第21話 麗しのエルフ・4
ガシャン!!
「食事は…、適当に果物を食べててください。それではよろしくお願いします」
宮廷魔法使いサロンが柱を触ると、屋上の周囲に柵が飛び出した。
「え…、これも」
「無事、生き残れますよう、私も期待しておりますね」
天を突き刺した。
そう錯覚させるほど、鋭利な先端を持つ5mくらいの鉄製の檻だ。
一歩間違えたらが彼女は串刺しだっただろう。
そんな、檻の向こう側で微笑んでいる。
「生き残っていい…のか?さっきの」
「さて。それではお休みなさいませ」
不自然な紫髪の女は、俺の質問には答えずに階下に消える。
そして俺は不自然な危険地帯に一人残された。
「一体、何をすれば。そんなに救世主様が死んだことにしたい…ってこと?」
宮殿の外には篝火が焚かれ、城壁外の警備が始まったことが薄っすらと分かる。
ただ、その灯火は屋上には殆ど届いていない。
燭台があって明るいけれど、聖火、イブの炎ではないのだろう。
彼女は、いや公爵様は俺を生贄にしたくてたまらないのだ。
「好きにしていいって話だったけど、結局救世主様には会えずじまい。適当に食べていいって言われたけど、…数値がドンドン落ちてるから、あんまり食欲湧かない」
とは言え、カナリアは鳥かごから出られない。
今夜何か起きると決まったわけではないから、考えるくらいしかできない。
「凄く高そうな椅子…。テーブルもあるし…、え!水も流れてる。昼間は快適なんだろうな。もしくは結界…。あ、結界はわざと張ってないのか」
言ってみれば塔の上。こんなところに魔物が現れるかは分からない。
今日がその日なのか、一週間先なのか。
遅くはないと、タリスマンが教えてくれる。
「もしも、バレずにリーネリア様がここに来ていたら、もっと安全に…。…あれ」
俺は無意識に立ち上がっていた。
無自覚に檻の方に歩いていた。
燭台の炎に照らされて、不気味にそびえ立つ一本一本が槍になった鉄格子。
「今の状況だとピッタリ。だけど…」
鉄格子の向こう側、あそこを触ったら飛び出す仕掛け。
急いで向かったから、多分2週間くらい。
「その短期間に檻を?…そ、そうだよ。だって宮廷魔法使いだし」
そう思うしかない。だけど、胸がざわついた。
だから、根拠を無意識に探す。
例えば、鋼鉄の触り心地。例えば、急いで作った痕跡。例えば…
「…いや、そんな。嘘…だろ。予め設計されてたなんてこと」
この国は終わっている。
この言葉が頭から離れない。
「十年掛けて作った屋上の庭園。2週間前に急いで設置した檻…。そんなわけないじゃないか」
もしも庭園でなければ、もしも無機質な石造りなら、古い鉄材で急いで作ったかも、と思えた。
だけど、草花は生きている。木だって生きてる。
装置の土台の上まで生えているのはおかしい。
「そもそも無理だよ。ちゃんと設計しないと…」
答えは最初から分かっていた。だけど理由が分からないかった。
理由は今も分からないけど…
──05
「来た。…でも」
かなり前からここにいると危ないって予感はしていた。
森から離れているけど、遠すぎるってことはない。
少し前ならカナリア地帯があったけど、今はそこで足止めされない。
「まだ…、死ねない」
この事実に気付いてしまったから、死ねなくなった。
だって約束と違う。
「タイラン様は知って…」
いや。城壁内にさえ入らせて貰っていない。
あの人はそれなりの地位の騎士様なのに、アルフレッド様だって、伯爵家の息子で騎士様なのに。
「なんかないか?なんか…」
鉄格子の間から手紙を送る?
この宮殿は必ずしも救世主様、リーネリア様の味方ではないと伝える?
どうやって?
ここでピギャーという叫び。
直ぐに魔物と分かる独特の響き。
「はぁ。こんな宮殿の真ん中、塔の上でも飛べる魔物は来れるのか…」
□■□
デスクロウガーという前足を持つカラスのような化け物だ。
トーチカ村でも時々目撃される魔物。
ただ、村に二階建て以上の建物はなかった。
聖火に近寄れないから、目立った被害は畑が荒らされるくらい。
「でも、お前くらいなら…、どうにか」
燭台の灯りで僅かに見える一羽のカラス。
だが、デスクロウガーだって無策じゃない。
複数羽で獲物を狙うのが、彼らの定番攻撃で今も3羽が虎視眈々と狙っている。
ただ、セインの特殊な力はこんな時に絶大な効果を発揮する。
「5…?後ろか!」
前回の影響で、今回は羽のように軽いレイピアは貸してもらえていない。
だから、グリッツ冒険者ギルドに置いてあった安物のブロードソードを持ってきた。
それをセインはブンっと振り回したが、彼の剣技はまだまだ未熟。
でも、レイピアよりも大きくて目立つから、カラスの魔物の威嚇には十分だった。
「クソ。当たらないか…」
勿論、本人は不満だけど、実は効果てきめんだった。
とは言え、問題がないわけじゃない。
「ってか、空飛ぶ魔物って戦ったことないような…。えっと、これでも喰らえ!」
トーチカ村の近くの森は狼型獣人と人型魔物の縄張りだった。
木々を飛び回れるコボルトと、弓矢を使うゴブリンの方が、我が物顔でうろついていたから、小型の鳥魔物は殆ど見たことがない。
そもそも、届かないからどうしようもない、と庭園の小石を投げるが、まず当たらない。
どうする?燭台を持って、って固定されてるし!10だし!
「てぃぃいい!はぁぁあああああ!」
バサッ!
「やった!当たった!」
ここでなんと、適当に振った剣が一羽を撃ち落とした。
そして、中央の燭台に留まるのは良さそうに思えた。
目の前の敵は数値が高い。燭台の明かりと、燭台そのものを盾にすることで、立ち向かえそう。
加えて、背後に回られると低い数値が思い浮かぶ。
その度に
「こっちだ!」
と振り回せば、先と同様に追い払われる。
運が良かったのは偶々、一羽を打ち落とせたことだ。
ぶん回す行為が、威嚇に代わった。
「これを繰り返せば、いつか」
と、まるで死亡フラグのようなセリフをセインが吐いた時。
ドン!ガシャン‼︎
「へ…」
突然、目の前で何かが壊れる音がした。
同時にセインに暗闇が齎される。
「ぐ……はぁ」
勿論、壊れたのは燭台付きの石の台で、直後彼の体に強い衝撃が走った。
とは言え、流石はマニー特性のアーマードレス。
斬撃を衝撃に変えて、セインを吹き飛ばすに留める。
ただ、足が地面から離れて、暗闇の中を飛ばされるのは死を連想させる。
く…、このままじゃ…
「落ちる!こんなところで…」
セインは空中でもがいた。
すると、ガシャン、と背中にも痛みを感じて落ちる。
「痛っ。でも、そうか!」
暗闇で気付いていなかった。もしくは、心ここに在らずで考え事に耽っていたから、鉄柵の存在を忘れていた。
だが、まだ目が慣れていないから、何が起きたのか分かっていない。
分かっていないが、一つの事象には漸く気づけた。
数値がかなり低かったのは、こいつがいたからだ。そんなことにも気付かないなんて
そう。普段は村の畑の被害程度で済む小型の鳥型魔物で10なんて数値が出る筈がない。
もっと大きな、命を脅かすような魔物が最初からいたから、生存率10%だったのだ。
燭台がないと見つけることも出来ないから、燭台の死守が重要だった。
「って、考えてる場合じゃない。とにかく振る!」
そして、いつものてい!やぁ!の時間。
石造りの台を壊せるくらいの魔物。振っていればいつかは当たるかもしれない。
そもそも、振り続けないと不安で堪らなかった。
だが、生存率10は伊達じゃない。
ドン!と背後から衝撃が走る。それだけでなく、セインは思わぬ場所からの攻撃に派手に転んでしまった。
カラン
と、唯一の武器である剣を落として。
「しまった…」
なんてのは、大した問題ではない。
「ぐ…」と両肩に痛みを感じた瞬間に、悍ましい恐怖に襲われることになる。
さっきと同じ。足が地面を感じない。しかも、今回は吹き飛ばされたりしていない。
ただ、ただ、両肩に激痛が走っているだけ。
つまり
「クソっ!離せ!俺は餌じゃ……」
餌だ。それが大正解。エステリ卿が言っていた通り、魔物の餌。
もしもセインではなく、救世主様なら、コボルトの時と同じく行方不明扱いの死亡が確定……かも
「いや、そんなことはない!あの人は不思議な魔法を使うから、お前なんかに殺されない!くそ。こんなところで死ぬわけには…」
本当にこんなんで死んだことになるのか。
本当にこんな死に方で救世主様の盾と呼ばれるのか。
数値はどんどん下がる。どんどん上に運ばれている。
落ちたら死ぬ。連れ去られても死ぬ。彼女にサルファ宮殿は危ないと伝えることも出来ない。
なら、うまく城壁の外に落ちれば、即死しなければ、死ぬ前にマニーかアルフレッドかタイランに伝えられるかも。
何を伝えるかまでは考えてないけれど、
「攫われてたまるか!この野郎!この野郎!」
結局、何に掴まれているか分からないけれど、大きな鳥の足だと感覚で分かる。
だから、渾身の揺れをお見舞いする。
自らをブランコと見立てて、ブンブンと体を振る。
遠心力で骨と肉が引きちぎれて、遠くに落ちてそこで何かを伝える。
「そこまで出来て、やっと…救世主の…盾……」
落ちたら即死する。生存率はすでに0.1。
だからこれはセインの意地。
ここで。
「光の精霊。醜悪な魔物を照らして!」
聞き心地の良い声と、眩い光が周囲を包み込んだ。
セインの視界は真っ白。ただ、暗闇だから力を出せる凶鳥にとっては明るすぎる光だった。
キィエエエエエエエエ!
つん裂く鳴き声。それと共に両肩の痛みが少しだけマシになった。
直後、セインは無重力を経験した。
その後、ドシャ!バキ!ガササササササ…、と雑音と全身に痛みが走った。
「痛っ…、痛い痛い痛い痛い……、でも、生きてる?それにこれって」
そう、それって余りにも見事。
かなりの高さまで飛んでいたから、いろんな死亡パターンがあった筈。
だけど、切り傷と擦り傷で済んでいる。低木樹にとっては致命傷だろうけど。
「救世主様!」
「よそ見をしない!ガーゴイルよ。光の精霊の力で弱っているとはいえ、この程度では倒せないわ」
「ガ、ガーゴイル?それって…」
空中に光の粒子が漂っていて、今まで見えなかったものを照らしていた。
デスクロウガーが11羽と、真ん中に大きな獣と鳥を合わせたような魔物。
セインの体よりも大きな魔物。
「倒してみなさい。貴方は私の護衛なのでしょう!」
ドクン!と心臓が大きく唸った。
幸い体は動く。脳震盪さえ起きていない。
しかも、明らかに怯んでいるガーゴイルという化け物に向かって、セインは彼には少し重いブロードソードを思い切り振り下ろした。
ちょっと前に99という数字が浮かんでいたから、何も考えずに動けた、という別の助けはあったけれど、とにかく。
「やった。俺が…。いや、今のは…。あ、そうだ、救世主様!」
伝えないといけないからと、大きな声を出すとカラス魔物どもがバサバサと飛び立っていった。
もしかしたら、これで今回の計画も失敗に終わったかもしれない。
でも……
「しっ。大きな声を出さないで。私は貴方に聞きたいことがあったから、ここに呼んだのよ。…待っててもちっとも来ないし。で、魔物の気配がしてみれば、私の身代わり?私も舐められたものね。全然似てないじゃない」
「え…、そこ…ですか。それはその……」
「って、冗談よ。それより私は貴方に聞きたいことがあったの」
彼女は相変わらず、亜麻色のフードを被ったままだった。
救世主として現れたまま。そんな彼女が聞きたいこと。
それは
「そのタリスマン…。なぜ、貴方が持っているの?それはここから南西の村の男の子のものでしょう」
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