第20話 麗しのエルフ・3

 イリス・サファーバーグは、オーラン伯爵家の長女でサファーバーグ侯爵家に嫁入りをした、26歳の白銀の髪の女。

 夫のラマクはサファーバーグ家の嫡男であり、彼との子供が二人いる。

 エステリ公爵の妹である母譲りの白銀の髪は、アルト王国随一と言われている。


「貴様が女冒険者セイラか。愚弟が気に入っているからと見てみたが、美人でもなければ、ブスでもない。それに腕が立つようにも見えない。ハッキリ言って平凡だな。」

「そ…、そう…かも……です」

「まぁ、いい。タイランの気に入りでも、私は容赦しない。それに貴様には最も危険な場所の警護をするように言われている」

「です…よね…」

「はぁ…。なんだ、その腑抜けた声は。もっと腹から声を出せ」

「え…、いや…それは」


 絶対に俺が男ってバレる。


「…喉が弱いもので」

「加えて病弱か。…アイツの女の趣味を再教育せねばならんな」


 城壁外での二人の会話の通り、とても美しい人だ。

 で、喋り方っていうより声が大きい。ヒルダさんの方が喋り方って点なら男受けしそう。

 そもそも、この人。甲冑を着てるし、帯刀してるし。この人も戦えるんだ。


「ん?別におかしくはなかろう。このサファーバーグはアルベフォセ同様、元々は森林開拓の拠点だ。私はそこに嫁いだのだ。戦えねば意味がないだろう」

「え…、俺はまだ何も言ってないだけど」

「よく言われる陰口だからな。それは私にとって陰口にもならんと先に言っておいただけだ」

「…え?俺の小声…」

「無論、聞こえているぞ。だから、陰口も良く聞こえる。全く、迷惑な耳だよ。まぁ、戦いには役立つがな。では、早速警備についてもらおう。貴様はあの階段を上れ」


 この会話の間、タリスマンがずっと99と囁いていた。

 見た目、特に表情もそうだし、喋り方も自信に満ち溢れている。

 強さがあるから、こんな振る舞いが出来る。勿論、生まれ持っての高貴な血もあるのだろうけれど


「階だ…」

「上に別の者がいる。後はソイツに聞くが良い」

「え」

「返事は良い。さっさと上れ」


 ここで俺は、ん?と思った。

 さっきから、ある種の既視感がある。

 同じ場面というわけではなく、とにかく会話を被される感じ。


「えっと…。確か感情が昂ってると」

「聞こえてるぞ!余計な私語は慎め」


 タイランの姉であり、あのヒゲのオジサンの姪。

 これはやっぱり一族が抱える特徴。

 とは言え、これから不帰の森に入るわけでも、作戦に基づいて救世主様を迎えるわけでもない。


 焦っているのか、使命に燃えているのか…って、こっち見てる!

 あんま、目をつけられる訳にはいかない。

 間違いなく、城壁内は男子禁制。

 あのヒトが女のヒトだったからだと思うけ…ど


「なんだと?まだ説得できないのか?何をやっている。これには国の命運が掛かっているのだぞ‼」

「承知しております。一応、いくつかの提案には応じて頂いておりま…」

「他の案より、直ぐに実行できる方をなんとしても進めるんだ!」

「…分かっていますから。ですが、物事には順序が」

「ワシは順序の話をしておる‼」


 と、思ったら男がいた。

 件の髭オジサン、エステリ卿だ。

 神官?学者?誰か分からないけど、女の人相手にめちゃくちゃ怒っている。


 …って、やばっ。俺が絶対に会いたくないヤツじゃん‼

 あの時と同じように頭に血が上っているから、今のところ気付いてない。

 あのオジサンがアクアス市から特許を取り上げるって脅してるんだよな。

 俺のせいで…。だけど、謝りたくはないし。今のうちに…


 階段を上った先に、次の指示をしてくれる人がいるって言われた。

 早く探して、早く担当の場所に、…というところで


「君‼…殿下、お話の途中ですが失礼いたします」

「な。まだ話は終わっとらんぞ‼」

「リーネリア様の護衛が一番重要、それはご存知の筈です‼」


 どうやら彼女が担当者。つまり、あの白髭にも見つかる。


「…ぬ!貴様‼よくもワシの前に五体満足で現れたものじゃな…」

「え…、どういう」

「殿下‼護衛が最重要です‼…彼女は囮です。五体満足でないと意味がないではないですか」

「いーや。手足をもぎ取った方が、餌になろう」


 このオジサン。マジでヤバい。っていうか、餌?俺は魔物の餌役?


「彼女はカナリアです‼多少は抵抗してもらわないと意味がないですよ。…それに殿下の甥とアルフレッド。何より、リーネリア様の指名です。気難しい彼女をこれ以上不機嫌にさせることになりますが。陛下がいらっしゃるまで、それはそれは不機嫌に」

「ちぃぃぃ。仕方ない‼とにかく、急がせろよ。宮廷魔法使い‼」


 宮廷魔法使い…だって?何、それ。カッコよい。

 この眼鏡の女の人。王家に仕えてるってこと?いやいや、王の盾の方がもっと…


 なんて考えている間に、エステリ公爵は背を向けてのっしのっしと歩いていった。

 その様子を宮廷魔術師は眼鏡の奥を半眼にして睨んでいる。


 王国は終わっている。その言葉が頭に浮かんだ。色々、問題を抱えている。勿論、根本的には帝国の話だと思うけど…


「はぁ…。やっと行ったわね。流石の地獄耳もここまでは聞こえないでしょ」


 熱くなると話を聞かないってとこだけでなく、地獄耳も血族の特技らしい。

 それはさて置き、公爵様が奥の部屋に入った瞬間、彼女は俺に向き直った。


「宮廷魔法使いのサロンです、セイ…。えっと女冒険者の…」

「は、初めまして。さ、サロン様。俺…じゃなくて、私は女冒険者のセイラ…です」


 ここで俺の両肩が跳ねあがった。

 何かされたわけではない。

 彼女が単に一歩前に出ただけ。パーソナルスペースを一気に失ったからビックリした。


 だが、次に俺は目を剥いた。


「初めまして…は正しくないですよ」

「へ…。いや、だって」


 彼女が接近したのは、俺の耳元で囁くため。しかも…


「王の盾ケイン、そしてセイラの子…ですよね。一度、私と君は会っているのです」

「な、なんでそれを…」

「だって王の盾は有名人じゃないですか。でも、そうですね。当時に君はまだ赤子だったし、私も師に連れられただけですし」


 正直言って、声を失った。

 まさか、今になって知らない人から両親の名前を聞くとは考えてなかった。

 でも、王に近づいているのだから、知っている人間がいてもおかしくない。


 この辺りで色々と疑問に思うべきだったかもしれないけど、この時の俺の脳は全く仕事をしなかった。

 そもそも、俺が赤子なら彼女だって赤子。紫の髪の色ってのは不自然だけど、多分年齢は…


「あ、今。年齢のことを考えてますね。それは秘密です。アナタだって…、ね?」


 ビクッと肩が跳ねる。それはその通り。

 だからこそ、更に疑問を持つべきだったのかもしれない。

 けれど、この時の俺はバレてはいけない!という反射で、そんなこと考えもしなかった。


「器用な仲間がいるので…」

「素晴らしいですわ。本当に女の子にしか見えないんですもの。死地に赴くドレス姿の黄金のレディ。その実態は体型を隠すためと、急所を守る為の防具を隠すため。本当は色々調べたいところですが、本当に残念です」


 流石にこの頃になると誇らしくもあった。

 アルベの街では遠目に分かる程度だったけれど、不帰の森の時は自分でも驚くほどに女だった。

 既にバレていたのではと思ったけれど、やっぱりアルフレッドとタイランは気付いていない。

 タイランの姉、イリス・サファーバーグだって地獄耳は持っていても、男だと見抜けるほどの観察眼はもっていなかった。


 とは言え、彼女にとっては残念らしい。

 理由は以下の通り。


「それでは参りましょうか。…貴方の死に場所に!」


 ひそひそ話のトーンを止め、階下にも聞こえるように彼女は高らかに宣言した。

 これで先の髭親父の留飲も下がる、と言わんばかりに笑顔で階段を上る、二十歳くらいに見える宮廷魔法使い。

 そして数値が行ったり来たりする。90だったり10だったり。


 この人は強い。でも、これから連れて行かれる場所は危険。そういうこと…?


「あの…、サロン様…」

「おや、どうされました?」


 余りに意気揚々と階段を上るので、つい話しかけた。

 展開が早すぎるのと、救世主リーネリア様が気になったのと、彼女の言葉に疑問があったから。


「俺は何処に行くんですか?確か、護衛の任務だったような」

「あら。死をも恐れぬ黄金のレディらしからぬ発言ですね」

「死…死ぬのは怖くないです。でも、そうじゃなくて。まるで今から森の中に入るって感じだから」


 この感情に嘘はない。未だに俺は生きる意味を見出せていなかった。

 ただ、少しだけ贅沢にはなっていた。父と母の名前を聞いたからかもしれないけど、死に方には拘りたかった。

 王の盾じゃなくて、救世主の盾として。

 だから、ただ死にに行くのは違う。それに…


「ここって宮殿ですよね。それに城壁の外にはアルフレッド様とタイラン様が率いる騎士団がいて」


 階段の上に不帰の森がある、なんてことは流石になさそうだし。

 だけど、確かにタリスマンは危険があると言っている。

 その理由が知りたかった。今の話だと、まるで人間に殺されるような気がしたから。


 ただ、サロンは眼鏡をくいと押さえて、したり顔でこう言った。


「ついて来たら分かりますわよ。ちゃーんと死にそうな場所ですの。でも、自慢の一品だから、口で説明したくありません」

「え…?」

「ほらほら。あと少しですわよ。ここからはセイラさんが先に行ってくださいませ」


 まるで意味が分からなかった。

 階段の上に何かがある。それは数値が示しているのだけれど。


 これが魔法使い…。母さんみたいな…?

 確かに母さんも、魔法で俺を何度も驚かせたけど

 ん。っていうか、この人なら母さんのことを知ってるんじゃ


 と、思った矢先。俺は驚くべき光景に視線を奪われた。


「え⁉何、ここ。宮殿の上に森…?いや、森じゃないけど、木まで生えて…る」


 ただ単に屋上に庭園があるって訳じゃない。ずっと石造りだったのに、ここだけ土。

 しかも森の匂いが懐かしい。


「ふふん。凄くないですか?これ、私が作ったんですよ!」

「凄い…。魔法ってこんなことまで出来るんだ…」


 勿論、階段を下れば帰ることが出来るから、不帰の森ではない。

 不帰の森だって、現実にはもっと奥に行かないと真の意味で不帰ではないのだけれど。


「そうなんです。セイラさんの為にひょいっと…。っていうのは実は冗談なんですけどね。十年も掛かったし」

「え…、十年って?」

「あ、駄目ですよ。年齢を考えちゃ」


 十年前じゃなかったら、考えていたかもしれない。

 何度も何度も登場する十年前という言葉。


 つまりここは


「流石に気付きますよね。そうなんです。本当はリーネリア様の為に作った森風の庭園なんです。そして、それ故に今一番危険な場所です」


 森の奥深くに住んでいた彼女の為に作られた場所。

 同じ理由ではないが、似た理由で危険になってしまった場所。


「そっか。救世主様の命が狙われる。…だから、ここは」

「そうです。リーネリア様の来訪を知られている今、ここが一番危険な場所。今の王国には、空を飛べる者は私とそれ以外数名しかいませんので」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る