第12話 初めての囮役・5

 アルベの街の北には城壁がある。

 その上からなら、逃げ遅れた者の捜索も容易である。

 一人につき、いくらで請け負う、戦闘に繋がった場合はいくら追加するなどなど、契約書に細かく書かれている。

 そもそもこの契約書は、隣でイチイチ指示を出す正義の騎士が生まれる前から存在している。


「あっちも見てくれ。いや、こっちか」

「アルフレッド様、お気持ちは分かりますが、騎士様の領地で賄える額を越えていますよ?」

「なんだと?だったら自領の民が襲われるのを、指を咥えて見ていろというのか!」

「そうは申しておりません。アタシたちも予定以上に増員して懸命に救助しておりますし。ただ、支払い能力を見定めるのもアタシの役目なんです」

「だから、問題ないと言っている!父が必ず支払ってくださる」


 貴族生まれの騎士。

 民の為に指揮を執るのは、得点稼ぎか正義の為か。

 ヒルダの勘は、彼は後者だと言っている。

 ただ、そうであれば、おかしな点がある。


「そんな手間をかけるなら、避難の時期を早めたら…。それとも帝国の開墾の情報が入っていなかった?」


 立派な城壁を活かした安全で効果的な魔物の駆除。

 ただ、誘き出す時に兵士を失う可能性がある。

 そこで冒険者が囮になって、魔物を表に出す。

 これが今回の依頼内容。

 勿論、冒険者ギルドとして、儲かるのは嬉しいこと。

 殆ど胴元に入るとしても、成果が出れば報酬も上がる。

 そも、ギルドは王の許可無しに作れないから、そこに疑問を持つことはない。


「むむ!なんだアレは!」


 ただそんな時、アルベフォセ伯次男アルフレッドが大きな指で1点を示した。

 そして、ヒルダの疑問も同時に消し飛んだ。

 解決したのではなく、忘れるほどの衝撃が走った。


「あの方向ってもしかして…」

「あぁ。金髪の女冒険者だ。魔物が彼女を巡って戦っているようだな。あんな光景は初めて見たぞ」

「も、森の中では偶に起きることですよ。その、基本的に肉食の魔物が多いですから…」

「なるほど!それを利用したんだな。やはり冒険者は面白い…」


 父親は冷淡でも、息子は熱い心を持っているのか、冒険者の動きを熱心に観察している。

 ヒルダは教師の星に生まれたのか、ここでも解説側に回っている。

 とは言え、こんなに視界が開けた場所で、コボルトとゴブリンが衝突することはない。

 しかもそれを演出したのは、十年森に籠もっていた男。


 不帰の森の中で人生の殆どを過ごした男。向いてるとは思ってたけど、こんなギリギリを演出するって。…何かあると思ってたけど、あの子は一体


「無欲が故…。だけど、いつまで耐えられるかしら。後はマニー次第…」


 ヒルダの眼下には冒険者が逃げ遅れたアルベの人々を回収している。

 その少し奥で、駆け回っているツンツン頭。


 遠くで見ている上司よりも、地面を這いずり回る彼の方が圧倒的な衝撃を受けていた。


「ここ、魔物に襲われてるんすよね…。こんなの意味が分かんないす」


 勿論、意味自体は知っている。

 セインはマニー目線でも、戦う能力が低い。

 ただでさえ、柔らかそうな肉。そこに人間の女のフェロモンを今回はトッピングしている。


「特上肉が街を走り回ってる。その辺の女子供が雑草に思えるくらい、美味そう…」


 人間にもそう思える匂い。

 人間が大好きなゴブリンの目を惹きながら、コボルトの群れに飛込んだ。

 そこで女二人を連れ出して、もう一度ゴブリン達の前まで移動。

 理屈は分かる。けど、武器は美味しそうな肉、つまり自分自身。


「成立するって、どんな確率だよ!」


 そも、真っ当な精神で出来ることじゃない。

 ここで、赤毛の上司からのサイン。


「セインを助けろ…?助けたら50万ゴールドってマ?」


 マニーに必要なのはお金。

 今回の進行役のヒルダのサインだ。

 隣のナイト様がお金を出したのは間違いない。


「はぁ…。逆に言うとおいらより目立ってるってことか。確かにあんな目に遭うのは勘弁っすけど」


 街の南で起きた別種族の戦いの裏で、逃げ遅れた人々は続々に救出されている。

 つまらないと思うくらい地味に確実に。

 救った人数はマニーの方が圧倒的に多い。

 

 だけど──


「…主役はセインっすか。でも姐さん、分かってるっすね。50万の為なら裏方やるっすよ」


 背負ったバックパックから取り出したのは、マニーお手製の魔法瓶。

 見た目よりもずっと腕力の強い彼が、思い切り投げる。


「今はゴブリン有利っぽいから、これでバランスを取るっすよ。こっちに連れてくるっす、セイン!!」


     □■□


 セインは一組の母娘を庇いつつ、戦いの行く末を一番近くで見守っていた。

 自分の体が狙われていることも知っている。

 何度もコボルトの爪が目の前に来たし、ゴブリンの息がかかりそうにもなった。


「…く」


 だけど、動かない。

 だけど、タリスマンが動くなと言っている。


 90…85…70…、不味いな


 コボルトの目には、極上お肉が一つ、美味しそうなお肉が一つ、まぁまぁ美味しいお肉が一つ。

 ゴブリンの目には、絶対に持ち帰りたいメス、次に持ち帰りたいメス、そして肉。


「ねばつく視線。どうにか出来たけど、流石に移動しないと…」


 一対一なら、獣に近いコボルトが有利。

 だけど、ゴブリンは手製の弓を持っている。

 遭遇して最初もそうだったけれど、一匹ずつ確実にコボルトが戦闘不能にされていく。


「…騎士様。この後、どうしたら…。お母さんの調子が悪そうで」

「騎士様。メイのことを頼みます。私はもう…」


 そして、このノイズ。

 少女の父親は先に犠牲になった。

 少女の母親は今、犠牲になろうとしている。


 我が子を守る為。自らを差し出して、子供を守る。


 俺もこんな感じ…だった…ら…


 捨てられた説があるが故の葛藤がノイズ。

 そして、その選択は間違っていると伝えてくるお守り。

 このお守りタリスマンは、セインの両親が残したもの。

 我が子を見捨てたかもしれない両親の声…かもしれないもの。


「ダメ…だよ。三人でいなきゃ…、全員が危ない」

「そんな…」

「そうだよ。そんなこと言っちゃダメ、お母さん」


 あのゴブリンにとって、彼女の母は無価値。

 だが、コボルトにとってはある程度の価値を持つ。

 彼女の母親を捧げたが最後、コボルトの気が削がれるから一気にゴブリンが優勢になる。


 …ってこと?父さん…母さん…


 生きているかもしれないけど、お守りが言っている気がする。

 そして、この瞬間。


 え?何…て?90…10…88…15…?な、何が?壊れた?それとも…、分からない!?それって…


 セインの位置では唸り声と衝撃音で分からなかった。

 だけど、何かが起きる予兆がタリスマンを通して伝わった。

 そんな気がした…


 とあるツンツン頭から、何の価値もないと言われたお守りが何か訴えた…気がした。


「──二人共、伏せて!!」


 母娘二人を地面に押し付け、自らも身を低く取る、何度もやってきたけど、そのどれよりも低く。

 大地と一体化するくらい沈み込む。

 

 パン‼‼‼‼


 そして頭上で何かが弾けた。


 直後、一秒よりもずっと短い刹那の先


 ギャギャギャウ‼ギャウ‼

 バウアウバウ‼バウバウ‼



 少女は、二種類の咆哮が聞こえた。

 何が起きたのか、全然分からないから何をすればいいのか分からない。


 こんな時に彼女は…


「95‼二人とも、あっち‼」

「え?きゅうじゅう…」


 またしても謎の数字を口にする。

 そして、その後道を教えてくれる。


「私は…」

「母親は俺が抱える‼」

「はい‼」


 少女の年老いた母親を抱えて、セインが走り出した。

 そしてメイも彼女というか、流石に男って気付いたから彼を追いかけて走る。

 すると一人で走る方が何倍も速くて、直ぐに女装騎士紛いに追いついた。


「…80」


 また数字、騎士が再び叫ぶ。


「振り返るな。あそこまで呼吸せずに一気に走れ。アンタも息をするな」

「…‼」


 背後から、魔物の声も聞こえる。

 振り返っては駄目。息をしてもダメ。

 無酸素運動のまま、無我夢中で少女は走った。

 彼が指示した建物に辿り着くまで。


「かは…、はぁはぁ…。この後は…」


 そして少女は言われた場所に到達し、振り返ろうとした。

 振り返っていいのか、少し逡巡するも


 ドシャ‼と音がして、直ぐ近くで母親が倒れ込んだ。


「え…?お母…さん?」


 その光景は予想していたものと違った。

 だから、意を決して少女は振り返る。


 「騎士様‼」


 そこにはあってはならない光景が広がっていた。

 少女の母親をどうにか投げ飛ばして、倒れ込む優雅なドレスの騎士。

 彼女に飛び掛かる直前の狼と人間の間の姿をした化け物。


 絶体絶命…というか既に遅い。彼は命を投げ出して…、と思った時。

 少女は微かに聞いた。


「99…、…この数字。やるじゃん、ヒルダ」


 ボッと魔物の青い毛に火が灯る。

 加えて、狼の形の頭が弾けた。

 その奥、更に奥。もう一つ奥の魔物にもザッザッザと矢が突き刺さった。


 ここで、少女は漸く気付く。


「おおおおおおおおおおお‼」

「すげぇすげぇすげぇ‼お嬢ちゃん‼」

「あの女、冒険者だろ?あんな群れの中から、二人も助けやがった‼」

「え…。そか。ここはもう…」


 セーフエリア。城壁の上から的確に狙える場所。

 今回の冒険者への依頼は、ここまで魔物を連れてくることだった。

 歓声が上がるくらい、自分たちは見られていた。

 その隣にはツンツン頭の男。彼が誰かは知らないが魔物ではなさそう。


「良かっ…た…。ありがと…騎士…様」


 少女メイは力尽きて、膝から崩れ落ちた。

 ツンツン頭は支えてはくれず、そのまま地面にキスすることになったが、メイの話はここまで。

 ツンツンな彼はお金にならないことはしない。

 とは言え


「…セインっち。なんでおいらが閃光弾を投げるって分かったんすか」


 金にはならなくても、気になるものは気になる。

 マニーから見れば、ゴブリン優勢は火を見るよりも明らかだった。

 だから彼は、嗅覚に優れるコボルトに勝ち目を与え、ゴブリンの勝ち目を奪った。

 つまり眩い光で目を奪った。


 だけど、それは人間にも効果てきめん。


「実は戦況が読めていたっすか?…ってか、本当はもっと強…。はぁ。スカートに足を取られてこけて…。ついに力尽きで失神。やっぱ、強くは見えないっすよね」


 相変わらず美味しそうな匂いを垂れ流して、柔らかそうなお肉は気を失っていた。

 全てが偶然の産物。…なんて思うことは出来ない。

 とは言え、今は肩を竦めるしかなさそうだった。


「うおおおおおおお‼一気に蹴散らせ‼彼女をお守りしろーーーーーー‼」


 セインの行動は、とある騎士の心に効果てきめんだったらしい。


「…ま、これで借金はあと少し。おいらには関係ないっすね」


 必要のないことに労力は裂かない。

 そう思い直して、マニーが立ち去ろうとした時、倒れた女装冒険者の手に握られていたものが目に留まった。

 以前に見た筈のとある首飾り。


「99.99999…?タリスマンに数字が刻まれてる…。こんな数字、前見た時はなかったような」


 その数値が何を表しているのか、マニーには分からない。

 因みに気絶している彼も、実は分からない数値だった。


 とは言え、セインがこの意味を知る日は遠くない。

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