第13話 麗しのあのヒト・1

 セインが女装させられたのは、ゴブリンが人間の女を連れ去る魔物だったからだ。

 彼はそれを利用して、アルベの街でコボルトとゴブリンの争いを引き起こした。


 ただ実はそれが別の案件を引き起こすことになる。

 とある人物の目に留まったことによるもの。

 勿論、誰の目にかは想像に容易い。


「セイン。アナタにこんな依頼が来てるんだけど」

「え?俺に…って依頼?」

「えっとねー。グラム、これどうする?」


 グリッツ冒険者ギルドは、アクアスという大きな街にある。

 このアクアスという街は、王より特許を得ているので、一つの領地と変わらない権限を持っている。

 いくつかのギルドの長が集まって街議会を開く。

 小さな共和制の国家に見えるが、実際は王の特許状は大きな影響を及ぼしている。

 だからギルドは王家の依頼は、極力受ける。

 そんな方針である。


「エステリ公爵様からの依頼だ。拒否権なんてあるわけねぇだろ」

「…そうよね。ってことはやっぱりアナタ。アナタであってアナタではないのだけど」


 ギルド長の嫡子と中堅冒険者が肩を竦める。

 何の話か分からないから、セインも首を傾げるしかない。


「俺であって、俺でない?ん、どういうこと、マニー」

「おいらも知らねえっすよ。ってか、公爵様が新人に依頼?」

「間接的にアンタもよ、マニー」

「な。おいらにも?っていうか間接的にって。さっきから何を言ってるのか分からないっすよ」

「アルベの街で活躍した女冒険者に依頼ってことよ」


 セインとマニーは顔を見合わせた。

 そして怪訝な顔で聞き返す。


「ん?それってヒルダ姐さんじゃないすか?」

「ヒルダさんが魔法使ってくれなきゃ、俺は死んでたし…」

「アタシも最初はそう思ったわ。でも、アルフレッドからの紹介って書かれてるの」


 その言葉を聞いてもセインは首を傾げる。

 ただマニーの方は、はぁ…と眉を顰めた。


「姐さん、もしかして…」

「言えるわけないでしょ。予定にない救出劇までやっちゃったナイト様よ。彼女は男です、なんて言うほど野暮じゃないわ」

「野暮って…。っていうか公爵様からの依頼ってことは相当なものっすよね。このチンチクリンじゃ無理っすよー。流石に中堅以上じゃないと」

「そう言われてもねぇ。そもそもアタシは嫌だし」

「嫌とかそういう話、言える立場じゃないじゃなかったっすか?」

「でもねぇ。内容的にセイン、…じゃなくてセイラがピッタリなの」

「…母さん…じゃなくて俺の女版…。その…俺にピッタリ…って」


 ピッタリも何も。まだ、一回しか仕事をしていない。

 そんなセインにピッタリな仕事は


「不帰の森での護衛任務。場合によっては囮になって死んでくれる人」

「不帰の森…、囮…、確かに」


 その二つの単語は正に自分。

 でも、とセインが思った時にはマニーの姿は無かった。

 さっきまでテーブルでだらけていたのに、既にバックパックを背負って


「成程。おいら、予定を思い出したのでこれで…」


 既に立ち去るところ。だが、小さな体の彼の足がバタバタと空を切る。

 いつの間にか立っていたグリムとハヤテがいて、グリムがバックパックをぐいと持ち上げていた。


「まだ自由の身ではないはずだろ、お前」

「約束なんてねぇだろ。マニーに限っては」

「って!どういう意味っすか。おいらだって。…ってか、おいらには関係ないっすよ。そもそも死んでもいいとか、依頼とは言えないっす!」

「だからアタシも嫌なの。こんなのは新人が受けるべきでしょう?」

「ほらほら。だったらセイラっすよ。おいらは…」

「だけど、ほら。期間は一か月。セインのボロボロのレザーアーマー見たことあるでしょ。一か月、セイラでいるためにはアンタの器用さが必要ってこと」

「…い、嫌っス。おいらは死ねないっす」

「最後まで聞きなさいな。囮役は、その女冒険者よ。女であることに意味があるっぽいの。アダム、アンタからも言ってやって」

「そうだなぁ。こりゃ、多分。王家絡みだ。つまりこの依頼が成功すれば、お前の罪を帳消しに出来るかもしれねぇ。例の件も…な」


 セインはマニーのことを何も知らない。

 何かをやらかしたこと。借金があること。だから、お金が必要。

 その程度にしか思っていなかった。だが、先の言葉でマニーの表情が変わった。


「…それ、間違いないっすよね」

「ったり前だろ。俺様を誰だと思ってやがる」


 お金お金と言っているけど、もっと奥に何かがある。

 そんなこと言ったら、ここに居るみんなも同じ。


 何をしたいか分からないのは、俺くらい


 自分だけが目的もなく、ただ何となく仕事をしている。

 何か寂しさを感じる。


「…じゃ、セイラ。今回もおいらにドーンと任せるっす」

「へ…。ちょっと待って。もう少し俺も…。っていうか、身代わりで死ぬ囮は俺も勘弁…」

「おーまーえーが、指名されてんだぞ!有り難く死んどけって」

「そんな滅茶苦茶な…」


 こんな感じで、ボーッとしてたら滅茶苦茶危険なミッションを引き受けることになった。


 でも、この依頼が俺の生きる意味を変えていく。


     □■□


 馬がけん引する荷車の上に四角い板を打ち付ける。

 これで屋根なし馬車の完成。馬車は人が早歩きするのと同じくらいの速度だから、えっちらおっちらと遠征先に向かう。


「まだまだ先は長いんだろ。今は楽にしたいんだけど」

「そんなわけにはいかないっすよ。あの熱ーい兄ちゃんが来ちまったし」

「アルフレッド…様、だっけ。あの人、なんで来てんの!?紹介したからって来る必要ないんじゃ」

「おいらに聞くなっすよ。そもそも金髪女冒険者限定って、あの後確認まで入ったんすよ。最初からセイラとして振る舞うっす」


 そんな会話をしていると、件の騎士様の馬が近くに寄ってきた。


「お初にお目にかかる…というのは少し違いますが、こうして対面するのは初めてですね。私はアルフレッドと申します。」


 プレートアーマーを人馬共に着こなした快活そうな男。

 少しカールがかかった栗色の髪の毛が朝日に映える。

 顔を見せたいからか、ヘルメットは付けておらず、真っ白な歯もやはり眩しい。


 アルベフォセ伯の息子様…。ガチガチの貴族…どうしよう…


 セインの両親は元々冒険者。森の際の領地からの出たことないから、話し方なんて習っていない。

 流石に逡巡するが、実は…


「女冒険者セイラは、男らしい喋り方。ちゃんと聞いております。それに実は私も貴族らしい話し方は苦手でして」

「セイラっち。ちゃんと、挨拶するっすよ。…もしかしたら、お貴族様はセインの両親の行方を知ってるかもっす」


 後半は勿論、耳打ち。

 そこでハッと顔を上げた。

 確かにそうかも。教会は把握してなかったけど、もしかしたら貴族は。

 教会は法律も違うし、財産の把握も出来ていなかったし。


「えと…。俺はセイ…。セイラ…です。と、時々男っぽい話し方してしまうんで」


 声のトーンを完全に女のソレにするのは無理。

 ゴブリンの反応はちょっと悪かったし。


 だからか、少しだけ沈黙の時間が流れた。

 ただ、アルフレッドは流石に大人ですぐに切り替えた…ように見えた。


「セイラ…さん。……成程、セイラさんと仰るのですね。今回の作戦では同道出来ませんが、どうぞよろしくお願いします」

「ど、どうも。…ってあれ?皆で森に行くんじゃないんだ…」


 妙な間があった。けど、それ以上は分からない。

 それに、もっと気になること。


「セイラっち。駄目っすよ」

「あ…、そか」


 依頼も囮。

 前回の囮は、逃げ遅れた住民の避難のためだった。

 だが、今回は内容が伏せられている。


 ただ、囮。死ぬかもしれない。場合によっては死んでくれと言われた囮。


「申し訳ない…と思ってる」

「え…」

「囮…だ。死ぬかもしれないという契約は絶対に必要だったんだ」


 セインの目には雅な騎馬隊の行軍が映っている。

 アルト王国の大幹部である、エステリ公爵が持つ騎士団。

 そして彼が率いる、アルベフォセ伯の騎士団だ。


 アルト王国にどれくらい兵隊がいるのか知らないけど、…多分、かなり大掛かりな作戦…。

 もしかして、帝国がやってるような開墾…?

 開墾をする上で囮って必要だっけ…?


「え…?」

「と、とにかくだ。君ならきっと生き残れると信じている」

「はい…、生き残れるよう頑張ります」

「…だから。いや、何でもない。それでは、また後で」


 そして馬に乗った貴公子は移送用馬車から離れていった。

 ヒルダが言うには正義感が強くて、居ても立っても居られない性格という彼。

 今だって、本当は思っていること全部話したいと、顔に書いてあった。


「はぁ。なんで、あの人。俺にこんなに期待してんだろ…」


 子供の頃に見たら、カッコよい軍隊だ、なんて思っただろう。

 父と母は戦争の時に、王様を守ったのだ。

 ってことは、こういう騎士団に囲まれて、立派に戦ったということ。


 だけど、なんて言うか…


「そういえば、セイラっち。…ブツブツ言ってる数字って何なんすか?」

「えっと。このタリスマン。これが数字を教えてくれる。いわゆる、生存確率?」

「はぁ?ちょっと見せてもらっていいっすか?」


 マニーは言ってみれば、セイラの側仕え兼、護衛役。

 囮の護衛って言っている意味がよく分からない。

 ただ、彼はお金にしか興味が無いから、そこに疑問を持つことはないらしい。


 ってことで、このタリスマンは死守する必要がある。


「やだよ。勝手に売られたら困るし」

「そんなことしないっすよ…。目利きとして、ちゃんと見たいだけっす」

「目利きって、最初に一度見せただろ」

「だからっすよ。…そういえば、なんで今はぶら下げてないんすか?」

「傷ついたら困るから」

「でも、危ないとこには持ってくんすね」

「当たり前じゃん。盗まれたらどうするんだよ」


 今は、腰のポーチにしまってあるから、ポーチのふたをひょいとチラ見せした。

 その筈だったのに、何故かマニーが持っている。

 いつの間に摺られたのか。やはり油断も隙もあったものではない。


「な…。いつの間に‼」

「良いじゃないすか。見るだけっす。おいらの勘なんすけど、セイラっちは魔法使いっすね」

「最初からそう言ってるし。俺には才能が無かったけど、母さんは本当に凄かったんだよ」


 そして、表と裏を何度か見た後、マニーはつまらなさそうにポイとタリスマンを投げた。


「ちょ。危ないだろ。落としたら…」

「そんなヘマしないっすよ。それにしても本当に分からないことだらけっすね」

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