第4話 組野家

 お通夜に参列する人たちがちらほらと会場に集まり始めた。

 外の喧騒とは打って変わって、斎場の周辺はフィルターがかけられたかのように静かだった。


 入り口で案内をしながら、俺はチラチラと組野功一の様子を窺っていた。

 どうにか故人の情報を得て仲介屋に連絡をしなければならない。仲介屋に言われた嫌味を思い出し、俺は顔をしかめた。


 組野功一は斎場の隅から祭壇を静かに眺めていた。俺はその視線の先に目を移す。

 祭壇は白や黄色の菊の花がたくさん飾られており、真ん中には机が置かれていた。そこには火のついた線香が供えられ、煙がまっすぐ上っている。

 比較的小さい会場の割にとても豪華にセッティングされていた。しかしその花々の中央、四角い枠の中は空っぽだった。一番メインとなる故人の顔写真が額に飾られていない。

 急に亡くなったとしても、遺影くらいどうにか用意できるもんじゃないのか? それとも飾りたくないのか……。

 ここまで素性を隠した葬式を担当するのは初めてだ。きっと名前も偽名に違いない。


「組野、大丈夫か?」


 組野功一に声をかけたのは、参列でやってきた二人の老年の男性だった。

 旧友なのか、三人は親しげに会話を始める。


「誠一くん、残念だったな。五十六だろう? まだまだこれからじゃないか」


「惜しい人を亡くしたなぁ」


「彼、腕も人望もあったから」


 どうやら誠一は仕事のできる人物だったようだ。


「困ったことがあれば何でも言えよ。次期会長候補も考え直しだろう?」


「ああ、また内部で勢力争いが始まって大変だよ。色々と金が動いている」


「そうだろうな。お前んところは本当にでかい組織だから……」


 推測するに、功一から誠一に会長の座を譲る予定だったようだ。社内で抗争があるなんて相当大きな会社なのだろう。

 功一と会話を終えた彼らは「また後で」と言うと、少し離れた場所へ移動した。


「まさか誠一くんがこうなってしまうとは予想外だったよ……」


「我々もいつ同じ目にあってもおかしくないぞ。気をつけねば。あの家は本当に……」


 そう言って二人は会食ホールへ入っていく。

 誠一は事故死ではないのだろうか? 話の続きが気になり後をつけようと一歩踏み出したところで、目の前にぬっと誰かが現れた。

 俺より頭一つ分ほど身長差のある一徹が「少しよろしいですか?」と俺を見下ろしている。老人たちの会話を聞き逃したため、苛立ちが募る。睨まないように気を付けながら彼を見ると、霊安室の時と同じ笑顔をこちらに向けていた。


「親族控室のお湯が切れてしまったのですが、どちらで補充できますか?」


 彼は手にしていたポットを俺に見せた。

 そんなことで呼び止めるんじゃねぇよ、と心の内で毒を吐きつつ俺は一徹からポットを受け取る。


「俺が新しいの持ってくんで、部屋で待っててください」


「ありがとうございます」


 一徹は俺の不愛想な対応にもずっと笑顔を崩さない。それが余計にムカついた。こいつの笑顔は気味が悪い。

 給湯室に向かいながらどうすれば組野誠一の素性が掴めるか、俺の頭はそれでいっぱいだった。

 水を汲んでいると上条さんがやってきた。定型のあいさつを交わしたあと、俺はぼそりとつぶやいた。


「組野誠一ってどんな人だったんすかね?」


「聞太くん、そういう個人情報は詮索しちゃダメ。特に今回は御家族のそういう希望なんだから。前にも言ったでしょう?」


 上条さんは厳しく注意した。俺が水を汲んでいる様子を見て言葉を続ける。


「それと親族控室には入っちゃだめよ。そのポットも扉の前で渡すこと!」


 そう言って水を一杯飲むと上条さんは忙しそうに出ていった。俺はポットを持って、上条さんに言われた通り、控室の前に立っていた一徹にそれを渡す。

 また持ち場に戻ったところで、ポケットに入れていたスマホが振動する。おそらく仲介屋からの催促だろう。いつもは当日に故人の写真を確認して終わりなのに、今日はなかなか思うようにいかない。

 ポケットの中で着信を止めても、すぐにまたバイブが鳴り出す。それが余計にイライラを煽っていた。


クソッ。少し待ってろよ!


 俺は発信者の確認もせず、スマホの電源を切った。気持ちを落ち着けるため、何度か肩で大きく深呼吸をする。

 あまり使いたくはなかったが、俺は最終手段をとることにした。

 カバンに入れておいた機械を取りにスタッフ控室へと向かう。こんなこともあろうかと、盗聴器を用意しておいたのだ。


 絶対に情報を掴んでやる!


 俺は遺影のない祭壇を睨みつけた。


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