第7話 旅立ち・5
視界の右端からドン!
「ぐあっ」
視界の左端の瓦礫にこげ茶色のツンツン頭がゴシャ!
「ったく。こんなこったろうと思ったぜ、マニー!」
コボルトの巣から帰ったあとに何が起きたか。
セインの目線では何も起きていない。
帰って早々、グリッツ兄弟のガタイの大きな方、グラムにマニーがぶん殴られた。
「そ、そんな筈ないっすよ!だって金塊は」
「あぁ、あったさ。だが、全然足んねぇ!テメェが勝手に持ち出した魔法具の半分の価値しかねぇ」
思い切り殴られたように見えたが、マニーは村で最初に見た時と変わらない身軽さでピョンと飛び上がった。
「ぜーったい500万G以上あったっす!あ、また利息分がどうのこうのって言うつもりっすね!…ゲフッ」
顔は似ているがガタイは細いが引き締まっているグリムが小男を蹴飛ばす。
「そんなこと一度も言ったことねぇだろ。見つかったのは最初のだけだ。徹底的に破壊したから間違いねぇ。せいぜい100万ゴールドだ」
「はぁ?そんなわけねぇっす!そだ、今回はハヤテっちとヒルダっちにも確認してもらったっす!」
マニーが過去に何をやったかなんてどうでも良かった。
ただ、興味深いのは打たれ強さ。
あれ、一つ一つでセインなら気絶できる。
しかも、二人がかりで何度も蹴られながらも抵抗してみせる。
「あ?そういえばそうだったっけか?」
「どうなんだ、ハヤテ」
「あ?俺は見張ってただけだし。そうだ、ヒルダ」
「アタシ?確かに確認したわよ。1千万ゴールド相当の報奨金が出た筈…。それが金塊や金貨って形かは書いてなかったわ。魔法具の可能性だってありそうだけど」
この間に、マニーは蹴られ続ける。
心配になるほど、血だらけ、血だるま。
これが商人根性?だとしたら凄い。
って考えていた時だった。
「ついでに言うと、コボルトの巣には何もなかったわ」
「あぁ。かの有名なナイト、ケイン殿があの程度の魔物の巣で死ぬ筈もない。持っていっちまったんだろ?ってことで、やっぱ俺のせいじゃねぇ。マニーの鼻が今回も効かなかったってだけだよ」
セインはやはり目を剥いた。
「母親も行方不明だし、持ち歩いていたんじゃない?」
「けっ。ここでもそうなのか…、よっ!」
「ゲヒッ!」
そこに思い切り蹴られたマニーが目を回しながら転がってくる。
流石に何かしないとしにそう。
「そんなぁ…。ここには愛息子が残ってるんすよ…。人間は自分の命よりも子供の命が大事なんじゃあ」
「マニー!今は止めなさい!」
ヒルダが赤髪を振り乱して凄い剣幕で怒鳴る。
そしてセインは混乱した。
でも…
咄嗟に傷薬を取り出して、目の前の血塗れ男の手当てを始める。
「…生きている…なら、それでもいい。なにか、理由があって帰ってこれないだけ」
実はそれだって何度も言われたこと。
逃げたんじゃないか。それは仕方がない。
だって魔物は怖いし。
貴重な魔法具を持って逃げた?
それだって、…俺も同じ。ずっと持ち歩いていた。
「おい、セイン。お前、全く考えてなかったわけじゃねぇんだな?」
茶色くて長い髪の男、ハヤテが肩を竦めた。
「だから、待ってた。死んでいないと思ってたから」
「ただの希望?生きてて欲しいって?」
「なんだ、やっぱり考え無しじゃねぇか」
そこに馬のいななきが響く。
「兄貴!早く離れねぇと!僧侶共が軍を率いて来やがった!」
「チッ!面倒臭えやつらだ」
「僧侶の兵?司祭様が村のために!?」
「バーカ。アイツらがこの村のために動くかよ」
「え?でも、実際…」
「アタシたちを捕まえるために来たってこと。流石にアタシらの正体には気付いてんだろ、ぼうや」
そう。セインは気付いていた。
この村の成り立ちを考えれば誰だって分かる。
村人が、一先ずの安寧だけで、彼らを放置した意味も同じこと。
「…火事場…泥棒」
「グラム!この子どうする?」
「知られたからにゃ、連れてくしかねぇだろ」
縄で締め上げられて、荷車に乗せられた。
ついでとばかりにマニーも同じ扱い。
「ぐぞー!今回ごぞ、じゆーっておぼっでだのにー!」
今から走っていって、助けを呼べば彼らは捕まる。
それも分かっていた。だけど、なんとなく大人しくした方が良い。
——俺はその時、何故かそう思ったんだ。
□■□
不帰の森に隣接する村。
トーチカと呼ばれる簡素な建物が並ぶ、小さな村。
トーチカだから、分かりにくい。
「カナリア地帯の意味は分かってんだろ?」
「分かってるよ。帝国が動いた時、一番最初に被害を受ける場所」
「ふーん。それくらいはちゃーんと教えて貰ってたか」
「長老様に。でも、心配ない。王に認められた騎士が必ずいるから」
「長老様に…ねぇ」
焦げ茶色のツンツン頭が半眼で森を睨み、左右を馬で囲う隊員も軽く睨む。
「で、実際のところどうなんです?」
「アタシ達、グリッツ友愛隊みたいなのが跋扈してる。…それだけで、アンタなら分かるでしょ」
どうやら名前は決まっていないらしい。
赤毛の女は、セインの目には、年上のおばさんに映っている。
言ったら、絶対に燃やされるから言わないが、おそらく三十前半。
アレだけの魔法を使える経験があり、体もまだまだ動く。
冒険者として、脂がのる年齢。
「…何、ジッと見てんのよ。それは、あんな目に遭って分かんないわけ?」
「え?いや、そうじゃなくて。…他の村も同じってこと…か」
「殆どが財産持ち逃げしてる。だから、今日くらいの儲けは久しぶりだけどな」
荷車の反対側から男の声。
ハヤテとヒルダは常にセットで行動するらしい。
「な…、そんな…」
「悪く思わないでよ。アタシたちだって隊員を食わさないといけないの」
他の村だともっと安く請け負っていると聞こえる言葉。
だけど、セインは首を傾げた。
「…アンタ、アタシ達に財産奪われて、悔しくないわけ?」
「お金があったって知らなかったし。でも、…そっちじゃなくて、他の村も魔物に襲われてる…っていうのが、あんまり想像できなくて」
「ノー天気もほどほどにしとけ。マニーじゃあるまいし」
「アタシ達は北部から来たのよ。その意味、分かる?地理は苦手かしら。…苦手のようね。マニー、後はよろしく。アタシは教育の代金は貰えてないし」
「俺もだな。とにかく最低限の教育はしとけよ。まだ、お前の借金は残ってんだからな」
「ちょと?どういうことっすか。なんで、おいらがこんなノータリンに教えるんすか!って、もう聞いてないし」
何処に行くのか。どうして連れて行かれているのか。
今のセインは、何も考えられなかった。
マニーの言うように、本当にノータリン。
「ったく、しょうがねぇ奴らだ。小僧、覚えとけ。アルト王国は終わりだ。だからマニー‼国が潰れるまでに黄金を搔き集めんだよ‼」
「って、兄貴‼だから、どーしておいらとコイツがセットなんすか!」
「足りねぇもんは足りねぇ。足りないから済む訳ねぇだろ。それに、そのガキはまだ役に立つかもしれねぇだろ。少なくとも、てめぇよりはマシなんだよ」
森をずっと右手に見ながらの移動。
離れれば、離れるほど、森ではなく壁に見える。
人間では開拓不可能な不帰の森。グリッツの集団が焦がした程度では、ビクともしない。
神の森という信仰を横においても、人間の手ではどうにもできない。
だのに、帝国は平気で利用する。
「いやいや。コイツ、捨てられたんすよ?おいらの方が五倍…、いや五十倍は価値があるってもんすよ」
「馬鹿野郎。…てめぇも言ってただろ。人間はそう簡単に我が子を見捨てねぇ。んで、ソイツをいつか高く買ってくれるかもしれねぇ」
「はぁ…。十年も放置されてるコイツがねぇ」
帝国に出来て、王国に出来ないのか。
何故?そんなことは知らない。
本当に両親が生きているのか、それだって分からない。
その結果、火事場泥棒に身代金目的で運ばれる。
こんな不格好な形でも、セインにとって旅立ちである。
父と母、そしてあの美女の幻影から、誰かが引き剥がさなければ、彼は一生あのままだったかもしれない。
「…グラムさん。俺、なんでもします。俺に生き方を教えて下さい」
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