第5話 旅立ち・3

 キュロキュロキュロキュロキュロキュロピィィィイイイイイ‼


 魔笛、そう呼びたくなる笛の音。

 遠巻きに警戒していたコボルトの軍勢を呼び込むには十分すぎる響きだった。


「クソ、村に魔物が」

「マニー殿、これはあまりにも」

「だーかーらー、大丈夫っすよ。兄貴たちの地獄耳を侮っちゃダメっす」


 村民は50人くらい。

 くらい、としか言えないのが、セインの十年間の生き方だった。

 恐らく、ここにいるのが住民の10割近く、ほぼ全員。

 ケインとセイラが守っていた領地。そして領民。


「父さん…、母さん…」

「だーかーらー、問題ないっすって。魔物に取り込まれちゃ、意味がないんすから」


 そういう意味では小さな小さな領地。

 騎士に与えられた、騎士が所有する土地。

 そこにとんでもない数の魔物が入って来る。

 

「守らないと。この村は…。村がないと…」


 僅かな希望も断ち切られる。

 滅びたのか、と遠い地で父と母が悲しむかもしれない。

 もう、帰る必要はないと考えるかもしれない。


「ちょっと、駄目っすよ!」

「なんでだよ。俺が守らないと!」

「王の盾の子供、一応生かしとかないと兄貴たちが怒るっす。それにもうすぐ…」


 若者衆が一斉に槍を構える。

 ここはトーチカと呼ばれる建物が建っているから、トーチカ村と呼ばれるらしい。

 森に接している村は、基本的に似たような名前で呼ばれているとも教えてもらった。


 父と母に。


「セイン。今日くらい、お前も頑張れよ」

「分かってる。俺が…」

「はぁ…、だからー」


 コボルトが大量に集まって来る理由は、村人が一番知っている。

 いや、一番理解しているのは行商人マニー。

 彼が仕込んでいた美味し草のエキスが、森に接する場所から漂っている。

 セインが迂闊にも殺してしまった魔物の死体から溢れている。


 だのに、マニーは暢気に空を仰ぐ。


 そして、


 グルルルル…


 と、コボルトたちの唸り声。だが、そこで。


「マジックミサイル!」

「ファイアアロー!」


 グアァァアアアアアアアア‼


 村民の目の前で叫び声を上げるコボルトたち。

 燃え上がる人食い獣人。

「ほらね」と小さな声がして、バカラッパカラッと複数の馬の蹄の音。


「どりゃぁぁあああ‼」

「へやぁあああああ‼」


 馬が踏みつぶしたのか、それとも馬上から薙ぎ払ったのか、焦げた獣人の止めが刺される。

 そして。


「グリッツ天馬団、見参!」

「グリッツ鳳凰隊、見参!」


 その馬上から、よく似た声で違う名が叫ばれた。

 因みに、彼らの後ろにも騎兵と歩兵が複数名いて、さっきの魔法を使った魔法使いだろう男女の姿もあった。


「天馬?鳳凰?」


 何から何まで胡散臭い集団。


 だけど、


「おおおおおおおおおおおおおおおお‼」

「すげぇぇええええええええええええ‼」


 村人たちはそんなの気にならなかったらしい。

 彼らの派手な風貌とか、剣と槍を掲げる大げさすぎる仕草とか。


 そんなの関係ない…のか。俺、もしかして…、妬いてる?

 父さん、母さん…、ゴメン。俺…、父さんと母さんがやって来たことを…、全然継げていない…


 村人たちが歓迎している中、セインは天を仰いだ。


「…で、マニー。首尾は?」


 その隣で、セインと書かれたサインを掲げる小男。


「バッチリっす。ほら、ちゃーんと綴りも間違えずに書いてもらいやした」

「おう、ハヤテ。確認をしな」

「ちょっと、兄貴。おいらは…」


「寄越せ」と長い髪の男が言って、セインが迂闊にも書いてしまった契約書をひったくる。

 そして、にやっと笑って隣の女に契約書を渡した。

 それだけで、何か頭に来た。


「お前ら。本当に…」

「セイン、止めなさい。さっきのを見ただろう。お前じゃ…、この村は守れない」

「う…」


 誰も目を合わせてくれなかったんだから、そうなって当たり前だった。

 セインは信用にならない。セインは必要ない。

 平民上がりの騎士の子なんて、王に認められなければ、大して身分は変わらない。


「で、でも。この村だけじゃなくて、コボルトの巣も処理してくれるって約束だ…から」

「それはそうじゃが…」

「だ、大丈夫っすよ。ね、兄貴」

「ったりめえだ。だが、その家を見てからじゃねぇとなぁ」


     □■□


 村に居るコボルトは約二十体。

 呆気なく、あっさりと、これくらいだったら自分達で出来たんじゃないかって思うほど、あっという間に処理された。


 それに安堵した村人は、後はセインに任せて、大事な作業である魔物焼きを始めた。

 この作業は暫くの間、魔物を寄せ付けないという意味を持つ。

 その吐き気を催す臭いが強いほど、ウチの村は強いぞというアピールとなる。


「お前ら、何やってんだ。そんなことしたら」

「大丈夫っすよ。兄貴たちはちゃーんと約束を守りやすから」


 そして、グリッツ天馬団もしくはグリッツ鳳凰隊は、セインの生家を漁り始めた。

 しかも、ドン‼ドン‼とハンマーで壁を壊しながら、まるで発掘作業。

 衝撃音と共に、思い出が消えていく。

 

「グリム、お前さっき鳳凰団とか言いやがったな?」

「はぁ?鳳凰隊だよ。言い間違えんな、グラム」

「馬鹿が!天馬団って決まっただろうがよ」


 しかも、こんな間抜けな会話を聞きながら、喪失感と戦わなければならない。

 彼らは村を襲った魔物を駆逐した。

 それだけで、セインの存在は殆ど無価値になってしまった。


 そして、このマニーとかいうフザけた小男も侮れない。


「そんな顔しなくてもいいっすよ。…どうせ分かっていたんだろ。もうすぐ、新しい領主様が来るって」


 途中から明らかにトーンが変わり、セインの両肩が跳ね上がり、顔が歪む。

 成人しても王に呼ばれないというのは、そういう意味でもあった。

 所詮、王は一代限りの騎士と考えていた、ただそれだけ。


「その前にセインは思い出を投げ打って、村人を救った。そう考えるっすよ」


 慰め?いや、どうだろうか。

 本当によく調べている。

 セインの心境はさておき、村民は皆そう考えていただろう。


「だからって壊すことない…。俺と父さんと母さんの思い出…だぞ」

「おおおお!やっぱ出てきたぞ!思ってた通り隠してやがった」


 セインのか細い声が掻き消える。

 そして、彼の眼球はひん剥かれる。


 どういうこと…だ?


 だが、先程。くんくんと嗅いだ鼻を自慢気に突き出されて、咄嗟にそちらを睨みつける。


「調べはついてたんだ。金塊にして隠してるってさ。だって、ここから出入りする財産なんて高が知れてるだろ」

「でも、なんで…」

「そんなのおいらが知るかよ。ただ、帳簿を盗み見ただけ。お前の為の貯金…、もしくは老後のため?」


 そこで半壊した我が家から、大きな声が聞こえた。


「マニー!大手柄だ。しゃあねぇな。コボルトの巣をぶっ壊してやるか」


 父と母が残していた金塊。村民も息子も知らないお金。

 マニーの言う通り、貯金?将来の為のお金?


 どうして…、何も知らない…?アレがあれば、俺は…。

 いや、俺はあんなものの為に家と森を往復していた訳じゃない。

 地位とか名誉とか、財産とか。


「俺がなりたかったのは…、父さん、母さんみたいな」

「うんうん。もしかしたら何も欲しがらない孤高の騎士だったのかもね。ま、なんでもいいじゃん。少なくとも、アレで村を救えるんだ」


 そしてツンツン髪の小さな男は立ち上がり、ニコニコ顔で巨漢の兄弟のところに走って行った。


     □■□


 俺の精神は崩壊寸前だった。

 いや、この十年間の怠惰が俺をとことん弱くしてしまったのだろうか。


「ファイアアロー!」

「ちょっと待て、ヒルダ!俺がまだ」


 グリッツ兄弟は、部下にコボルトの巣の掃討を命じた。

 あの二人は金塊を守る騎士だったらしい。

 でも、そんなことはどうでも良かった。

 マニーの言うように、父と母は地位も名誉も財産も要らなかったのだ。

 それで、金塊を隠していた。一番シックリくる俺の答えだ。

 お金マニーと名乗る男に教えられたくはなかったけれど。

 だったら、家だって同じだ。父も母も村民に対して威張るような態度はとっていなかった。


 でも…


「いいじゃない、ハヤテ。アンタも外道だから、ついでに燃やしてあげる」

「てめぇみたいな男狂いに言われたくねぇよ!」


 この行為は違う。

 不帰の森の木は神聖で…。いや、そうじゃなくて!


「所構わず燃やしてどうすんだよ!」


 すると、目付きの悪い男からヒルダと呼ばれた女が振り返る。


「は?勝手についてきて何様?ここもアンタの所有物だっていうのかしら」

「そんなわけないだろ。不帰の森は神様の森、そんなことも」

「へぇ、神様の森に魔物が巣食ってるんだ。アタシ、そんなこと初めて聞いた」

「違う!今はそうなってるけど、かつては」

「かつて?今は帝国に利用されてるの。そんなことも知らないの?この森のせいで父親を失っておいて…」

「うぐ…」

「…あら、傷付いたの?ぼくはまだこどもだもんね?」


 何を言っても言い返される。

 その度に父と母との思い出も燃やされた。

 だから、だんだん反抗するのも辛くなる。


「待ってくれ!その木だけは…。その木にあのヒトは」

「ちょ、止めなさいよ。ここで死なれたら、妙な疑いかけられるでしょ。もう、ハヤテ!」

「はぁ、分かって…ら!」

「ぐ…は」


 十年間、立ち止まっていた理由だったかもしれない。

 あのヒトが立っていた枝を生やす木を守ろうとして、俺は意識を失った。

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