第14話 麗しのあのヒト・2

 トーチカ村があった場所から、馬で二日行ったところの森。

 お馬さんは100㎞以上も頑張って、重い荷物を引き摺って歩いてくれた。


「ここもトーチカ村みたいに抜け殻…」


 カナリア地帯に人はほとんど残っていない。

 建物は残っているから、日が暮れる前には拠点を見定めて、日が落ちるまでには洗浄を終わらせる。


「やっぱり開墾…かな?」

「考えんなって。それにしてもカナリア地帯って、毎日こんなことしてんのか。おいらは都会生まれで良かったっす」


 冥府の神ヴェストンは、地獄ヴェストを支配している。

 生物は死ぬ。死ぬと光になって光の神に天国アステリアに誘われるか、ヴェストンに魅入られて地獄に堕ちるか。

 天国はその名の通り、天の上に存在しているのだろう。

 では、死の国は何処?その答えがどうやら夜。もしくは闇の中。


「え…?聖火を絶やさないのって何処も一緒じゃないの?」

「ある意味だと一緒っす。態々村人が聖火を灯し続けるなんて大変じゃないすか。大体の都市は城壁に魔法水晶の結界を張ってるっすよ」

「へぇ…。それって高そう」

「高いっすよ。高いし、魔力を一定以上注がないといけないっす」


 暗闇はヴェストに通じている。

 だから、夜になると魔物が現れる。

 ただの火ではダメ。教会が用意してくれた種火、イブの炎でなければ浄化されない。


「そんなお金は持って…、あ。でも、父さんと母さんは持ってんだっけ」

「甘い甘い。その程度で買えるものじゃないっすよ。そもそも、国の成り立ちに魔法水晶は欠かせないっす。結界を張った者が王で、その結界の恩恵にあずかっているのが、おいらたち一般人っす」


 ほんと、何も知らねぇな、という顔をしつつ、おしゃべりもしつつ、マニーは今日もセインを女性らしく装飾する。

 そんな恩恵にあずかったことがないと、セインは頬を膨らませるが、既に撤退した村の話。

 彼に文句を言っても仕方ないし、大人しく可憐な人形のフリをする。


「明日でおいらの役目は終了っす」

「……え?そうなの?」


 ただ、動かないふりも直ぐに終わった。

 マニーが今、気合い入れているのは、夜が明けたら撤退だから。

 そう考えると寂しい。


「そうっす。セイラっちが生きて帰れなかったら、永劫の別れっす」

「そういえばそうだった。死ぬかもしれない…って」


 なんて言うセインに、マニーは半眼を見せた。

 この案件は、大金持ちのコネが出来るチャンスだ。

 普通はベテラン冒険者に横取りされる。

 とは言え、金の為に死にたくはない。

 誰も、「俺が」「私が」と言わなかったから、新人がそのままここに居る。


「…で、どれくらいの確率で生きられそうなんすか?」


 だが、この新人は大物なのか、顔色一つ変えない。

 それはもしかしたら


「今は99…」

「はぁ?そんな自信あるんすか?」

「いや、そうじゃなくて。二つの騎士団が拠点を構えてる…から」


 と思ったが、ガックリと肩に落とす。


「はぁ…。つまり今の確率しか分からない…と」

「うん。そもそも何があるか分からないんだし」


 現時点の生存確率しか分からない。

 そんなの役に立つかどうか怪しいところ。

 だったら、自分の鑑定眼は間違えていない。


「役に立つようで、全然役に立たない能力っすね」

「そんなこと言われても…」


 直前しか分からないから、あんなギリギリの救出劇をした。

 森での生活もそうだったのだろう。

 だけど、その力には大きな欠点がある。

 今まで、ソレが露呈しなかっただけ。


「ま…、おいらには関係ないか。もし、生きて帰れたら、おいらがもう少しソレをまともにしてやるっす」

「え…、いいよ。別に」

「いいよじゃないっすよ。既にボロボロ。そんなんじゃ、ケインさんとセイラさんが見ても分からないじゃなっすか」

「あ…。それもそうか。でも…」

「金は要らないっすよ。おいらは、こんな簡単な仕事。セインっちのお蔭で借金がなくなるんすから。…だから、生きて帰って来るっすよ」


     □■□


 早朝。

 外では魔物と戦う戦士と魔法使いの姿があった。

 やはり、開墾の為の魔物駆除にしか思えない。


「…あのマニーがタダで…か」


 出会ってそんなに経っていないけど、とても珍しいことだと聞いていた。

 それにあのツンツン頭は、正直言って得体が知れない。


 多分、マニーは依頼の内容に勘付いてる…よな。ただ、魔物退治って訳ない。

 だって、俺が拾われたキッカケが、森の魔物の巣の駆除だし


「これを被れ」

「は…はい」


 行きはマニーとずっと一緒だと思っていた。

 だけど、彼は森には入らないらしい。

 騎士団は二組あったが、ここからは公爵様が抱える騎士団に連れて行かれる。


 俺を薦めたっていうアルフレッドさんが言ってたのは、こういう意味…か


「フードもだ。しっかり顔を隠せ」


 だからか、こっちの人達は物凄く乱暴な物言いをする。


「お前‼お前もだ‼」


 と、思ったら部下にも厳しい人だった。

 立派な髭を蓄えた人。彼が何者か、俺は知らない。

 これから起きることも分からない。


「…そんなこと言われても」


 なんて若い男の声も聞こえてくる。

 ここにいる殆どが、もしかしたら任務を知らない可能性もある。


 一体、何を。森でやれることなんて…


 ヒルダから教わったのだが、開墾は魔物を駆除して、木を切り倒す。

 更には広大な面積を掘り返して、根の先まで取り除くことを言うらしい。

 森は太陽の光が届かないから、魔物にとって生きやすい場所なのだ。

 そこまでやれば魔物も行き場を失うし、不帰の森周辺の土地は肥えているから、国力が増す。


 理屈は分かっても、それって莫大な人力が必要なんだよな。特に…、トルネの木は…


「口ごたえするな‼…即、出発するんだ。時間がないんだ‼」

「はい‼」


 これもヒルダから聞いた話。

 俺が立ちはだかった木がトルネの木だったらしい。

 俺が立ちはだからなくても、トルネの木はあの程度で燃えたりはしないらしい。

 神の樹の子供たちの中でも、トルネの木は大陸の中央を貫く巨大樹の何かを継いでいるって話。


 ちょっとくらいなら聞いても…、うん。だって、俺は…


「あの」

「女冒険者‼お前は一番前だ。あそこにいる騎士に聞け」


 ドンっと背中を押されて、そう言われた。

 このオジサンは本当に聞く耳を持っていない。

 部下が委縮するのも良く分かる。

 冒険者ギルド、というかアクアスの街が特別なのかもしれない。


「す、すみません…」

「タイランだ。…今回の件。色々済まないな」


 と、思ったが、やはりあのオジサンが特別っぽい。

 先頭に居た騎士は、ヘルメットを被っていなかった。

 だから、気さくなお兄ちゃんだろうって直ぐに分かった。


「い、いえ…。任務…なので」

「任務…か。命を落とす覚悟も出来てるってことか」

「…えと」

「あぁ。あのオッサンのことは気にしなくていい。…アレはただ怖がってるだけだ。君みたいに勇気があれば、色々違ってたんだろうな」


 アルフレッドっぽい人かな、と思った。

 でも、俺の口が紡いだのは、全く別の言葉。


「…88」

「ん?なんだ?流石に88歳まで行ってないぞ。確か、今年65歳って言っていたような」

「あ…、いえ。タイランさんは相当強い…んだなって」


 森に数歩入っているからか、俺の頭の中は数字でいっぱいだった。

 他人に向けて点数をつけてるみたい。

 彼が50とかじゃなくて良かった、と自分の悪癖に顔を顰めた。


 すると、やっぱり失礼だったのだろう。彼も眉を顰めた。


「あぁ…。途中までは責任をもって守ってやる」


 ただ、彼は怒ったわけではなかった。

 どんどん分からなくなる。彼らは何がしたいのだろう。


「途中まで…な。さて。叔父貴に怒られるから、そろそろ行くか」

「はい…」


 物凄く久しぶりに感じる不帰の森。

 実際は二か月ぶり。でも、両親を意識し始めた後の殆どの時間を森で過ごしているから、こっちの方が落ち着く。

 そんな風に気楽に考えていると、彼の方が何故か突然折れた。


「はぁ。セイラさんだっけ?気持ちいいくらいに堂々と歩く。だったら…、そろそろ話してもいいだろ。後ろとも距離があるみたいだしな」

「え…。えと、良いんですか?」


 最後まで聞かされないのかと思っていた。

 だから、俺はつんのめって、頼りになる男に縋りついた。


「おい。フード‼…もっとしっかり被れ。お前の正体がバレちゃいけないんだ」

「あ…。そうなんだ。だから、ローブを着させられたのか」


 とは言え、やはり意味が分からない。

 それにそんな有名人になったとも思えない。せいぜい、アルベの街の兵士くらい。

 物凄く賞賛してくれた彼は森の外だし。


「そういうことだ。ある御仁の身代わりになる予定だからな」

「身代わり…?囮、じゃなくて…」

「囮でもある。俺だって、こんなことしたくはない。だけど、叔父貴たちの話も分からなくはないんだ」


 叔父貴とは一番後ろに居る筈のさっきの白髭の人。

 もしかすると、先頭を歩く彼も結構偉い人。

 しかも、変わらず88。後ろと距離があっても変わらないってことは、彼がとても強いということ。 


 ただ、話は全く別方向に進んでいく。


「…ミズガルズ帝国が何かするたびに、我が国は魔物の侵略を受ける」

「か、開墾…」

「あぁ。開墾もその一つだ。そして我が国には同じことが出来ない。それどころか、今は屈む時期とか言って、領地を諦めちまってる」


 グラムさんとグリムさんは、この国は終わってると言った。

 これはその話をしているのかも、と思った。


「帝国…って凄いんです…ね」

「そんな筈ねぇだろ‼」

「え…」

「悪い。だけど、元は同じ人間だ。俺達は皆、遥か昔にこの大陸に移住した民なんだからな」

「移住した民…。司祭様から聞いたような…、でも」


 創世記の物語だ。

 かつてはもっと大きな大陸で暮らしていたけれど、人間の堕落を知った神が罰として大陸ごと沈めてしまったって話。

 信じるとか以前に、遥か昔のことだし、今は生活出来ているしで、深く考える者はいない。

 神は見ている。だから、一生懸命働けと言われるだけ。


「作り話じゃないぞ。それは本当にあったことだ。そして帝国もその時渡ってきた同じ人間。だのにアイツらにはこの神が住む島の開拓が出来ている」


 神は百人だけ生きることを許したという。

 一艘の船に百人が乗って、ここに辿り着いた。

 それが本当のことだと彼は言う。


 更に続ける。


 多分、俺が死ぬって思ってるから、大盤振る舞い。確かに数値が落ちて来てる…けど


「帝国による神の森の開拓は、三百年前から行われている。理由がずっと分からなかった。だか十年前、遂に帝国だけがやってのけた理由が判明したんだ」

「開拓…の理由?」

「だから、お前の使命はアルト王国だけじゃない。この世界を救うものだと誇っていい」

「世界を救うって…、そんな」


 どんどん話が大きくなる。

 高が囮、たった一人で何が出来るのか。

 大きくなればなるほど、分からなくなる。


 この人、ちょっと変わってる…?十年森に籠もっていた俺が言うのもなんだけど。


 タイランという騎士は真面目な顔。

 余程熱くなっていたのか、ここまでくれば良いと思ったのか。

 騎士様は、あっさりと俺の役目を口にした。


「これから我が国に神の民を招く。君はその為の囮、だから途中までしか護ることが出来ない」


 え?神の民?何、それ…

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