ故に、セインは十年もの間、森の中で引き籠ることが許されていた。

 やっぱり死んでいないって、直感は正しかった?え…


「直感…」


 そして、あの現象に繋がる。

 これが直感ではなく、『スーチカ』の力だったとしたら。


 ——父さんと母さんは生きている


 俺はそこに辿り着いてしまった


 十年、一人ぼっちだった事実は変わらないのに


「二人ともやめてください。セイン、お前の両親は帝国で何かがあって、お前を迎えに来れないだけだ。その可能性だってあるだろう」

「あぁ、きっとそうだ。だから、逃げるんじゃない」


 四人で来た理由は、きっとこういうこと。

 二人が糾弾役で、二人が慰め役。


 そして、慰め役の一人。タイランが険しい顔をしていた理由はこれだった。


「…だが、あの狸爺はそれを利用してきやがった」

「狸爺?…利用って」

「タイラン。ここは特別区だから何でも許される訳ではないぞ。…全く。どいつもこいつも感情的になり過ぎだ。陛下の言葉は単純明快。即ち、お前の働きによっては国賊認定から外して王の盾として今後も扱う、ということだ」

「俺の働き…?」

「うーわ。エグイっすね。セインっちを狙い撃ちじゃないっすか」


 そう。これは完全に狙い撃ち。セインの過去、そしてセインの性格と今までの生き方もひっくるめた包囲網。


 生きているが、この国には居ない両親を盾にして、セインに働かせようとしている。


 とは言え、やはり意味が分からない。


 だが、セインを狙い撃っているのだから、彼は


「…それで父さんと母さんが…、悪者にならなくて済むなら」


 そう言ってしまう。


「そうか。それなら良い。帰るぞ、愚弟。我らにはやるべきことがあるからな」

「…分かっております。アルフレッド、後は頼んだぞ」

「はい。アルベフォセの名において、完遂してみせます」


 ここで姉弟が退場。そして、セインは力なく膝から崩れ落ちた。


     □■□


 二人が帰ったということは、セイン以外にあと六名いることになる。

 ただ、二人が去った直後に。


「それではミッションに参加されるセイン君とツンツン頭君以外は席を外して頂けませんか?」


 サロンが愛らしい笑顔でそう言ったから、冒険者ギルドのグリッツ兄弟とヒルダも退席している。


「…え?マニーも?」

「そうみたいっす。ま、おいらたちはセット。予想は出来たっすけどね」


 理由はセインには分からなかったけれど、心細さがあったし、心の傷は抉られてるしで、それ以上は聞かなかった。

 そして、再び彼女が一言。


「では、アルフレッド君。君から現状を説明してあげて」

「私が…ですか?」

「それはそうでしょう。アナタが彼を見出さなかったら、今回のミッションは存在しなかったんだから」

「確かに…。では、私から説明します。中央と違っている部分がありましたら、ご指摘願えますか」


 サロンが軽く相槌を打って、世にも奇妙な話が繰り広げられる。

 少なくとも、セインにとってだが。


「セイン。国の成り立ちについてどれくらい知っている?」

「…前に創世記の話が事実って聞いただけで、あまり」

「そうか。ではそこからだな。私たちはここに漂流したと言われている。そして海を渡って、不帰の森以外の住める場所を探した。そして四つの王国が誕生したんだ。その後——」


 ここまではセインが聞いた通り。

 そしてこの先は、考えたこともなかったことだった。


「人間が増えすぎて土地が足りなくなる…。だからアルベの街の南側も発展したのか」

「あぁ。だが、それでも足りなくなる。その為には開拓が必要だった」


 とは言え、容易に想像がつくこと。

 けれど、この後に待ち構えていたのは、想像以上に酷い現実だった。


「開拓しようとすると、魔物が湧いてその分人間に被害が出る。しかも甚大な被害だ。するとどうなる?」

「…え?もしかして開拓の必要がなくなる…とか」

「その通りだ。そして、その時の指導者に責任が及ぶのは言うまでもないな。決まって、開拓の時期の後に王朝の交代劇が起きるんだ」

「そんな…。だったら、開拓しなければいいのに」

「セイン。トーチカ村の家と畑。どっちが大きい?」

「それは勿論、畑…。そっか。人間が増えれば、食べるものがなくなるから…」

「飢えは人間にとって大きな苦痛だ。それを解消できない為政者を民がどう思うか」

「不満を持つ…。だから、開拓を求める…」

「もしくは内乱が起きて、結局人間の数が減るか、だ」


 在り得そうな話。ただ、どこか他人事というか、別世界の話のようだった。

 その理由は。


「でも、今って丁度良いというか。そんな争いが起きてないっていうか。畑も大きいし、土地も…。もしかして、今は一度壊滅して戻っている時期…なのかな」


 現実と結びつかないからだった。

 その中間期なら、在り得なくもないが、ここで登場するのが


「帝国の影響だ。三百年前、突如としてミズガルズ王国は帝国を名乗り始めた。そして、ただ被害を出すだけだった開拓をも成功させた。帝国が開拓するとどうなるか、お前には分かるな」

「…帝国が開拓すると魔物がこっちに押し出される。だからアルト王国は開拓しなくても、人間に被害が出て」

「そういうことだな。帝国の開拓が、ある意味こちらの開拓の必要を失わせた。それが現状だ。帝国は好きな時に土地を増やせるが、我々はその度に魔物の襲来に怯える」

「その度にカナリア地帯が襲われる…」

「そして、アルト王国は内に内に向かうようになってしまった」

「内に…内に…?」

「要するに内乱だ。王の子が二人生まれれば、それぞれの陣営が出来る。権力の奪い合いにのみ力を注ぐ。そして、負けた方は城壁の外に追い出される。勿論、争わず、出家する身を選んだり、騎士の身を選んだりする場合もあるがな。私のように」


 それがここ最近のアルト王国。

 アルト王国は終わっている、というより詰んでいる。


「セインっちもアルベの街で、疑問に思ったんじゃないっすか?冒険者を雇ったのはアルフレッド様。領主様は全然出てこなかった。おかしいっすよね」

「いや、父上を悪く言うのは止めて欲しい。一応、金は出してもらえたんだ。乗り気でなかったのは確かだが。とにかく、いつの間にかそういう慣習が出来てしまったんだ」

「だから、セインっち。じゃなくてセイラっちに惚れかけたってことっすね」

「当たり前だ。魔物を翻弄し、民を守る姿こそ貴族が率先してするべきこと。だから、私はセインに惚れたんだ」


 そしてアルフレッドは声高らかに、セインに惚れたと宣言した。


「あのぉ。脱線してませんか?」

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