第18話 麗しのエルフ・1
森を出た後、セインが最初に目にしたのは半眼のツンツン頭にだった。
「マニー!もしかして待っててくれた?」
傷薬を塗ったとは言え、全身傷だらけ。
何度倒れそうになったことか。
そんな状態だったから、ツンツンの小男のツンツン顔に気付かなかった。
「当たり前っすよ!全く…、今回は散々だったっす!」
「え、散々?ここで何か…」
「嫌な予感はしてたんすよ!…って、その顔。全然分かってないっすね」
「分かってるよ。この世界は救われた。俺も頑…張って…」
そして、セインはぶっ倒れた。
マニーはその様子を見て、肩を竦めて溜息を吐いた。
「ったく。ここで野垂れ死んでもらっちゃ困るっすよ」
マニーには、こうなることも分かっていたので、荷馬車を用意していた。
寝ているか、気絶しているか分からない男を担いで荷車に投げ入れる。
「日が暮れる前に街道に行けるか、ギリギリ。はぁ…。おいらの目に狂いはなかった…、じゃ済まないんだよなぁ」
英雄気取りで寝ている同僚を、もう一度しっかり睨み付けて、もう一度溜息。
そして、マニーはドンとバックパックを置いて、そこから何かを取り出して呟いた。
「面倒臭いから、夜通し帰ろ。このまま捨ててもいいけど、…こっち路線でもおいらの目的には近付ける。だから、恩情をかけてるんすよ」
セインは荷車の上で眠り続けた。
マニーが呆れるくらい目覚めない。
馬を乗り換える度に、生きているかの確認もしている。
「…父さん、母さん、俺…ちゃんと…盾…」
こんな寝言を言ったり、
「ウサギが走ってたから…」
こんなのも言ったり。
「…ったく。なんで、ウサギ?それにしても相変わらず、過去に囚われて」
ただ、ここでマニーは今までに見せたことのない顔をした。
勿論、セインは寝ているし、誰も周りにいないと分かっているから。
「過去に…。それはおいらも…すね」
それから、御者の席に座って馬を歩かせる。
貴族が所有する良い馬ではないから、とても遅い。
公爵様の騎馬隊は既に領地に戻っているだろう。
もしかしたら、グリッツ冒険者ギルドに話が回っているかもしれない。
「あぁ…。考えないようにしよ…」
□■□
セインが目を覚ましたのは、グリッツ冒険者ギルドに戻った後だった。
彼は実に十日間も眠り続けていた。
「え…、ここは…」
だから、起きた時には大混乱していて、こんなことを言う始末だった。
「あれ…夢…?なんか壮大な夢だったな…」
「へぇ、そんなに凄い夢だったんすか?例えば、森の中で救世主様をお守りする夢、とか?」
「え…っと…。そう!そんな感じ!マニーも凄い装備を作ってくれて!」
ここまで来ると一周回って、呆れるしかなかった。
とは言え、これでは話もできないから、人差し指を部屋の隅に向けた。
「夢の中のおいらが作ったのはあんなドレスアーマーっすか?」
「そう!あんな…感じ……」
「きっと隼のレイピアも出てきたと思うんすけど、残念ながらソレはないっす。ちゃーんと返却したっすからね」
ドレスを見た時から、セインの時は止まり始め、レイピアの話で完全に止まった。
5分間くらいは完全に停止した。
「だーかーらー!夢じゃないっすよ!おいらだって夢であって欲しいっすよ」
「おー。やっと目が覚めたのか。目を覚まさないかと思って、ハラハラしたぜ。」
「え…っとハヤテ…さん?」
「契約違反者が目覚めてくれて助かったぜ。今、兄貴達を呼んでくる」
ここはアクアスの街。ハヤテさんもいた。
窓からの景色も不帰の森ではない。
今度は頬をつねったり、自分の体を確認したり。
「今度は何っすかぁ」
「もしかして死んだのかと思って…」
「いやいや、おいらは死んでないっすよ。森にも入ってないし」
「そ…か。森。アレは本当にあったこと。あ、そう言えば、借金返済…?よか」
「良くないっすよ!」
「え」
「はぁ…。詳しくは兄貴かヒルダ姐さんに聞くっす。おいらも帰ってきて、口が開いて塞がらなかったっすから」
「え…と。なんで…」
「なんでって、マジで思い当たらないとは。いいっすか、セインっち。今回のクエスト…」
セインはまだ、何も分かってない顔。
だけど、流石に目を剥くことになる。
「クエスト?だってクエストは」
「クエストは失敗っすよ。で、公爵様はお怒り。兄貴たちは何度も頭を下げに行ったんす。謝って済むかどうか」
「え!?な、な、な、なんで…」
「その説明はアタシからするわ」
ここでヒルダがやってきて、クエスト失敗の理由を事細かく話す。
誰にも見つかってはならなかったこと。
ゴブリンを操っていた者を逃がしてしまったことだ。
そして、重要人物がアルト王国に入ったことが他の国に知られた可能性がある事が告げられた。
とは言え。
「え…。だって、アレはアルフレッド様とタイラン様が迎えに。それでそこに救世主様が来て…」
セインに何か出来たか、といえばたった一つだけ。
一人になった時に、大人しく殺されるしかなかった。
ただそれも、出来れば生きて帰ってほしいと言われている。
「セインが、言いたいことは分かるわ」
「おいらもヤバイって思ってましたもん。あの二人は最初から、このクエストに不満タラタラで予定外の行動をしそうって思ってたっす」
「だったら…」
そこでドン!と壁がなった。
そこにはグラムとグリムが青い顔で立っていた。
「そういう問題じゃねぇんだよ」
「ってか、他のギルドのやつらも参加してたくせに、俺達でどうにかしろってふざけてんだろ」
どうやらアクアス街議会が行われていて、二人は今帰って来たところ
「アクアスの街の自治について前に説明しただろ。俺達は王の許可があるからやってける」
「許可がなくなれば、諸侯の領地に簡単にはいけなくなるから、アクアスの何でも屋さんくらいしか出来なくなる」
「な…。だって」
「セイン。アタシ達だってアナタが悪いとは思ってないのよ。当時の状況はマニーから聞いてるし」
「だが、契約違反は覆らねぇ」
「しかも全部お前のせいってことになってる」
「報酬がなくなって、おいらの借金もそのまま。はぁ…、感動を返してくれっす」
「だったら、あそこで死ねばよかったってことですか?そんなの…」
「依頼書にはきっちり書いてある。で、先方はお前が直ぐに肉食獣人に食われてたら、何の問題もなかったって言ってる」
成程、確かに。
獣人魔物は骨まで食べることで有名だ。
もしかしたら、あのローブには獣人の嫌いな味がついていたのかもしれない。
神の民はあそこで死んだと思わせる為、その犠牲となる囮。
「す、すみません…」
アクアスの街は特別扱いされてる。
それが新参者のセインのせいで、権利を失うことになった。
「謝って済むことじゃねぇんだ」
でも、どうすればいいか分からない。
今直ぐ、不帰の森に行って死んだところで意味はないのだし
ただ、セインは気付いていない。
セインは森の出口で倒れて、事情をよく知っているマニーに助けられた。
彼はわざわざ高級な魔法具を使って、安全に連れ帰った。
つまり
「だから、この依頼はセイン。お前に拒否権はない」
「で、今度こそ先方を満足させるんだ」
「はぁ。こうなるんじゃないかって思ってたら、やっぱこうなるんすね…」
全員が厳しい顔。ただ、マニーだけは肩を竦めただけだった。
現場にいたからこそ分かる空気感。
「今度こそって…。俺、失敗したんですよね!?」
「あぁ。失敗した。だから、帝国がまた魔物をけしかけるだろう。だから、護衛しろ。命にかえてお守りしろ。…ってことだ」
「しかも、アルベの街で活躍した金髪の女冒険者セイラ。今度は完璧な指名ね」
しかも、セイラへの依頼。
ということで…
「流石はマニーね。誰もセインが男って気付いてないみたいだし」
「そんなのおいらにとっては、お茶の子さいさいっすよ。はぁ…、そのせいでこんなことになったんすけど」
「そのせいだ。マニー、お前の責任でもある」
「な…。おいらは森に入ってないっすよ!」
「どのみち、セインにメイクは無理でしょ。殆ど面影がないもの」
「それならヒルダ姐さ…、熱っっっ!じょ、冗談っすよ!姐さんは薄化粧でも美しいっす!」
「でしょ。とにかく、マニーには申し訳ないけど、これもアクアスの街のため」
セインはまだぼうっといていた。
あそこで気を失って、今。夢と勘違いしたくらい。
あのヒトが、神の民のヒト。だから夢だって思ったんだけだ。
夢だったなら、彼女が出てきてもおかしくない。
でも…、記憶がボヤけてハッキリと思い出せない。
彼女の名前は確か…
「リーネリア…様…だっけ」
「そ。リーネリア様の警護をもう一度するの。これがアクアスの特別許可を存続させる為に必要なの。何よ、分かってるじゃない」
いやいや。セインは両肩を跳ね、ベッドの上なのに腰を抜かした。
「分かってないっす。そもそも、おいらだってちゃんとは分かってないっす」
「そ、そうだよ。だって、俺って失敗したんですよね?それに今回は護衛…だったら、俺よりも優秀な冒険者…。ううん。アルフレッド様とかタイラン様とか。もっと…」
「ま。小僧の言う通りだ。確かにお前は命を張ることにかけては、類まれな才能がある。だが、護衛ならもっと相応しい人間がいる」
「因みに今回も囮に使われるかもしれないから、やっぱりベテラン冒険者は嫌がってるんだけどね。…無給だし」
「そうっすよ!無給とか意味分かんねぇっす!」
「さっきも言ったでしょ。衣食住の心配はないって」
無給。冒険者ギルドの信用の為。
だから、彼が噛みつく。
「衣食住なんて、どうでもいいんすよ。おいらに必要なのは」
「あ…。そか。失敗したから、マニーもいるのか」
タリスマンを綺麗にしてくれる約束も御破算。
チラッと見ると、確かにボロボロになっている。
しつこいようだけど、本当に夢ではなかったと再確認をする。
「今、そこ!?…まぁ、こうなることは何となく分かってましたよ。アルフレッドとタイランと、オッサン連中の喧嘩はおいらにも聞こえたっすから」
「うん。なんか、揉めてるみたいだったけど…」
「そういうことよ。アルフレッド様とタイラン様…、それからリーネリア様が冒険者セイラを指名してるの」
「ま、そういうことだ。彼女が指名した以上、王も王子も公爵家も従わざるを得なかったんだ。ただし、救世主様は女だ。本当は男だとバレたら、アクアスの街は本当に終わる。絶対に失敗するんじゃないぞ、二人共!!」
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