第23話 千万分の一でもいい・1
セインの精神は持ち上げられて、叩き落された。
考えてみれば、ただの憧れで、名前だって今回のことで知った程度。
「やったな!セイラ!」
嬉しそうに肩を叩く、アルベフォセの貴公子。
「良く生きて帰ってくれた」
と、泣きそうなオーランの貴公子。
「ま、おいらが作った装備があったからっすね」
ツンツン頭も珍しく柔和な笑みを浮かべている。
「それにしても叔父貴のやつ。空を無防備にしていたとはな。ここから見えていたが何もできなかった。マジで何考えてんだ」
「あ、そうだったんだ」
「私も抗議したが、無駄だったよ。それどころかイリス様に殴られた」
「え?殴られたって」
「やたらと不機嫌だったんだ。何か話を聞いていないか?」
「つーか、セイラっち表情暗いっすよ」
「え…、そうかな」
これを大失恋と呼んでいいのか、セイン自身にも整理がついていない。
セインにとっては、憧れの存在。
リーネリアにとっては、ただの人間。関係ない人。
そして、ここで彼の相棒が言う。
「セイラっち。エルフは高慢で鼻につく連中っすよ。そんな奴のことは忘れるっす」
「え?マニーは知ってたの?リーネリア様は…」
私ね。お姫様になるの。人間の世界に行くんだもの。お姫様以外は認められないわ
確かにそうかもしれない。
「神の民は神樹に住まわれる。神樹の上に神の住む世界があり、神の民は神の遣い。俺達人間を見下してるってのは違いねぇな」
「そして、この国が腐り始めたキッカケでもある。本当に嘆かわしい。父上も民よりも自らの安全を優先させたくらいだ」
そして、やはりお貴族様は知っていた。
リーネリア様が知らないことに驚いていた理由も頷ける。
それくらい、そもそも差があるということ、かもしれない。
「セイラ。どうだ?私の騎士団に入らないか。歓迎するぞ」
「ちょっと待て、アルフレッド。俺だって同じことを考えていた。セイラ、俺の方が良い待遇を用意できるぞ」
城壁の内と外で、温度が違う。
こっちは暖かく、あっちは冷たい。ねっとりとした気持ち悪い冷たさ。
因みに、アルベフォセは南に領地を持つ。オーラン領はサファーバーグ領の南東を割譲してもらったような形をしている。
彼らは今までの件でも分かるように、国を憂いてはいる。
でも、分かる通り蚊帳の外に置かれている。
「…っていうか、俺ってもう変装しなくていいんじゃ」
「はぁ。なんていうか、言い辛いっすけど、セイラッちはまだ暫くそのままっす」
「え?なんで?」
これは本当に目を剥くこと。
だって、任務は終了しているし、ずっと女装は嫌だし。
「…済まない。
ここもやっぱり目を剥くが、これ以上筋肉が動かなかった。
つまりガン剥きで、目をきょろきょろをさせた。
そして、いつの間にか小声で話をする面々。
「あぁ。君はまだセイラでいなければならない。マニーに聞かされるまで、私はほんとに勇ましい女性と思っていたから、不思議な気分だが」
やっぱりアルフレッドの方は、ちゃんと勘違いしていた。
タイランは流石に近くで戦ったから、気付いていた。
あのみょうちくりんな叫び声も聞かれたし。
「そしておいらもメイク役を続けろって命令っすよ。ま、ちゃーんと条件は呑ませたからいいんすけど」
「え、なんで」
「君が…、死ななかったからだ」
まだ、身代わり死は達成できていない。
それはそうだが、彼女は…。いや、サロン様だって言ってた。
で、白髭も顔を強張らせてた。
「確かにエステリ卿は俺を殺したいかもしれないけど、王様が来たら大丈夫って。実際、エステリ卿も焦ってましたし」
「な…。やはりか。やはり、そうなのか。やはり叔父貴も…」
そして、タイランの顔で俺の顔も強張った。
今の言葉へんだよ。なにが…
「も…なんですか。『も』ってなんですか」
彼らの家系のことは言っていられないくらい、精神がバグったまま。
貴族騎士の彼らにも食って掛かるセインの姿は、今まで見たことがないもの。
少し前の落ち込みを含めて、良くない状態にあることは一目瞭然だった。
だから、失礼な奴とは感じたりしない。少なくとも、ここにいる三人は思わない。
でも、流石に騎士団が近くにいる。
「マニー。セインを連れて帰れ」
「そっすね。おいらまでとばっちりを喰らうっす」
まだ、話さなければならないことがある。
けれど、大したことは何もなかった地上と宮殿の屋上とでは、疲労度がまるでことなる。
それも危惧して、三人はセインを一先ずは帰すことにした。
「セイン。私たちも危惧している一人だ。だから、次に会う時に色々話し合おう」
「だから、今はしっかり休め」
そして、セインは強制的にアクアスの街、グリッツ冒険者ギルドに移送された。
□■□
セインには帰る場所がない。
冒険者ギルドの倉庫が彼の寝床だが、これでも十分に良い扱いを受けている。
殆どの冒険者はボロ屋暮らしの中、お風呂もトイレも完備されている。
就寝時も一人で静かに寝ることが出来る。
ただ、今のセインにとって、一人の時間はとても辛いモノだった。
「俺には関係ない。俺には関係ない。俺には関係ない」
胸の痛みを抱えて、眠れない日々を過ごしていた。
最初から何もなかったのに、どうしてこんなに痛いのか。
彼には分からなかった。
「森で一度助けてもらっただけ。偶々、アルフレッド様の目に留まって、偶々囮役に抜擢されて、偶々生き残れて、偶々囮になって、また助けてもらって、俺は関係なくて、…それであのヒトはお姫様になるって」
全然分からない。
今まであったことを並べると、ビックリするほど関係ない。
だのに、こんなにも胸が痛い。
それに。
「0.00001%だって。一千万回生まれ変わっても、駄目ってさ」
どうしてあの時、思い浮かべてしまったのか。
あんなに麗しい救世主様と結ばれるなんて、思ってしまうこと自体が烏滸がましい。
「あぁ、なんてことを思ってしまったんだ。もう駄目だ。早く死にたい。消えてしまいたい」
コンコン!
「俺、どうしちゃったんだろ。なんで…」
コンコン‼‼
「へ?」
何度目かのノックの音の後、セインは自身の鼓膜の揺れに漸く気付いた。
「何を一丁前に頭抱えてるんすか」
しかも、ドアのこちら側。
「どど、どうして部屋の中に‼い、いつから…」
「最初の一回はちゃんと外からノックしたっすよ」
「最初の一回って鍵は」
「掛かってたっすよ。だからヒルダ姐さんに借りてきたっす」
「な、なんで?ヒルダさん、どうして」
「はぁ…。色々言いたいっすけど、セインっちはお貴族様を待たせるほど、偉かったっすか?」
「そ、そんなわけないだろ。俺には何の価値もないんだから!」
見るに堪えない姿の男に、相変わらずのツンツン頭は肩を竦める。
「だったら、早く起きるっすよ。そもそも、おいらの方が先輩っすよ。ランクも高いし」
「…そういえば、なんで俺に対してもその喋り方?」
「意味はないっすよ。さ、貴公男子様と貴公女子様がお待ちですよ」
「え…?なんて?」
セインは目を剥いて、我が耳を疑った。
だけど、マニーはそれについては何も言わず「顔洗うっす」と部屋を後にした。
「…もう日も昇ってる。でも、今の俺って何も言われてないし」
言われてなくても、働かなくてはいけない。
今はお疲れ様、という恩情で生かしてもらっているだけ。
バシャッと雑に顔を洗い、ささっと髭を剃って鏡を見る。
「酷い顔」
ただ、だからと言って、何をしたらいいかも分からない。
王の盾を目指し、救世主の盾を目指し、その救世主は無事に王都に入った。
十分に誇れることやった気もする。
「十年森に籠もって、そこから引き摺りだされた無知の人間にしては…」
「セイン。アンタに依頼よ」
客間に入る直前、ドアノブに手を掛けた時、内側からヒルダに声を掛けられた。
やることはやった?いや、実はそうでもない。
彼が勝手に失恋しただけで、世界は何も変わっていないのだ。
ガチャリとドアを開け、怪訝な顔でのそっと入る男に八人の視線が集まった。
「え?これは一体…」
「お前な。疲れているのは分かるが、もっとシャキッとしろ」
「まぁまぁ。彼はずっと我々に振り回されっぱなしだったんですから」
タイランとアルフレッドは分かる。
いつか来ると言っていたし。
「あらあら。酷い顔色ですわね。一体、どうなさったのでしょう」
「フン。まさか男だったとはな。まぁ、その様子では男も女も変わらんか」
年齢不詳の魔女と、怖いタイランのお姉様が座っている。
あとはグリッツ兄弟とヒルダとマニーだ。
そしてよく見ると、とても豪華な客間に案内されている。
「いや…。なんで…」
「なんでって姐さんの声、聞こえなかったっすか?セインちに依頼っす」
「そうなんです。今回は私たち。ルテナスの議会からの依頼なんです」
「ルテナス…?えっと王様のお城がある都市…だっけ」
「サロン、もっと分かりやすく言ってやれ。陛下からの依頼だ」
「な…」
伯爵家、公爵家と来たから、次は王家。そんな安直な。
確かにサロンは、自分は宮廷魔法使いだと言った。
だが、実はセインにとって、とても好都合な展開でもあった。
率直に言って、セインはニートに戻りたかった。
その為に何をすればいいか、なんてマイナスな考えが堂々巡りの自己中心的失恋の副産物として生まれていた。
「それは嫌です‼」
「はぁ?ちょっと何を言っているのよ、セイン」
「てめぇ。アクアス市の特権を忘れたのかよ!」
それは重々承知。グリッツ冒険者ギルド様には大変お世話になりました。
だけど、嫌なものは嫌。王の為の働いたら負けだと思っている。
そして、この理由は実に明白なのだ。
「俺の両親の葬儀に王族は何もしなかった。マニーって色々調べたんだろ。だったら、その証拠だって残ってる筈だ」
「な?てめぇ!それが理由になるとでも」
王の盾と呼ばれていたことは、ここにいる皆は知らないかもしれない。
でも、サロンは確実に知っている。
勿論、一個人になったセインにこんなことを言う資格はない。
「分かってる。でも、嫌なんだ。俺は父と母を誇りに思ってる。だから、王の頼みっていうなら絶対に聞きたくない」
だけど、心情的にそれは確かなのだ。セインはずっと王の呼び出しを待っていたのだ。
「王の盾。ケインとセイラの息子…。俺もお前の正体を知った時は、何となく納得したものだ」
「私もです。流石にアルベフォセはその名を知るものも多いですしね。確かにセインの心情は分からなくもない」
タイランとアルフレッドは、それを知って尚、険しい顔だった。
平民上がりの騎士、その息子に文句を言う資格はないのかもしれない。
それでもセインの意志は揺るがない…
筈だったのだが
「ええっと。セイン君、宜しいでしょうか」
「…何を言われても俺は」
「王家が参列しなかったのは、まだ王家がケインとセイラの死亡を認めていないからですよ」
セインの寝不足で血走った目がぎょろりと動く。
「何を言ってるんだ!だって実際に」
だが、宮廷魔法使いサロンがその程度で動じることはない。
「教会はそう見做した。…それだけですよ、セイン君」
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