第2話『電気を消さない理由』


 ある日、私は大学から出された課題に追われていた。


 提出期限は明日の朝9時。大学からはノートPCが支給されていたが、担当教授が古風だったせいか、課題は配布されたレポート用紙に手書き。


 間違えるたびに消しゴムをかける煩わしさを感じながら、私は一心不乱にシャーペンを走らせていた。


 その時、シャーペンの芯が切れてしまう。


 時計を見ると、深夜2時。コンビニまで買いに行ってもいいが、姉の自宅からはかなり距離がある。


 ついでに眠気覚ましのコーヒーでも買ってこようか……なんて考えつつ部屋を出ると、当然廊下は真っ暗闇だった。


 いや、一箇所だけ明かりが漏れていた。祐介の部屋だ。


 中学生のくせに、こんな時間まで起きてるのか?


 私は半ば呆れつつも、起きているならシャーペンの芯を分けてもらおう……そう思って部屋の扉をノックする。


 ……反応がない。


 もう一度ノックし、静かに扉を開ける。


 目が眩むほどの明かりの中、祐介は布団をかぶって眠っていた。


 しかもイヤホンまでしているのか、音楽が漏れ聞こえてくる。


 音楽を聞きながら、そのまま眠ってしまったのか……?


 首をかしげていると、机の上に置かれた筆箱が目についた。


 これ幸いと、私はその筆箱からシャーペンの芯を数本もらう。


 そして電気を消すと自室へ戻り、レポートの続きに取りかかった。


 ◇


 その翌日。朝食の席に、祐介が明らかな不機嫌顔でやってきた。


 理由を聞くと、電気を消されたことを怒っているようだった。


「母さん、電気は消さないでくれって言ったじゃん!」


 姉が濡れ衣を着せられそうになっていたので、電気を消したのは自分だと白状する。


 続けて、どうして電気をつけて寝ていたのかと尋ねてみた。


「だって、夜中になると色々と見えるんや」


 祐介は真顔で言い、疲れた顔で牛乳を口に運んだ。


「じゃあ、イヤホンつけて寝てたのは?」


「声が聞こえるんよ」


 祐介はため息まじりに言って、トーストにかじりついた。


 ……それからというもの、私は夜中に甥っ子の部屋の電気がついていても、触らないようにした。

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