第15話 麗しのあのヒト・3

 神の民…、そんな民が存在しているなんて聞いたことがない。


「俺じゃなくて、神様の民が皆を救ってくれる…」

「そうだ。内密にしてきたつもりだが、帝国の耳に入っているかもしれない。だからこその囮。失敗したと思わせるのが、君の役目だ」


 成程。俺が世界を救わなくても良いのか。

 神様の民って人の身代わり…。


「え、もしかして。その人の代わりに…、死ぬ…とか?」


 彼が話した内容が本当だとして、帝国は悪者?

 何も知らない。信じるしかない。

 父と母が王の盾と呼ばれ、そして死んだ…、と聞かされた。


「セイラ。今は明かすことが出来ないが、帝国を打ち破った日には、君の名を後世に必ず残す──」


 冒険者組には、両親ともに生きているんじゃないかと邪推された。

 だけど、二人のお墓には今も王の盾と刻まれている。


 トーチカ村はなくなっちゃったから、お墓がどうなるか分からない…けど

 それに俺の名前と母さんの名前が被っちゃうけど

 帝国は迷惑をかけてる。もしかしたら英雄の一人に俺の名前が…


 村で役立たずと言われた俺としては、十分すぎる最期だった。


「分かり…」

「だけど!そうなって欲しくない!!」


 突然の大声に俺の肩が跳ねる。

 折角覚悟ってのをしたのに、国のため、世界のためって言っていたのに…

 いや。だからこそ、どうやら俺が選ばれたらしい。


「その…」

「アルベの話は聞いている。君は魔物を操れるとアルフレッドが言っていた。間違いなく魔物が現れる。君はどうにか魔物同士をブツケて、その場を離れるんだ…」


 森の奥深く。

 木漏れ日はずっと少なくなる。

 魔物は多いだろうけど、魔物を操った自覚はない。


「でも…」

「若いのに達観しているな。それくらいの気概が王にもあれば…。だからこそ、生き残ってほしい…」


 やはり、叔父貴殿とは血が繋がっているらしい。

 テンパってくると、人の話を聞かない性格。

 達観も何も、十年も森の中で無意味に生きてきた。

 あの森へはもう行けない。

 父を母を、あのヒトを待つ場所は何処にもない。


 だが、確かに


「死なないで済むなら…。が、頑張ります」


     □■□


 亜麻色のローブを被り、フードの中に偽物の金色の髪を隠している。

 女もののドレスも着ているが、その全てが隠れている。


 これって必要?俺って要る?


 熱い騎士タイランの熱弁を聞いた、セインの素直な考え。


 全然、意味が分からない。なんで魔物に襲われる必要があるんだ?

 神の民の人をそのまま守れば良い話なんじゃ…、あ、でも…。帝国に知られないように?

 だったら、相手は人間?ミズガルズ帝国の誰かがいる?…って、さっき変な事言ってたよな。

 王国が開拓不可能な不帰の森を、同じ祖先だと言われる帝国の人間が、何故か開拓出来たって話


「え…。きゅうじゅう…はち…?」

「しっ…。静かに」


 いつもの数字癖からの、叱られ。

 そして、その時がやって来る。


「な…、何…、これって霧?暗いのに霧って分かる。真っ白…」

「お出まし…だな。どうにか予定時間に間に合ってくれた」

「間に合って…くれた?」

「黙ってろ。計画では…」


 光もないのに真っ白な霧。

 多分、魔法。きっと、魔法。

 神の民と呼ばれる人たちだから、魔法も使えるに決まってる。


「え…」


 人…?いつの間に…?


 そして、黙れという命令を無視して、口が「え」の字に歪んだ。


 亜麻色のフード付きのローブの集団が、いつの間にか目の前にいた。

 霧で見えなかったからかもしれないし、霧が形作ったのかもしれない。


 何にしても、俺のと同じローブ。そっか、この時の為…


 当然だけど、彼らとアルト王国は以前に接触していたのだろう。

 その時に、話し合いの場が持たれた。もしくは一方的に要求した。


 いや、十年前に帝国のことが分かったって、タイランさんが言ってた。

 多分、あの人たちに聞いたんだ。それにしても…


「約束は守ってもらうぞ」

「も、勿論です。私の命に代えましても‼」

「お前の命などどうでもいい。あの小賢しい帝国をどうにかするのだ」


 複数の亜麻色ローブの集団。

 誰が喋っているのか分からない。

 そして、とても耳につく喋り方だった。

 不快な喋り方。煩いとか小さいとじゃなくて、抑揚も感情も言葉に乗っていない。


 一言で言うと、人形と喋っているみたい。

 そんな状況、在り得ないけど


「承知しております。では…」


 ここでポンとセインの背中が押される。

 合図をしたら真っ直ぐ前に進めと言われているから、素直に前に歩く。

 すると、霧の一部が体に纏わりついた。

 勿論、意味は分からない。

 それに、こちらが一人出したのに合わせて、全く同じローブの誰かがこちらに向かって歩き始めた。


 ここから囮…?でも、俺って向こうの人達に加わるんだから、交換なんじゃ…


 セインはたった三秒の間に、色んなことを考えた。

 そして、考えながらローブの誰かとすれ違う。

 すれ違った瞬間、セインは背筋が凍り付いた気がした。


 目深のフードのせいで殆ど見えないけど、少しだけ見える鼻筋と口元。

 それだけで、表現しきれないほど綺麗な顔立ちだと分かった。

 ただ、それで背筋が凍ったりはしない。

 多分、女性。でも、表情が死んでいる。本当に人形なんじゃないかと思ったから、鳥肌が立った。


「リーネリア様。ようこそ、アルト王国へ」

「………」


 後ろからタイランの声。

 だが、それに対する返事もない。

 それを言ったら、セインも混乱しすぎて何も話せていない。

 けど、向こうに居るローブ姿のヒトたちには、コロコロ変わる百面相顔が見えていることだろう。


「では、行くぞ。ついてこい」


 さっきと同じ。抑揚のない声。

 男だろうとは分かる。それについてこいって言った。

 だったら、心配するような事態は起きなかったということ。

 神の民が何者か知らないけど、既に十八年間過ごした場所を失った身。

 ちょっとだけアクアスの街に心残りはあるけど、滞在していたのは二か月くらい。


「はい。これからよろしく…、って‼」


 白い霧がいつの間にか晴れている。

 そして、とんでもない速さで森の奥を進むローブの人々。


「待ってください‼…って、全然聞いてないし‼…あれ、13?」


 白い霧は結界だったのかもしれない。それが無くなったんだから、今まで行ったことがないくらいの深い森に戻っている。

 考えている間にも、六人くらい居たローブの誰かの姿が殆ど見えなくなる。


「あっちに走ると35。ついて行った方が助かる‼」


 と言っても35%。それでも助かるかもしれない方に走る。

 だけど、30…28…25…21…


 どんどん生存確率が低くなる。だってセインを待ってくれないから。


「これってどういうこと?俺を見捨てるつもり…?後ろは…」


 振り返ったセインは絶望した。

 真っ暗で姿が見えないのは分かる。

 でも、あのタイランが神の民のヒトに話しかけない訳がない。


「僅かにも声が聞こえない。まるで…、既に半刻以上後…」


 時間の感覚が結界の有り無しで違う?

 あの綺麗だけど、表情が死んでいた少女とすれ違った時から、前と後ろで時間の進みが違っていた?


「ってか、10。理由なんて関係ない。俺を置いていくつもりだ。これが死ぬ可能性が高いって言ってたこと。神の民なんていうけど、魂まで冷たい人たち。分かってるよ。俺は何の役にも立たない。だけど、なんか悔しいから…、…生き残る可能性を探る」


 ザザザザッ…ザザザザッ…


 言っている傍から、両肩が跳ねる。

 しっかり見られている。囲まれている。

 それに何がいるのかは分からない。


「え?5って。今、生き残る確率は5%ってこと?でも、襲ってくる気配はない。…そっか。もしかして、あっちも何が起きたのか分かってない?だけど、俺を襲う気は満々…か」


 上手く行ったのだ。接触したかどうか分かっていないのだ。


 俺を神の民だと思ってる…

 なんで、見捨てられたのか、分からないけど、タリスマンを握って…

 首から下げているだけで数字が浮かぶ。握る必要があるかは分からないけど、何となく…、え?数値が下がる?不味い…不味い…。何が不味い…?

 これを持っちゃ駄目。今持つべきは…


「そうか‼さっきのが本番だったとしたら、おかしなことがある。マニー、そういうことだよ‼」


 これが重要って話だったのに、マニーはその為に来たのに、使っていないモノ。

 勿論、ここに来るまで必要だったかもだけど、態々ついてくる必要はなかった。


 だから、セインは両手で服を掴み、ビリィッ‼と麻製のローブを破った。


 ここで


「24‼森の奥。ここにも居るってことか。だったら、今握るのはタリスマンじゃあない。…マニー。やっぱ、お前って凄い。色んなことを見透かしてる。短い付き合いだけど、あの時出会って本当に良かった…、…33‼まだまだだけど、この積み重ね」


 マニーは森には居ない。

 だけど、マニーが用意してくれた服とウィッグと香水がある。


「よく分からないし、何故か色々期待されてるし。…今回も頼むよ。ちゃーんと美味しそうに演じてみせるから!」



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