第8話 初めての囮役・1

 囚人の移送のように手足を縛られて、馬に揺られる。

 その旅は思いのほか長く、今日で三日目。

 これだけの移動となれば、食事だけでなく、彼ら一人一人の給金はかなり膨らむ。


「ここが王都で…、って、そうなんだ。国ってこんなに広いんだ」


 当時はそんなことも考えられない程に無知。

 俺の無知にマニーが飽きるのも時間の問題だった。


「なーんも知らねぇでやんの」

「仕方ないだろ。俺は自分ちと森のこと以外は知らないんだし」

「よくもまぁ、そんなんで食べ物貰えたっすねー」


 村の人々が何をしていたかさえ知らない。

 白い目を向けられても、何も言い返せない。

 こんな俺が拾って貰えたのは奇跡としか言えなかった。 


「冒険者ギルドに行く…の?」

「あったりまえっすよ。おいら達の収入源は基本的にそこっすから」


 四日目にやっと行き先を知った。

 移送車は、南の友好国フォセ王国との交易の拠点になっているアクアスという街に向かっていた。

 これには無知の俺も目を剥いた。だって


「泥棒してきて、流石に不味いんじゃ…」

「それがそうでもないんすよねー。チラ…」

「なんだよ、チラって」


 チラ、ではなくピラッと見せるのは俺のサイン。

 チラ、と見ているのは前を行く騎馬。


 そして


「よく見るっす。どこ見てるんすか」

「どこって…、お前に書かされた契約書…、の下?下って…」


 そこで俺は目を剥く。


「グリッツ…冒険者ギルド…って?」


 契約書とマニーの視線は、同じ意味を持っている。

 馬上の人間と契約書に書かれた名前の一部がリンクする。


「でも、あの時僧兵に…」

「教会の法律と国の法律は必ずしも同じじゃないっす。それに」

「でも‼あの時、火事場泥棒って」

「兄貴たちだって、本来はこんなことしたくもなかったんすよ。つまり」


 しかも、一枚ではなく何枚も。

 毎度、毎度。彼らがサインを求めていたのには理由があった。

 団の名前が、ちゃんと決まっていない理由があった。


「その契約書ってギルドへの依頼書…?」

「ま。ギルド長は兄貴たちのご両親だから、代理ってカタチっすけど。…そういうこと。出張冒険者ギルドっす。遠くなればなるほど、依頼料が高くなるのは当たり前っす」

「それは…、そうかも」


 だから、あの兄弟は動かずに他の者が討伐に向かった。


「なんで言ってくれなかったんだろ」

「クソがつくド田舎で、証明することなんて無理っすよ。立場的に一番偉い筈のセインが知らないんだし」

「それは俺が無知なだけだったから…では」

「他の村は騎士様みんな逃げてたから、同じようなモノ。おいらのさくせ…」


 これは後で知ることだけど、自ら泥棒と言ったのはやっぱり後ろめたさがあったかららしい。

 それに俺が連れて行かれたのは、債務不履行にさせないため。

 きっちり、両親に金を払わせるためだったらしい。


 でも、ここで俺の中の時が止まることになる。


「あ、そういえば。おいらの薬と同じ草を使ってたっすよね。あれ、どこで手に入れたんすか?アルト王国じゃ、簡単に手に入らない代物なのに」

「…え?」

「ま。あんなの塗り込んだら、食べてくれって言ってるものっす。セインはほんと、騙されやす…、ん?」


 マニーが持っていた美味し草汁は、残念ながらビン越しに見ただけだから、匂いを嗅ぐことは出来なかった。

 コボルトの死体の臭いを嗅いでもいない。

 だから、言われるまで気付かなかった。


 だから、マジで顔が固まった。意味が分からなくて大混乱に陥ってしまった。


「…それ、もっと詳しく聞かせるっす。王の両盾ケインとセイラの重要な情報っすよ」


     □■□


 一行はマニーの言う通り、セインの目からバカでかく見える街の冒険者ギルドに辿り着いた。

 アクアスという街で一番目に付くのは、信じられない幅の水路。

 その水路が海へと繋がっていて、隣国と交易が金貨や銀貨を用いて行われる。

 場合によっては物々交換の場合もあるらしい。

 その街にあった建物には『グリッツ冒険者ギルド』と大きな文字で書かれた看板が立てられている。


 少し前に初めて知った情報だけど、既に周回遅れ。

 そして、今の話題は。


「傷薬にマニーのあの薬が入っていた…」

「ハヤテ、ちょっと食べてみなさい」

「丁重にお断りさせてもらうぜ。傷薬を食べる習慣はないんでね」


 マニーという男は本当に口が軽くて、建物に入る前には全員に伝わっていた。

 セインの両親が愛用していた傷薬が、魔物を寄せ付ける匂いが混じっていた。


 普通に考えれば


「ほら、やっぱ捨てられたんすよ。捨てられたどころじゃないっすよ」

「まぁ、待て。俺達もお前のバックパックの中身までは把握してねぇんだ。で、それは金になるのか」

「金になったら、おいらはそれを売って借金返してるっすよ‼」


 マニーがトーチカ村でやろうとした大作戦を連想する。

 若者衆が、セインにそれを飲ませて森に立ち入ろうさせたが、当のマニーがその行為を止めている。

 それくらい、魔物に効果がある代物で、それを息子に塗るのは虐待。

 いや、子供を魔物への供物にする行為にしか見えなかった。


「セインは、苦い薬が嫌いだから、母親が混ぜてくれたと言ったんだったか?」

「…はい。それは…、そうです。母さんからそう聞きました。最初は普通の傷薬だったのも覚えてます」


 まるで、というか正に事情聴取。

 流石にこればかりは、と個室にて行われている。


「セインには悪いけど、アタシは…、吐き気を催すわね。だって、そうでしょ?森で修行する息子を、魔物のエサにしようとしてるようにしか思えないじゃない」

「ヒルダ、落ち着け。王に認められた二人だし、女騎士セイラの魔法は有名だ。天才とまで言われている。違う目的があったかもしれない…」

「どんな目的よ‼」

「それを今、考えているんだろ!」

「二人とも落ち着け。今、一番の問題は…」

「セイン。他に分かっていることはないのか?」


 あの日、母はいつもと変わらぬ笑顔で送り出してくれた。

 父は、セインを助けようとしていた。


 傷薬のことなんて…


「…分からない。やっぱり…」

「さっきから何を弄ってるっす?そのアミュレットからは何も感じないんすけど」

「ま。とにかくよ。今のままなら、前に俺に言ったことはそのままやってもらうしかねぇな」

「アルト王国の人間じゃなかったって線が消えない以上、戻ってこない可能性の方が高いしなぁ」

「っていうか、絶対に戻ってこないわよ。だから、セイン。自分の借金は自分で返すしかないわね」


 マニーの発見により、捨てた説が圧倒的になってしまった。

 だったら、両親はあてにならない。

 500万ゴールドから100万ゴールド引いたものが、そのままギルドへの借金になる。


 だから、働く。人生で初めて働く。

 借金返済の為に、依頼書をこなす。とはいえ。


「あの時の戦い見たろ。戦闘では使えねぇぜ」

「それにおいらみたいに鼻も利かないし、知識もねぇすよ」

「何でもします…。グラムさん、グリムさん」


 ところがこの国で問題が発生。いや、その発生は既にしていた。

 あんなとこまで出張に行くくらい、この国は終わっている。


「言っとくが、同情はしねぇからな。俺とグリムで王都に行ったことがあるんだが、王とその周りの貴族の動きがおかしい。穏やかとは言えねぇな。護衛か討伐以外の依頼なんてまずない。てめぇが出来て、それなりに稼ぎになるって言や」

「おい。グラム。それは流石に…。っつっても、それくれえしかねぇか」


 この二人は喋り方も似てる。


「…でも、俺に出来る…ことが」


 違うのは見た目くらい。そして、細身の方。グリムがはぁと溜め息をついて、気まずそうにこう言った。


 余りにも、危険な仕事だったけれど。


「これから多くの地域で住民の避難が始まる。そん時の殿役」

「つーか、囮役だな」


 助けてくれたからって、過剰な同情はしない人達。

 と言うより、ここも余裕はない。それはここに来るまでにヒルダに散々言われた。

 ハヤテだって、この通り。特別扱いはしてくれない。

 父と母に疑惑の目が向けられた以上、セインに身代金交換の価値もない。


「成程、囮役か。それなら既に結構来てるし、他の冒険者も流石に敬遠してる」


 そして、ポンとヒルダが何の役にも立たない男の方を叩いた。


「仕方ないわね。その仕事受けて、どうにか稼ぐっきゃないんじゃない?勿論、アタシは受けないけど。でも、アンタなら適任って気がするわ」

「姐さん。おいらに協力しろ、なんて言わないっすよね」

「最初くらい手伝ってやんなさいよ。美味しそうに見せないと囮にならないでしょ」

「はぁ。アレ、もうあんまりないんすけど…」

「てめぇも借金あるだろうが。三回くらいやりゃ、返せるんじゃあねえか?」


 マニーが何をしでかしたのか、それは何故か誰もセインには教えていない。

 そして、セインも深く聞こうとはしなかった。


 何も考えたくなかったってと、何かしたいっていう気持ち。

 ないまぜになって、セインは灰色の髪を上下に揺らした。


「仕方ないっすねぇ。でも、おいらは助手で、セインっちが餌役っすよ。セインっちの才能って言ったら、今のところその傷薬持ったまま、森に籠もれてたくらいっすから」

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