第22話 麗しのエルフ・5

 半眼で睨むフードの女。

 目を剥く金色の髪の女モドキ。


「え?」

「え?じゃないわよ。どうして私の偽物がソレを持っているのかって聞いてるの。アナタ、あの子のお父さん…には見えないわね。お兄さん?それとも…、盗人」

「え?」

「だーかーらー」

「このタリスマンは俺の…、っていうか」


 そう、彼女は


「俺の変装が効いていない…?」


 いや、そっちではない。けれど、セインにも気付けない理由がある。


「そんなのバレバレ。あからさまな変装だし。臭いし…。あ、思い出した。あの傷薬も」

「あ、傷薬!塗っとかないと、化膿して大変なことになるから」


 と、青年は鞄から例の傷薬入れを取り出した。

 それを傷口に擦り込むように塗る。


「仕草も…同じ…。光の精霊、この男の正体を写し出して」


 女が手を翳すと光の粒子がセインに纏わりついて、セインの本当の姿を浮かび上がらせた。

 因みに、セイン本人は気付いていない。


「灰色狼と同じ色の髪。やっぱり親族ね。ね。貴方と同じ灰色狼と同じ髪の色で、これくらいの子供がいるでしょ?」

「南西の森俺と同じ髪の色…、トーチカ村の辺り。そういえば同じ髪の色は見たことないかも」

「嘘よ。私はちゃんと森の外まで…。家族にちゃんと会えたかどうか気になっ…、…え?もしかして貴方、森で迷子になったこととかある?私が助けたのって」


 ここで漸く、セインも目を剥いた。

 ただし、まだ分かっていない。


「あ、あります。迷子になって、それで女のヒトに助けてもらって。似てるような気もするけど、人違いかと。だって十年前だし」

「…そう。十年も経っていたのね。それで、貴方はちゃんと家族には会えたの?」


 そしてリーネリアは流石に気がついている。

 これはセインが鈍いから、という問題ではなかった。


「…俺は…会えなかったです。きっとその子は会えたんでしょうけど」

「え…、会えなかったってどういうこと?」

「母さんもいなくなってて、その後十年、待ってたけど帰ってきてない…です。死んだ…って言われてるけど、俺には信じられなくて…。でも、どうして俺の話を」


 なので、セインは怪訝な顔で、リーネリアは頬をふくまらせている顔。


「って、まだ気付かないの?っていうか、私の顔、忘れたの?あんなに助けたのに!?」

「…え。あ、そうだ。リーネリア様にお姉様はいらっしゃいませんか?俺、あの時のお礼がしたくて」

「だから、それ…。…はぁ、そういうことね。人間の時間だものね」


 そして、リーネリアはゆっくりとフードを剥がした。

 すると美しい金色の髪がふわっと垂れ下がり、その黄金の波に抗うように、ピンと張った耳が現れた。

 ただ、それと引き換えに彼女の表情が死んでいく。


「これで分かった…でしょ」


 勿論、セインは目をひん剥いていた。

 そして、頭を下げた。


「本当にそっくり…。リーネリア様!俺」

「はぁ、何?」

「リーネリア様のお姉様に助けて頂いて、ずっとお礼がしたくて」


 ここで、


「…はぁ?だーかーらー!それは私って言ってるでしょ!」


 死んだ筈のリーネリアの顔が蘇った。


「え…、あのヒト?でも」

「ちょっと、何?ジロジロと」

「サロン様みたいに魔法で…」

「彼女と一緒にしないで!あんな珍妙な術、私は使わないわよ。…っていうより、貴方」

「珍妙な術…。そうだったんだ…」

「はぁ…。もしかして、神の民がエルフって気付いていないの?」


 そう。神の民はエルフ。

 一般的に知られていないが、知っている者はそれなりにいる。

 だけど、セインの境遇だと


「エルフ…?」

「もしかして…じゃなくて、エルフも知らない…のね」


 そうなってしまってもおかしくない。

 村人の顔と名前もよく覚えていなかったほどだ。


「エルフは人間のように年齢で外見が変わらないの。だから、子供の頃の貴方を助けたのは…」

「え…。歳を取らない…?そ、そ、そ、それじゃあ、本当に…、リーネリア様があのヒト…」


 そして、ここから遂にセインの物語が始まる。

 俄に顔が紅潮して、心臓がしっかりしろと叩き始める。


「そ。最初から言ってるでしょ、私にとってはこないだの事なんだから」


 これまでも、リーネリアの言葉でセインは力を発揮してきた。

 つまり彼の体の方はとっくに気付いていた。


「あ、あの…、その…、あ、ありがとう…ございます。俺…、貴女がいたから、生きて来れました」

「な、何…、突然…。…まぁ、いいわ。貴方がお父様とお母様に会えなかったのは残念だけど、思い残すことがやっと一つ消えた気がするわね」


 因みに、実は彼女もセインのことを想っていた、なんて都合の良いことはない。

 リーネリアはちょっとだけ関わった少年のその後が、気になっていただけ。


 だが、セインにとっては別。

 勿論、憧れでしかないのだけれど、憧れのヒトだと分かった以上、絶対に伝えないといけない。


「あ、あの…。リーネリア様」

「何?私はこれ以上話すことはないんだけど」

「俺にはあります…。ここはリーネリア様にとって…」

「良くない環境…。そんなことは分かってる。貴方に言われなくても、最初から知ってる…」

「だったら」

「王の言葉には逆らえない。勿論、私達の王。ブライ様には逆らえないから、仕方ないことなの」


 そして、リーネリアの表情は再び死んだ。

 その顔を見て、セインは首を絞められるような気持ちになった。

 エルフという種族がいて、その王がいて、人間にも王がいて…。

 モヤモヤする。


 ただここで、一つの転機が訪れる。


「でも、エルフを知らない人間がここにいたのは少しだけ嬉しい。今日はもう戻らないとだけど、また話をしましょ」

「え…」

「…嫌?」

「嫌じゃないです。俺…」

「そ。それじゃ、また来る。だから、死なないように頑張りなさい。今日は偶々、間に合っただけだから、…ね」


     □■□


 太い枝の上から見下す彼女はとても美しい


「ちょっと?呆けてないで逃げなさい。私の気が変わらないうちにね」


 彼女はあの時、そう言った。

 金色の髪を靡かせるリーネリアは、あの時と変わらず美しい。


「うん。…でも、今は違う。今の俺は逃げない」


 15…?15%も生きられる。だったら…


「こっちだよ。こっちに来いよ。俺を殺せって命令なんだろ?」


 ここに来るのは翼をもつ魔物。そして、鳥かごの中だ。

 天井はないけど、似たようなもの。

 真上からの攻撃は鉄格子の近くでは出来ない。

 少なくとも、真上より後ろからは来ない。


 タリスマンを最大限に利用して、距離を測ってそこに縦振り。


 ギニァアアアアアアア‼


「ほ…。当たった。…って、分かってるっての‼」


 リーネリアとの出会いは、セインの人生を変えるモノだった。

 当時はその出会いが、彼を森に縛り付けたけれど、今回は彼を生に縛り付けた。

 だから、戦い方そのものが変わっていく。


 そして、そろそろあの話をしても良い頃だろう。


「…私たちの王は人間が神の森を穢すのを良く思っていないの」

「森の中に住んでるんですから」

「その喋り方、やめて。私は救世主でもなんでもない。ただの一人のエルフだから」


 麗しのエルフは少し頬を膨らました。

 そして、彼女は軽く目を剥いた。


「うん。分かった」

「え?分かったって…」


 リーネリアの言うことなら、どんなことでも聞いてしまうセインは素直に言う通り。

 これにはエルフも驚いた。


「まぁ、いいわ。でもね、私たちから動くことはしない。王はそう仰った。だから…」

「リーネリア様が使いに出された…」

「そういうこと。神の民の力があれば、帝国を止められるという人間の言葉を信じてね」

「そりゃ、リーネリア様は強いから」

「そうだけど、そうじゃないの。人間の言葉を信じたの。エルフの力を手にしたら、人間は強くなるとか」

「え?力を?どうやって?」

「ね。私も信じられない。だけど、ここにいる連中はみーんな信じてる。だから、色々手伝ってる。血を取られたり、肉を切られたり」

「え?駄目だよ。なんでリーネリア様がそんなこと」

「でも、私は私の王の命令には逆らえないから」


 俯くエルフ。いつもの死んだ顔に戻ってしまう。

 そして…


「ゴメン。もう戻らないと!」


 風のように去ってしまう。

 とても短い時間。でも、これは希望。

 セインを変えるには十分すぎる希望。


 だけどその三日後にリーネリアは言った。


「もうすぐ王都に行くの。だから、もう話せなくなる…かな。でも、本当に嬉しかった。君は関係ない・・・・から、何も気にせずに本音を吐露出来るもの」

「それは…、そっか。王都に行く、結界があるところに行くってことは、俺の役目も終わり…」


 歩き始めたセインのアキレス腱を斬る、鋭い言葉「君は関係ない」から。

 流石にセインには堪えた。その理由を自分にも見つけたから。

 今のセインはアクアスの街の為に、彼女を守っている身。

 帝国がどうとか、エルフがどうとか、本来は全く関係ない立場だった。


 そして、ここで先ほど言った、あの話。


「そういえば…、セインは昔から謎の数字を口にしてたわよね」

「え…。えっとこの魔法具、タリスマンが、俺に俺の生存率を教えてくれるんだ。だから、あの森の時もリーネリア様から離れられなかった…んだ」

「ふーん。そのタリスマンがねぇ。もしもお父様とお母様が生きていた時に目印になるっていう、ソレよね」

「うん。今も俺を守ってくれてる」


 何度かこの話が出てくるが、このタリスマンではなくあっちの話。


「ね。生存率ってお父様かお母様に教えてもらったこと?」

「…ううん。これは俺の為に作られたかも分からないから。だから、今までの経験で…かな」


 今、セインとリーネリアは屋上。そこには椅子とテーブルがあったが、今は本来の使い方。つまりテーブルを挟んでそれぞれの椅子に座っている。

 そこで前のめりになって、リーネリアは言った。

 ちょっとどころではなく落ち込んでいるセインに向かって。


「うーん。だとしたらおかしいわよね」

「え?」

「だって、生存率5%とか10%とかを何度も経験してるってことでしょ」

「うん。そのお陰で」

「じゃなくて!それっておかしいわよ。その回数ごとに掛け算しないと。セインは一億とか十億分の一の確率を引いてることになるわよ」


 そう。実際に計算しているわけではないが、その通りなのだ。

 現状で5%だけど、こっちに行けば確率が上がるというのは、流石におかしい。

 というより、これは完全にセインの誤りである。


「その力は『スーチカ』と呼ばれているもの…だと思う。きっと生存率だけじゃないわ。他の数値を拾って、それをセインが勝手に生存率って思ってるだけ」

「え?スーチカ?」

「そ。だから、試しに他のことを考えてみなさい」

「他のこと…」


 そして、今のセインに思いつくことはただ一つだった。

 目の前の麗しのエルフ。リーネリアと自分が結ばれる確率。


 ——0.00001%


 青ざめる数字。絶対に無理と分かっていた心を一刀両断にする超超超低確率。

 っていうか、ほぼ0。


「どう?」

「え…、えと。リーネリア様の言ってる通り…だった」


 その言葉に満足したのか、エルフは立ち上がって階段に向かって歩き始めた。

 そして、歩きながら話。彼女の今後の予定。


「私ね。お姫様になるの。最初からその予定だったんだけど、他に試したいことがあるって言われたから、ここに留まっていただけ。人間の世界に行くんだもの。お姫様以外は認められないわ。だから、…私は大丈夫。それじゃあね、セイン」


 スーチカとかいう能力のせいで、勝手に振られてしまったセインには、軽く手を上げるくらいしか出来なかった。


 そして次の日。セインは無事にこの任務から解放された。

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