第4話 旅立ち・2
行商人マニーの捲したては、セインだけでなく村民にも効いていた。
セインを複数のコボルトが食べてしまうと、本当に大変なことになる。
「うーむ。確かにセインが単に食べられるのは不味いのぉ」
「この子は毎日のように、森に入っているわ。その美味しいお肉が何処から来たのか、道に書いてるようなものでしょう?」
「クソッ!だったら、どうやって責任をとるんだ、セイン!」
十年間欠かさなかった森での鍛錬が、セイン自身を酷い人柱にさせることの弊害となっている。
若者連中は顔を真赤にして、寄生虫を睨みつけるが、マニーと年寄り連中が言う通りなのだ。
セインに出来ることは…
「分かった。だったら、俺がコボルトの巣に行く。そこで」
その元凶を責任をもって取り除くこと。
父と母なら、そうしたかもしれない。
「ふーん。セインっちは腕に自信があるみたいっねー。でもでもー、それが成功する確率は?」
だが、行商人が立ちはだかる。
「ウメさんの話の通りなら、失敗したらコボルト達はセインっちの匂いを嗅いで、ここに来るかもしれないっすよ。100%、駆除できるって宣言出来るんすか?」
そして、セインの顔色が曇る。
そんな約束は出来ない。そもそも出来るなら、とっくにやっている。
駆除して、父の遺留品をじっくりと探したい。
「ソイツにそんなことできるわけねぇ…」
「そうじゃのぉ。だとすれば、どうすれば」
練りに練った作戦は、誰かのせいで使えない。
誘き寄せていたコボルトも、何匹か警戒して遠くから眺めている。
村に入った同朋が戻ってこないのだから、人間が罠を張ったくらいは分かる。
それくらいは知能がある。
「ただ、目をつけられて終わり…。マジかよ」
吐き捨てるようにマルコが言った、その時
行商人の目がキラリと光る。
「うーん。美味し草作戦が失敗した今、取れる手段は…、一つくらいっす。おいらもガックリっす」
トーチカ村が目を剥いたと、言いたくなるくらい全員が行商人マニーに大きく見開いた瞳を向けた。
「マニー殿、今何と?」
「んー?おいらもガックリって…言ったんすけど?」
何とも白々しいが、皆ソレに気付かないくらい追い詰めらている。
特に若者衆。セインもマルコもポールも、他の若者も。
「そうじゃね…。じゃなくて、そうではないです。さっき、マニーさんは取れる手段が一つあるって」
「えー?おいら、そんなこと言ったっすか…」
「言った。俺も聞いたぞ。…なぁ、教えてくれ。その一つって」
とは言え、セインは黙って聞いていた。
今の今まで、村の会合にも若者衆の談合にも参加していない。
そもそも、商人と取引なんて出来っこない。育ててもらっている立場だし。
「ぎくぅぅ。言ったっすか。それなら仕方ないっす。白状するっす」
「ん、どういうことですか?なんで一度隠そうとして」
「おいらの儲けが減るからに決まってるじゃないっすか‼おいらの作戦なら、おいらだけが儲かるんすよ⁉」
何となく引っかかるものの、そうかもしれないと思わせるもの。
行商人のネットワークを使うなら、当然マニーの取り分は減る。
それにもっとお金がかかるかも。
とは言え、村人全員の命に関わる問題だ。
「頼みます。お教え下さい。その方法で我らは救われるのですか?」
「はぁ。救われるっす。コボルトの巣くらい、あの方々なら楽勝っすよ。じゃないとおいらがこんな目には…、ってなんでもないっす」
「あの方…」
「がた…。つまり行商人ってことじゃなく」
「そうっすよ。冒険家として名高いグリッツ兄弟とその仲間たちが隣の村にいるんすよ。おいらが聞いた話によると、その村での仕事が終わったら、王都に戻るって話でしたけど…。でも、それだとおいらに行く筈だったマネーが…」
「王都に戻るって…、遠ざかってるじゃねぇか」
「因みにぃ。ギルドには所属してねぇっすから、ちょっぴりお高いんすよねぇ。あと今からギルドに連絡をとってても、流石に間に合わねぇっすかも…。でも、おいらの儲けがなぁぁ…。ほらぁ、約束の…」
すると年寄り衆の中で、一番年長者のウメがマニーに頭を下げた。
「マニー様。マニー様へもきちんと仲介料を支払います。どうか、その腕の立つ冒険家様をこちらに」
「え?ほんと?だったら…」
そして、ピョンとさっきのように軽やかに跳ね上がる行商人。
着地した瞬間、バックパックから玉石が整列した奇妙な道具を取り出して、カチカチと音をさせる。
「えーっと早馬代、仲介手数料、それから討伐費用、食費…」
足下を見られていると、年寄り衆は思っていたのが何もできない。
ただ、祈りながら待つしかない。
パチン‼
「五百五十万ゴールドっすね!あ、おいらの仲介料はたったの5%っすから、これ以上は絶対に安くはならないっすよぉ」
そして予想通り、全員の顔から血の気が失せて、年寄り連中は膝から崩れ落ちる。
「はぁ?そんな金、トーチカ村にあるわけねぇだろ」
「あまりに法外すぎる。…どうにか」
「だーかーらー、おいらの問題じゃないんすよ。グリッツ兄弟が決めてる値段で、おいらだってあの兄弟のせいで辛酸を何度も嘗めてるんすからぁ」
「でも、無い袖は振れぬ。この村は…」
後は司祭様に相談するしかない。
この村は出張所があるだけで、それこそ冒険者ギルドに相談しにいくだけの時間が必要。
そもそもここは、ケインとセイラが自治をしていた村。
セインが成人になるのを待っていたから、決まった統治者はいない。
——だからこそ、だった
「ん?それはおかしいっすね。無い袖?」
行商人マニーは、顔を顰めて首を傾げた。
「おかしいことはないだろ。どんなに頑張ったって、そんな金を作れるわけない」
「いーや、おかしいっす。だって…」
そう。実はおかしいのだ。
そもそも、幽霊村民だったセインを行商人マニーは知っていた。
「王の盾と称されて、領地だけでなく目が飛び出るほどの報奨金も持参してる一家が住んでいた筈…」
そもそも、マニーの狙いはセイン、ではなく両親の…
「…ケインとセイラか。残念じゃがあの二人は」
「知ってる知ってる。商人のネットワークを舐めないで欲しいっす。愛息子を残して、既に他界。でも、家はちゃーんと残ってる。息子さんもほら、そこに」
…財産だった。
こうなってくると、今まで蚊帳の外だったセインが衆目に晒される。
ただ、実は…
「俺…、遺産なんて…。えっと…、ウメさん」
長老の両肩が跳ねあがる。長老と言ってもまだ六十代だが。
「…そうじゃ…な。金に換わりそうなものは…特に…」
いや、既に換金されている。
これも司祭様の取り決めだった。
「いや、そもそも。あの家に五百万ゴールドするような代物はなかったぞ」
「どうなんだ、セイン」
「し、知らない。みんなだって…知ってる筈」
村の皆が知っていること。だから、セインは家宝だけは持ち歩いていた。
でも、その家宝だって、村人が目こぼしをしたもの。
そうでなければ、こんな扱いは受けない。
もしも、セインが大金持ちだったなら、扱いが違う筈。
「くんくん。くーんくん。いやいや、おいらも甘く見られたもんっすね。ってか、お子さんが残っているんだから、問題ないっす。後は…」
ツンツン髪の商人の視線は、セインを捉え続けたまま。
つまり…、問われている。この奇妙なアミュレットを差し出すべきか。
この村を救うために、両親が子供に持たせたお守りを差し出すかどうか。
そんなの決まってる…
「…これが最後の家宝だ」
「セイン、あんたそれは」
「分かってる。これがないと俺って気付いてもらえないかも。…でも、父さんと母さんが生きてて、これを渡さなかったせいで村に被害が出ると知ったら、…絶対に怒られる」
セインが知ってる強き英雄としての父なら、セインが知ってる優しき賢者としての母なら
絶対に…
でも、行商人は冷たい眼差しでこう言った。
「はぁ?なんすか、それ。宝石でもなければ、貴金属でもない。…そうじゃないっすよね。家が欲しいんすよ」
「え…。これが家宝…って言われたん…だけど」
「で、どうなんすか?…家の所有権。それだけでいいんすよ」
そこでセインは目を剥いた。
確かに、家の所有権だって同じことだった。
父と母の帰りをずっと待っていた場所だ。でも、同じこと。
父さん、母さん…、これでいい…よね
セインはつい天を仰いだ。その行為自体が示している。
彼も分かっている。父と母は、あの日死んだ。ちゃんとお葬式もしたんだから、ここで立ち止まっちゃいけない。
「…分かった。俺の父さんと母さんの家で皆が助かるなら…」
「はい、ここにサイン。もう、成人っすもんねー、君」
「え?え?…でも、こうするしかない…んなら」
村民に少しだけ助けを求めた。
でも、全員が目を合わせてくれない。
どうしようもないと分かっているから?
あの家に、セインに価値がないと思っているから?
だったら、せめて
「そ、その代わり。お、俺もコボルトの巣狩りに連れて行ってくれるように言ってくれないか」
自分に価値があると示したいと思った。
「ほい。サイン確認、セイン。間違いないっす。あー、ついて行きたきゃ好きにすればいいっすよ」
既にマニーの視線は契約書に注がれていて、彼の仕草が言っていた。
もう、セインに価値はない、と。
そして、バックパックから巨大な笛を取り出して、思い切り吹いた。
「ちょっと、何やってんだ。そんなことしたら」
「大丈夫っすよ。兄貴たちは村の外で待機してるっす。商人として約束は守るっすよ」
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