第19話 麗しのエルフ・2

 アクアスの街はアルト王国のやや南。

 王城があるルテナスは国の北西。

 と言っても、中央集権制がかなり進んでいるから、国の殆どが王の直轄地で、カナリア地帯も王の領地である。


「前は東に。で、今回は…やっぱり東」

「何言ってるんすか。東北東だから、全然違うっすよ」

「違わないと思うけど。だって南と東は不帰の森に囲まれてるって教えてくれたのはマニーだろ」

「そんな森か森じゃないかって…。ま、その通りなんだけど。救世主様が一番森に近い宮殿が良いって言ったみたいす」

「森の近く…。物好きなヒトだな」

「セイラっちが、ソレを言う?」

「俺にはちゃんと理由が…。みんな北に逃げたから、その理由もなくなったけど」


 森の南は友好国。北と西は海。

 そして東の森の向こう側にミズガルズ帝国がある。

 神の樹を伐採して、国土を増やしているという話だ。


「ま、いいや。そういえば、セインっちはリーネリア様にお会いしたんすよね。どんな感じだったっす?」

「どんな…て、それ言っていいの?アレだけ隠してたのに。隠してたから」

「もう、隠してないっすよ。帝国にバレたからもういいって」

「バレ…た?でも、俺はゴブリンを操ってた誰かを発見できなかったんだぞ」

「おいらを睨んでも仕方ないっすよ。どうせバレたって言ったのも、リーネリア様に決まってるんすから」


 セインは項垂れるしかなかった。

 記憶が蘇り、街中に結界が張られたアクアスで、ゆっくりと考えることができた。

 すると流石に見えてくる。なぜ、一瞬で死ななければならなかったか。

 帝国は魔物を使役出来るのだ。

 ならば、操られた魔物が現れた時点でバレている。

 正解はは森の奥に走ること、生存率5%以下の方に向かうことだった。


「だって、あの場で考えられなかったし」

「それはもういいッスよ。そもそもバレなかったところで、良い方向に転がるかは分からないんす。おいらたちは、ただのとばっちりの被害者っすよ。で、どんな奴だった?」

「はぁ…。一瞬しか見てない。でも、凄くきれいな人。俺と同じくらいの年齢だけど、凄い魔法も使ってた」


 元々才能があったのか、正しく学んだのか。

 同年代とは思えない。それはそう。


 だって世界を救うスゴイ人なんだ。


 だが、隣のメイクさんの表情は全く変わらなかった。


「で、他には。何処に住んでて、そこはどんな場所だった、とか」

「はぁ?…そんなの分かるわけ無いし。そもそも会ったのだって偶然だし。本当は森に戻ってこないって話だったし」


 だけど、戻ってこなかったら、多分力のない兵士は残らず死んでいた。

 そもそも助けに来なければ、こんなことにならなかったのかも。


 …いや、どうだろ。森を出るまで延々と誘導され続けてたかも。

 結構明るい場所だったし。直ぐに森から出られたし。


「ふーん。ま、そうっすよね」

「ん。って、興味あるんだ?てっきり、金にならないから、マニーは興味ないのかと思ってた。えっと…。俺が護衛する時に、もしかしたら聞けるかも…だけど」


 普通に考えたら、興味があって当然かも。

 でも、マニーはツンツン頭をこてっと傾けて、視線もスッと逸らした。


「いや…、別に。考えてみたら、一人でアルト王国に来てる。ってことは…」

「ん、一人で来たってことは?」


 そして、あからさまに興味を失くす素振りを見せた。

 流石に、ワザとらしすぎて、セインが即座に反応するが、彼はそっぽを向いたまま。


「あ…。なんでもないっす。それにしても、御者要らずの馬車まで用意してるとはね」

「え…。ほんとだ。どどど、どうしよ。いつからだろ?これ、大丈夫なの?」


 ただ、マニーの方が何倍もセインよりも上手だった。

 何も知らないセインよりも、何手も先にいるから、あっという間にセインは翻弄されてしまう。


「いつからって。さっきの馬宿で乗り継いだ後からっすよ」

「さっきの馬宿って…、結構前じゃん。勝手に馬が走りだしちゃったんだ…」

「セインっち‼ちょっと待つっすよ‼」

「だって。今回は失敗しちゃ駄目って…」


 セインの身長は175くらい。マニーの身長は150くらい。

 手も足もセインの方が長い。だけど、腕力はマニーの方が圧倒的だ。

 腕をグッと掴まれて、グイっと引けば、細長いセインの体は羽のように飛ぶ。


「痛っ!相変わらずの馬鹿力…。何をするんだよ!」

「何をするんだは、こっちのセリフっす。流石に鈍すぎるっすよ。この馬車はちゃんと目的地に向かってる」

「な…、なんで…。…え?あの馬が道を」

「よく見るっす。…いや、見えはしないすけど、はみが魔法具なんすよ」

「はみ?はみって馬に噛ませるとこ?手綱を繋げて」

「そ。それくらい金を掛けてるんすよ。情報は明かしても、どこに居るかまではなるべく教えたくないんす!」

「え…、すご。魔法具って凄い…」


 その後、セインはずっと馬を眺め、マニーは余計なことをしないかチラッと確認をした後、床に寝転がって寝息を立て始めた。


     □■□


 御者の居ない馬車を、セインは一時間くらい観察した後、変化がないと気付いてみるのを止めた。

 そして、マニーと同じように、荷台に固定された木製の椅子に寝転がった。

 左右に設置された長い椅子だから、丁度二人分。

 これだって十分におかしなこと。大人8人くらいは座れるのに、たった二人。


「この方向だと、サルファ宮っすね」


 マニーは寝転がったまま言った。

 幌がついているし、ついていなかったとしても空しか見えない。

 だから、セインは上半身を起こして、馬車の外を確認した。

 ただ。


「…サル…ファ?きゅう?」


 知らないから、見るだけ無意味。

 でも、これくらいは分かる。


「その名前は知らないけど、やっぱり前と同じ場所じゃん」

「ま。予想通り。前の拠点から北に行ったところ。三百年前に王族の城があったんすよ」

「三百年前って…、確か」

「帝国を名乗り始めた頃。それから開拓を始めた頃。でも、関係あるかどうかまでは分からないっす」

「…うーん。そっか。あ、騎士団がいる。…どうしよ。俺って失敗した張本人…だよ」

「大丈夫っすよ。セイン…じゃなくてセイラの評価、アイツらの中で高いっすから」

「本当に?…俺、その後のこと知らないからな」



 三百年より前だから、今とは国の在り方が違っていたのだろう。

 その痕跡はアルベの街にも見られた。

 当時は人口が少なかったからか、それとも上に立つ者の責務からか、民を守る為に王とその部下たちが、国の外を固めていた。


 サルファ宮殿のその痕跡の一つらしい。

 地図で説明してもらうと、森からの距離は南のアルベと似たような位置にある。


「セイラ殿!やっと来られたか!」

「久しぶりだな、セイラ。で、またお前も一緒か」

「セイラさんは戦い専門。小姓のおいらがいないと遠出は無理なんすよ」


 前回のセインは何も考えてなかった。

 その間に男達の関係性が構築されていた。

 女冒険者セイラは、勇敢で優秀な戦士だが、私生活も武具の手入れもズボラ。

 グリッツ冒険者ギルドに所属する、一番の細工師が彼女をフォローしている。


 …らしい。一応、一人で十年生きてたんだけど。

 ん、でも。食べ物はウメさんが…


 案外合ってる。優秀な戦士って部分以外は。


「成程な。だが、お前はここまでだ」


 え、とセイラの衣装のセインが目を剥く。


「ここまでって。サルファ宮どころか、まだ城壁の外っすよ」

「そういう決まりなんだよ。っていうか、俺達も同じなんだけどな」

「うーわ。マジっすか。野郎しかいない外テントで寝るとか…」

「文句を言うな。私たちがそれなりの拠点を構えている。城壁の外だが安全だぞ」

「ま。期待しないでおくっす。セイラっち。城壁内で粗相だけは勘弁っすよ」


 そして、相棒に対してもっと目を剥く。

 今回はもっと早く、マニーとはお別れで寂しいって思う。

 ただ、それよりも「知ってた」という顔の彼の表情。

 マニーは知っていて、セインは知らない。確かに可能性はある。


「セイラ殿はこのまま馬車に乗っててくれ。奥で俺の姉が迎えてくれる筈だ」

「タイラン様の姉君ってことは、オーラン家の出世頭っすね」

「ほっとけ。っていうか、噂通りだな、お前は。俺だって姉上に負けないつもりで頑張ってんだよ」


 それだけでなく、彼らを知っている。

 森から出た後か、セインが森に入っている間か、それともトーチカ村の下調べをしたのと同じか。


「ってことで、セイラっち。しっかりやるんすよ」

「イリス・サファーバーグ。それが俺の姉上だ。性格に難ありだが、俺にとっては頼りになる姉だ」

「イリス様。黙ってたら素敵な方なんですけどね」

「アルフレッド。お前」

「じょ、冗談です。今のは噂で…。私は黙っていなくても素敵な方だと思ってますよ」


 アルフレッドとタイランの仲が良いのは知っていたけれど、そこにシレっとマニーも入っている。


 冒険者の経験が違うし、マニーはグラムさんとグリムさんとも一緒に行動してるし、俺が気にすることじゃない…。

 でも、この場所の方が居心地が良さそう…


 そして、俺は御者のいない馬車に乗って、たった一人で城塞の中に入る。


 男である騎士団の入場が許されない場所。


 悪い予感しか浮かばないのだけれど

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