第11話 初めての囮役・4

 俺の目の前にはコボルトが三体。

 一体、殺されたからって、アレらは復讐心に燃えたりしない。

 野生動物の凶暴部分を大きくしたのが、野良の魔物だ。


「…俺だけ逃げる?でも、…5?まだ、一緒に居た方が安全…って」


 カツラを脱ぎ捨てるのも危険。

 スカートの裾を破くのも危険。

 立ち向かうのも…危険。


 それにしても、俺のこれって何だ?

 いつからかはハッキリしない。でも、あの日のことは覚えている。

 安全か、危険か。何となく思い浮かぶ。


「コボルトは一匹みたら、十匹いると思え…っていうけど」


 だから、四匹から三匹になったと考えない方がいい。

 逃げる選択が危険だと直感しているのは、多分そういうこと。


 こんな時、俺はタリスマンを握りしめる。

 それが癖になってる。だってお守りだし?これを握っていると、明確に数字が見えるし。

 間違いなく、これのお陰。

 マニーにあんな風に言われたけど、きっとこれはそういうやつ。

 だったら…


「あと1m。前に出ることって出来る?」

「1mくらい…なら。でも、やっぱり無理です!それ以上前に行ったら…」


 今も見つかっているけど、一匹減って三匹。

 建物を出れば、さらに多くの魔物に見つかってしまう。

 少なくとも、俺という魔物寄せ係がいるから、新たな魔物の登場は当然。


「メイ。今は女騎士様に従うしか…。きっとお考えがあるんだよ」

「お母さ…。ううん、そうだよね。ここに残ってても…。騎士様、お願いします」

「作せ?…も、勿論。さ、作戦があるんだ」


 言ってみれば、作戦。

「俺の生存率が上がる作戦」という、絶対に言えない作戦名。

 これはこのタリスマンを、


 ——『スーチカ』とこっそり呼んでいる。


 心の中でしか言ったことがない。

 これは俺のモノじゃなくても、両親のモノだから、勝手に呼んでるだけ。

 いつか再会できた時に返す予定。再会するために必要なアイテム。


「…でも今は。父と母が残してくれたお守り。俺を守ってくれる大切なマジックアイテム」


     □■□


 メイという少女。彼女は母親を懸命に背負って、1mどころか2mも歩いた。

 恐怖におびえて、足が震える。

 でも、男っぽい喋り方をする大人の女の人がいる。

 先ほど、魔物の断末魔の叫びが聞こえた。ということは、彼女には魔物を殺す力がある。


「お母さん…」

「だ、大丈夫…だから」


 母も同様に震えていた。

 そして何故か、


「よ、よ、よ、よかった。こ、ここまで…、来て…だ、大丈夫だったんだ…」


 女騎士も震えている。いやいや、そんなことを言っては失礼。

 彼女のは武者震い。こんなにも安心する…


「え…、これ…って…」


 外に出て、数歩。

 すると、十数匹のコボルトが女騎士の周りを囲んでいた。


 八歳当時のセインと同じ?そんな訳はない。

 あの時、彼が求めた安全は、圧倒的強者の側にいること。

 

「だ、大丈夫。よ、予想通り…。安全度が増したし…」


 今にも気を失いそうだし、気を失った方がマシな結末が目に浮かぶ。

 だが、女騎士は口角を上げている。

 見様によっては、引き攣っているような口元。

 見様によっては、青ざめた顔。


 ううん、もともと色白で綺麗な人…なんだと思う…。だってこんな状況で笑ってる…し


 女装したセインよりも、メイという少女の方がよほど覚悟を決めた顔。

 なんて、彼女の母親に言える訳ない。


 そして、女装騎士…に見せかけた誰かは声をやや裏返して言った。


「お、俺の近く…。あ、でも近づきすぎないで…危ないから…。そこは…離れすぎ…逆に危ない…」

「え?ど、どれくらい…ですか?」


 全く頼りにならない言葉。

 ただ、直後の行為に、少し引いた目で見ていた母も目を剥いた。


 プシュ…


 グルルル…、と威嚇をするコボルトに囲まれた状態で、女騎士は優雅に香水を自身の体に吹き付けた。

 周囲には腐った獣の臭いが立ち込めている。

 それを嫌ったのだ。それくらい余裕があるのだ。


 グガァァアアアアアア‼

 アギャアアアアアアア‼


 そして突然、大きな反応する魔物。

 彼女は魔物に囲まれている状況で、これから舞踏会に参加しようかという振る舞いをした。

 魔物にとってはイラつく行為に違いない。


 それにしても…、なんて良い香り…。彼女は平民上がりの騎士ではない。

 生まれから高貴なのだ。だから、生まれてから一度も嗅いだことのない、芳醇な香りがする香水を持っているのだろう。


 なんて、少女が無駄にときめいているが、そう思っても仕方ない。


 確かに目の前の偽女騎士から美味しそうな匂いが漂っているし、その原料はアルト王国では採取できないもの。

 中くらいの大きさを誇るアルベの街でも嗅いだことがない。

 即ち、外国産の嗜好品をケチケチ使わずに全身に振りまいている。


 その高貴な女騎士の目の前で、コボルトが二、三体倒れる。


「ひィ…、し、死ぬかと思った…。まだ、数が足りない…」

「すごい…。あっという間に三匹も‼流石は騎士様です‼」


 死ぬかと思ったとうっすら聞こえたが、彼女がそんな言葉を吐く筈がない。


 メイの中では「そんなに必至で死にたいの?まだ足りないわね」と誤変換。

 え?という彼(彼女)の顔のフィルター掛けされていて。


「ここから西にあと5m…。ついてきて」

「はい!!」

「え?いいの?」

「勿論です、騎士様!!」

「ん…、騎士って…」



 ——騎士。


 その言葉がセインの脳を揺さぶったのは言うまでもない。

 何処かの母と娘を率いて、魔物の群れの間を進む。

 この状況が既に連想させていたんだから、剣を握る手にも力が入る。


「本当はあの時、俺が」


 父と母の代わりに皆を導けば良かった。

 もっと村民と交流をするべきだった。


 もう…家も、あの村はなくなっちゃったけど


「でも、ここからどうやって」


 ハヤテやヒルダのように馬上から魔法を撃ちたい。

 グラムとグリムのように馬で轢き殺したい。

 ハヤテとヒルダは森の中だと遠くから魔法を撃ってたっけ。

 魔法が使えたら、体が大きくて膂力漲るなら、真の意味で二人を守れるのに。


 グルルル…


「まだ食べないで。早まるなよ…」


 今できるのは、イカれてると思われそうな綱渡り。

 美味しそうな人間の女を演じることで、コボルト同士で争わせる。


 これが可能なのは


「本当に帝国は、あの森の開墾をしてるんだな」


 ここにいる魔物たちが森を追い出された可哀想な存在だから。

 計画して人間の集落を襲ったんじゃない。

 もしかしたら、別のコボルトの群れも混じっているのかも。

 仲良く分け分けしたくないらしい。

 君は右腕、俺は左腕、僕くんは右足ね、って発想は今のコボルトの頭にはないらしい。

 タリスマンから伝わる数字がそれを物語っている。

 でも。

 

「まだ、足りない…」


 握りしめると見えてくる生き残る確率。

 本当は生存率100%を目指したいけど、十年の間に一度も100という数字を見たことがない。

 一番大きな数字は、あのヒトの近くにいた時に見えた99.999999。


 人間である以上、ミスはするもの。

 そういう意味だと思った。ってことは実質100


 現在、65。

 非常に心許ない数字。

 女装をやめれば、30。

 因みに、親子を見捨てたら10まで下がる。


「ん、気を付けて。ちゃんと頭を下げ…」

「お母さん、危ない!」

「ひ…」


 そして、娘が母を失ったら、0.01。

 恐らく、メイという少女が暴走して一気に食べ物の数が減るから。

 彼女を連れ去ることで、その分コボルトの数は減る。

 だが、その事実が魔物を暴走させるかも。


 これも数字からただ連想しているだけ。


「君も気を付けて。君の体も君だけのモノじゃないんだから」

「え…?私の心配も…。あ、有難うございます…。素敵な騎士様…」


 女騎士に、娘がときめかないわけがない。

 見当違いな勘違い。だが、女装セインは違う意味で首を傾げた。


 ん。今、数値が上がった?

 この子が妙な勘違いをしたから…かな。


 いや。


「73‼…そういうことか。マニーがこんなに手を掛けるわけだ」


 道理で西を向いたら数値が下がるわけだ。


 そして、女装セインはガバッと振り返って、母娘に告げた。


「マニーのを使う、君‼」

「え⁉私たち、お金なんて持ってないです」


 そう言や、なんでアイツはマニーって名前なのか。

 我が子に金って名付けるとか、可哀そう。

 ってことは、やっぱり俺は愛されてる。捨てられてなんかいない‼


「そうじゃなくて、お母さんと一緒に地面に伏せて‼マニーの特性汁がかからないように‼」


 特性汁?お金?一体何のこと?という顔の女子供の襟首を、セインは強引につかんで地面に伏せさせる。

 そして、タリスマンから手を放して、マニー特性汁入りガラス瓶を取り出す。

 それを思い切り周囲に噴射、更に蓋を外して自らの口内に流し込む。


 ——88‼


 ここから一気に上げたい。

 だから、女装騎士もどきは出来るだけ声帯を引き絞って思い切り叫んだ。


「誰か、助けてぇぇぇえええええええええ‼」


 悲痛な叫び。とびきりの裏声で助けを呼ぶ。

 泥まみれの母娘は目を剥いているが関係ない。


 独り占めしようと周囲を警戒していたコボルトの、本能を大いに刺激する突然の慟哭。


「騎士…様…?」

「88%助かるから。一緒に叫んで」

「へ…?助かる…って何が?」

「お願いぃぃぃいいいい‼助けてぇぇえええええ‼…さ、一緒に」


 コボルトどもがガァァアアア‼と我を忘れて飛び掛かる。

 これが88%助かる行動かと疑いたくなる。

 そも、アルベフォセの私兵はとっくに城門の北に行ってしまったのに誰が…


「でもでも。騎士様が仰るなら‼助けて下さぁぁぁああああああいぃぃぃいいいいい‼お願いしまぁぁぁああああああああああああすぅぅぅぅぅうううううう‼」

「よし、90を超えた。やっぱ、俺だと無理があったか——」


 グァァアアアアアア‼


 コボルトの大きな爪と顎が女装セインに迫る。

 だが、彼が久しぶりに見た90%台という数字。

 グリッツ冒険者ギルドと共に入った、コボルトの巣よりも高い数値。


 ギャン‼

 ギャヒン‼


 襲い掛かるコボルトが何者かに居抜かれて、ドシャッと大地に転がる。

 次々に居抜かれる化け物の姿に、人間の娘は目を輝かせて。


「助けが本当に…。騎士様はやっぱりアルベフォセ伯の騎士様だったのですね‼」


 ただ実は、遠い未来の安全を伴ったものではなかったりもする。

 この後、90%助かるという意味ではなく、今助かるという意味。


「違うよ。今は冒険者ギルドの雇われ」

「え…?だったら、今助けてくれているのは」


 つまり、この先はまだ分からない。

 だって、これは…


「助けられてない。横取りしようとしてる」

「横…取り…?」

「森だとよくあること。他の動物に襲わせて、それを分捕る。今回は、人間の女を生け捕りにしたい魔物ゴブリン。道理でこの格好、飲んでみると味が違うし。マニーのやつ。俺を襲わせようとしやがった」

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