第3話 タバコ

『おい、まだなのか? その“大物”の身元は』


「すいません、まだ顔も見れてなくて……」


 斎場の裏にある喫煙スペースで俺は仲介屋に電話をしていた。

 この斎場は地元の地区会館を改装して使用しており、大手葬儀屋に比べると比較的小さな建物だった。正面から入ってすぐに受付とスタッフ控室があり、その奥が葬儀場となる。葬儀場の隣が会食ホール、反対隣りは親族控室となっている。喫煙スペースに行くには、受付横の廊下を抜け、外へ出る必要があった。


 喫煙スペースの隅、裏口の扉から死角になっている場所で俺は会話していた。


『早くしてくれよ。君が大物だっていうから、先方にはトップニュースの枠だって用意してもらってるのに。これで分かりませんでしたじゃ、こっちだって困るんだよ』


「はい、そうですよね。すんません」


 俺はスマホを耳に当てながら、口先だけで謝罪を述べた。

 情報を掴んでくるのはこっちだってのに、仲介屋の上からな態度には毎回腹が立つ。

 俺はイライラを落ち着けるため、タバコの煙を深く吸い込んだ。


『そいつが特定できる情報を掴むんだぞ? 顔を確認するとか、職業、会社名が分かるものとかな』


「はい、分かってます。すんません、これからお通夜の準備なんでまた連絡します」


『たくっ、急いでくれよ。これだから若者は……』


 そこまで話したところで、ガチャリと誰かが扉を開ける音がした。


 誰だ?


 扉からこちらは見えないはずだが、俺はその場で身を小さくする。

 社内で喫煙するのは俺だけ。組野家の誰かだろうか。

 足音が近づいてくる。

 電話を切るのと、その人物が目の前に現れたのはほとんど同時だった。


「聞太くん?」


 顔を上げると、上条さんが立っていた。

 緊張した様子の俺を見て、彼女は怪訝そうな顔をする。俺は固まっていた肩の力が抜けるのを感じた。


「喫煙スペースに行ったって聞いたから来てみれば……。ほんとにサボってるなんて!」


「すんません、今行きまーす」


「これからお通夜なんだから早くしなさい!」


 俺はへらへらと謝りながら、持っていたタバコを灰皿スタンドに押し付けた。

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